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ゴーストバスター

作者: 睦月 巴

 人の負の感情は凝り固まると実体無き存在となる。

 俺達はそれをゴーストと呼んでいる。

 悲しみ、怒り、恨み、僻み、色んな感情が集まるとゴーストとなり、人に影響を与える。最終的には人を殺めるまでになる。

 そうなる前に退治するのが俺達の役目。俺達のような役目を持つものを仕事上バスターと呼んでいる。

 誰に感謝されるわけでもなく、ただ報酬をもらい、ゴーストを退治する。

 報酬は普通の人間にとっては十分すぎるだろうが、命の遣り取りになることもあるこの仕事に対しては割が合わない。

 そして、ゴーストは人の時間である昼より夜に活発に動く傾向にある。

 必然的に夜に仕事をすることになる。

 そうなれば昼に休めばいいと思うかもしれないが、社会適応上そうもいかない。

 俺のように昼に普通の仕事についているものも少なくない。

 そのうち誰か過労死でもするんじゃないかと思う。

 そんな仕事を何故続けるかって? そんなの決まっている。だが、その理由を教える気はない。

 さあ、ここから始まるのは暗くどろどろとした人間の世界に平然と生き、それでいながら多くを嫌っている俺の物語だ。

 覚悟があるのなら進んでごらん?




 ふわぁっと大きな欠伸をしながら高校の廊下を歩くのは俺、木虎琥珀きとら こはくだ。

「虎ちゃんせんせ~」

 俺の後ろから変なあだ名で女子生徒が呼んでくる。

「ん~。どったの~」

 わざわざ立ち止まり、俺の近くまで追いついてくるのを待つ。

「授業で分かんないとこあったから教えて欲しいんだ~」

 お願いと言ってくる女子からは安っぽい甘い香水の匂いがした。俺はこの匂いが吐きそうなくらい嫌いだ。

 それを感じさせないようににっこりと笑う。

「いいよ~。そんなに俺の説明分かんなかった~?」

「ん~ん。虎ちゃんせんせーの授業じゃないよ」

「じゃあ、担当の先生に聞いた方が良くない?」

 専門じゃないのを聞かれても正直困る。

「だって~。聞きにくいんだもん!」

 女子生徒は頬を無くらませて拗ねた顔をする。

「しょうがないな~。どこが分かんないのさ?」

 良い先生を演じる。

「えっとね~」

 立ったままで質問してくる生徒に懇切丁寧に教えてやる。

「こんな感じでオーケー?」

「うん! 流石虎ちゃんせんせー。頼りになるぅ」

「そりゃ、どうも」

 そう言って生徒に手を振ってその場を去る。

 あの子もちょっと危ないな~。

 ふと見えた黒い影。もうすぐゴーストになりそうだった。

 何をそんな溜め込んでんのか理解できない。それでも馬鹿にも悩みの一つや二つはあんだろう。

 まあ、馬鹿だからこそ、大人にガーガー言われてそう言ったのが溜まってんのかもしれないけどな。

 子供だから大人だからと言って抱えるもんに違いはない。結局感情を抱えてゴーストを生み出す。それを何度も繰り返す。なんて馬鹿なんだろう。


 何を考えているのか分からない。よくそう言われる表情でいつも通り歩く。

「アンバー、ダイヤモンドが呼んでいる」

 その声の方にちらりと目線だけを向けると、黒猫がちょこんと窓のサッシに座っていた。

「了解」

 人には聞こえない程度の声で返事を返すと黒猫はどこ変え消えていった。

 俺は呼んでいるという人物に会いに行く為、地学室に足を向けた。

「しっつれいしま~す」

 三度ノックをしてから扉を開けるとがたいのいい男性教諭が椅子に座っていた。

 男性は四十代くらいで、短めに整えられた黒髪と銀縁の眼鏡が真面目さを引き立てている。

 男性は俺が入ってきたのには気付いただろうに微動だにもしなかった。

「金剛せんせ。呼んでるっていうから来てあげたんだけど」

 手を後ろで組み、近付くと男はやっとこっちを見た。

 男の掛けている眼鏡が怪しく光る。

「ねえ、折角来たのに無視?」

 いじけた様な声を出すと溜め息を吐かれた。

「木虎先生、鍵を閉めていただいても?」

「は~い」

 指示に従い、ガチャンと音を立てて鍵を閉めた。

「で、ダイヤ。仕事なんでしょ?」

 俺は話の内容を急かす。

「ああ、今日はすまないが南の繁華街の方を頼む」

「俺に頼むってことはかなりヤバい?」

「そうでなければ他に頼む」

 信頼されてることはよく分かっているつもりだ。だけど、その言葉をちゃんと聞きたい。

「ルビーとサファは?」

「あの二人はその近辺を任せている。もし必要なら使うといい」

「了解。で、ダイヤ。ちゃ~んとご褒美くれるんだよね?」

「……任務をこなせればな」

「あはは。楽しみにしてるよ~ん。で、用はこれだけ?」

 俺が尋ねるとダイヤは眉間に皺を寄せた。

「近々、あまり良くない事が起こりそうだ」

「そんなんいつもじゃん。今更何言ってんの?」

 俺が呆れた声を出すが、ダイヤは表情を変えなかった。

「もう、分かり切ってんじゃん。人間がいる限りゴーストは消えない。人間がいる限り、人間は被害に遭い続ける。それって自業自得じゃん」

「お前がそれを言うのか」

 ダイヤの眼鏡の奥にある目が鋭く光る。

「そうだよ。俺だから言うんじゃん。何もかも人間の自業自得。仕方ないんだよ」

 俺はダイヤに近付きそれを耳元で囁いた。

「用がこれだけならもう行くね。じゃあね、金剛先生」

 俺はそう言うと鍵を開けてから手を振りながら部屋を出た。


 俺をアンバーと呼ぶのはバスター仲間だけだ。そしてダイヤモンドの本名は金剛石慈こんごう せきじだ。俺と同じでこの学校の教師をしている。

 俺はバスターの仕事の時はダイヤって呼んでる。

 ダイヤは依頼を受け、それを割り振るのを主にしている。もちろんダイヤ自身もゴーストを退治することはある。でも、最近は少ない。

 若い層を鍛えないといけないからその所為もあるだろうけど、ダイヤは数年前ゴースト退治の時にしくじって足を故障した。

 動かないわけではないが、日常生活をしていてもたまに引き摺っている。そんな状態で戦うのは難しいんだろう。

 とても強かったのに残念でならない。


 仕事の用件も聞いてボヤっと歩いていると柱の陰に一人の男子生徒がいた。

「……仕事?」

 低めの声が響く。

「そうだよ。南の繁華街。もし俺で足りなかったら声かけるから」

「了解」

 人に聞こえない程度の声での会話はそれだけで終わった。

 男子生徒は陰鬱な雰囲気を纏い、影に溶けるように存在を隠した。

 この男子生徒は相馬蒼そうま あおい。俺と同じバスターでサファイアと呼ばれている。俺は短くしてサファと呼ぶことが多い。

 彼もなかなかに強い。でも、俺ほどじゃない。

 もう少し鍛えてもらわないとね。


 鼻歌を歌いながら下の階に降りると仁王立ちの女子生徒がいた。

「今日はどこ?」

「南の繁華街だよ。君はその近くでだよ」

「そう」

 勝気な性格を物語る目が俺を見据える。

 俺はニコリと笑いその横を通り過ぎた。

 彼女は暮内紅くれうち べに。彼女もバスターでルビーと呼ばれている。

 ルビーはまだそんなに強くない。だからよくサファと組まされている。でも、ルビーは自分の実力を正確に把握できていないからお守りをさせられている感覚らしい。

 いい加減自分の実力は分かってもらわないといけないんだけどな~。

 きっと俺の事も年上の感覚しかなくて自分より弱いくせにとでも思っているんだろう。

 本当に馬鹿な子だ。いつ死んでもおかしくない程度の実力のくせにねぇ。

 喉の奥でくつくつと笑いながら歩くと、奇怪なものを見るような目を向けられた。

 おっと、さすがに学校でこれはまずいな。

 気付いてすぐに笑うのを止めた。


 一階まで降り職員室に入ると視線が集まった。

 気付かないふりをして自分の机のところに行くと生活指導の先生が俺の近くに寄って来た。

「木虎先生、少しいいですかな」

 咳払いをするその先生は俺より身長は低く、腹もでっぷりとした禿茶瓶だ。厳密に言うとお情け程度には髪は生えているが……。

 体臭も口臭もきついから本当は話しかけられたくない。

「なんですか~?」

 ヘラりと笑って返すとムスッとされた。

 ムスッとしたいのはこっちなんだけど?

 苛立ちながらも平然を装った。

「以前も申し上げましたが、いい加減髪の色をどうにかしてください。生徒たちにも示しがつかないじゃないですか!」

 そう言われる俺の髪色はこげ茶だ。

「そうは言ってもこれ地毛ですよ~? ここの校則って染髪禁止ですよね? もし黒になるんなら校則違反になるんですけど?」

「だとしても、生徒たちからは貴方の髪色が認められるなら自分立ちも染めてもいいじゃないかと言われてしまうんです! いい加減黒色に染めてください!」

 全く変な理屈だ。

「そう言われてもカラーリング材も高いんですよ~。髪も傷むし~」

「それはご自身の都合でしょう? いい加減にしなさい!」

「え~。それだったら先生も染めないといけないんじゃないですか? 白髪混ざってグレーじゃん。それとも茶色はダメでグレーはオッケーなの?」

 地毛を自分の都合と言われ染めるなんて変な理屈だ。不快に思ってそう返すと生活指導の先生は熱したやかんみたいに湯気が出そうなくらい真っ赤になった。

「ごちゃごちゃと……。染めればいい話でしょ! いい加減にしろ!」

「じゃあ、先生が染めてきてくださ~い。見本になれって言うなら自分が見本になってからきて下さ~い」

 向こうはその言葉にとうとうキレたみたいで俺に背を向け、自分の席に戻りながら彼方此方にあたり散らかし始めた。

「お~。こっわ」

 別に怖くはないけどそう言うと後ろから小突かれた。

 いつの間にか職員室に来ていた金剛先生が後ろに立っていた。

「な~に~? 殴んなくてもいいじゃん」

 むくれながら言うが金剛先生は反応しない。

 分かってるよ。反抗的な態度取りすぎって言いたいんでしょ? あれでゴーストが出来上がっちゃうのも分かるけど、納得いく理屈じゃないのに従わないといけないのは苦痛なんだよ?

 パワハラ~とか言って叫ばなかっただけえらくない?

 まあ、金剛先生としてはそうは思ってくれないんだろうね。

「俺、謝んないよ?」

「向こうの言い分もおかしいのは確かだ。教員の染髪は指示されていない。若いというだけで気に食わないんだろう」

 淡々という金剛先生の言葉は俺を庇うようにも聞こえる。でも……。

「はあ~。確かに俺の言い方も悪かったよ。怒り買うような言い方しちゃったもん。でも、俺が謝っても髪染めろって言ってくんだもん。だから俺は謝んないよ」

 頬を膨らませてそっぽを向くと溜め息が聞こえた。

「木虎先生の言い分も分かるが、そんな事ではいつか孤立してしまうぞ?」

「べっつに~。俺は気にしないもん」

 頬を膨らませたままでいるとより大きな溜め息が聞こえた。

「大丈夫。ゴーストになったら俺が退治するよ」

 小声でそう言うと頭をポンと叩かれた。



 昼の仕事も終わり、夜の帳が下りていく。

 俺は手にグローブを着け、目元を覆うゴーグルを身に着けた。

「頼んだぞ」

 ダイヤの短い声が響く。

「うん。いってきます」

 これが俺の仕事の合図だ。

 ぐっと足に力を籠め、屋根の高さまで飛ぶ。

 屋根の上に着地すると屋根伝いで南の方にある繁華街へ向かった。

 そこは夜でも明るく、人がごみごみとしている。

 食欲、色欲、そういった人の欲に、僻みや苦悩、悲しみも溢れてゴーストが出来上がっている。

「ヒュー。よくもまあここまで育ったね~」

 ゴーストはいくらでも湧いてくる。それが同じ場所に発生すると境目が曖昧になっていき、どんどんと巨大化していく。

 それはそのうち黒くドロドロと広がっていき、人を飲み込み、人を殺していく。

 負の感情を持っていると人は簡単にゴーストに飲み込まれてしまう。

 そうなる前に退治するのがバスターの仕事。

 俺は繁華街に降り、ゴーストをひっつかまえる。

 俺が身に着けたグローブはゴーストを消すのを補助する役目がある。俺自身が消すことはできるけど、グローブがあった方が楽だ。

 このグローブも人によって効果が違ってくる。俺の場合、これを身に着けてゴーストを捕まえると瞬時にゴーストを消すことができる。

 でも、人によっては掴んだだけじゃ消せない奴もいる。そういった奴じゃ仕事のこなせる量や消せるゴーストの種類が限られてくる。

 だから、ヤバそうなやつは俺が駆り出される。

 弱いゴーストなら手が少し触れるだけでも消せるが、デカいのになると引っ掴むのも一苦労だ。その時は殴りつけたりもする。

 それでも十分消せることはある。兎に角、俺の場合手で触れさえすればどうにかできる。

 繁華街を通りながらゴーストを消していく。裏路地や店と店の間とかにもゴーストは潜む。そいつらも引っ掴んでは消していく。

 粗方消し終わると俺は繁華街を抜け、建物の屋根の上まで飛んだ。

 そこから見渡すと所々で交戦しているバスターが見える。

 よっわいね~。

 助けてやる気なんてさらさらない。

 ただぼんやり眺めていると二つの人影が俺の背後に降り立った。

「サファとルビー、お疲れ~。仕事は片付いた~?」

 振り返りながらそう声を掛けるとルビーはふんぞり返りながら答えた。

「あったりまえじゃない。アンバーこそ終わったの? 終わってないならぼさっとすんじゃないわよ!」

「終わってるに決まってんじゃ~ん。誰に言ってんのさ」

 カラカラ笑うとルビーが不機嫌になった。

「何よ。終わってなかったら手伝ってやろうと思ったのに」

「はいはい。ありがとね~」

 適当に返事をするとルビーは顔を膨らませた。

「アンバー、何を見てる?」

 サファがぼそりと聞いてくる。

「ん~? あれ」

 指を差した先には長身のワンピース姿の人とその後ろを鼻息荒く追っている男がいた。

「ちょっと! なんで助けないのよ!」

 ルビーは慌てた様子で二人の元へ向かった。

 後ろを歩く男にはゴーストが付いていた。おそらく色欲から発生したんだろう。

 確かにあれを消したら前を歩く人は襲われないんだろうけど……。

 俺は少し思うところがあったから手を出さないことにした。でも、ルビーはそれが気に食わないようだ。

 ルビーは鼻息の荒い男の背後に立ちゴーストを消した。

 すると男はそのまま気絶した。

 男が気絶して倒れた音に前の人は気付いたらしく後ろを振り向いた。

 その振り向いた人にルビーは何か声を掛けようとしたようだったが、すぐさま叫び声に変わった。

 あ~あ。だから余計なことしない方が良かったのに……。

 前を歩いていたのは女装をした男だった。後ろから変態が近づいてくるのも分かっていたようだし、わざと襲われ待ちだったようだ。

 そういう性癖のようだったから放って置こうと思ったのに……。

 上手くいけば女装してる方はそれで欲が満たされてゴーストができないはずだった。襲おうとした男の方はどうか分からないが、そこまで強いゴーストでもないから場合によっては欲が抜け落ちてゴーストも消える算段だったのに……。

 ルビーが余計なことをした所為で女装男の方は欲も発散できず、ゴーストが出来上がってしまった。

 あ~あ。本当に馬鹿な子だね~。

 そう思いながら俺は女装男の背後に降り立ちゴーストを消した。するとそいつはばたりと倒れた。

「分かってたから手ぇ出さなかったのに……」

「なら、早く言いなさいよ!」

「人の言うこと聞く前に飛び込んだのはルビーじゃん。自業自得だよ」

 そう言うとルビーは押し黙った。

 不機嫌そうなルビーに内心溜め息を吐きながら男たちを路地に突っ込んだ。

「……いいの?」

「だって、俺らにはどうしようもないでしょ? 下手すると警察に通報しないといけないような案件だよ? ルビーは関わりたいの?」

「それはちょっと……」

 ルビーはさっきまで助ける気満々だった相手が変態と分かってからドン引いているようで、今ではもう関わりたくないといった顔をしている。

「じゃあ、放って置くしかないでしょ? だからと言って道路のど真ん中には置いておけないんだから仕方ないっしょ?」

 俺の言葉に反論できないルビーは押し黙って、頬を膨らませている。

「別に不機嫌になってもいいけど、余計な仕事は増やさないでね」

「余計な仕事って……! 困っている人がいたら助けるのが当たり前でしょ?」

 俺の言葉が癇に障ったのかルビーが噛みついてくる。

「そうは言ってもお金にならないようなことは俺はするつもりはないよ。責められる覚えもないよ」

「こんの人でなし!」

 ぎゃんぎゃんと吠えるルビーを無視してその場を離れようとした。するとサファが俺達を呼んだ。

「アンバー、ルビー」

 サファの低い声は案外通る。

 サファのところまで飛ぶとその後ろをルビーもついてきた。

「どうしたの? 追加の仕事?」

「ああ。どうもクリスタルが巻き込まれて帰ってこれなくなっているらしい」

 クリスタルというのはバスターではないが一緒に働いている人間だ。

「ありゃ。じゃあ、クリスの回収?」

「それとクリスタルの向かった現場にいるゴーストの退治だ」

「りょ~か~い」

 俺の間延びした返事を聞くとサファは先頭を切って移動し始めた。

「あっ、ちょっと! 場所くらい言ってから行きなさいよ!」

 文句を言うルビーは尤もだけどサファにとってはいつもの行動だから俺は諦めている。

 だから俺は黙ってサファの後を付いて行く。


 到着したのは何の変哲もない一軒家だ。

 でも、中からドロドロとした黒いモノが見える。

「どうやって入んの?」

 俺がサファに尋ねると、サファはその家の二階の窓の近くに行った。

 すると、その窓が開いた。

「ああ、サファイアさん来てくださったんですね。アンバーさんとルビーさんも!」

 長髪を後ろで一つに纏めた細身の男性が助かったと言わんばかりに喜んでいた。

「クリス~、今回は何したん?」

 俺の質問にクリスタルは心外だと言いたげな顔で答えた。

「何もしてませんよ。行き成り出られなくなったんです! 窓は開くけど出られないし、ドアは開かなくなるし……。辛うじて電話は繋がったので連絡は取れましたが……」

「ふ~ん。出れないねぇ」

 目を凝らすとこの部屋だけに結界が張られているようだった。

「兎に角早く助けてくださいよ~」

 ゴーストを退治する能力を持たないクリスは泣き叫んだ。

「あんま騒がないで。下手すると警察に俺らが通報されちゃうから」

 俺がそう言うとクリスは黙った。

「外に出るだけなら簡単に出られると思うよ?」

「えっ、どうするんですか!」

 食いつき気味に寄ってくるクリスは結界にぶち当たって顔面を強打した。

「出られない原因は結界の所為だよ。ほら、四隅に塩置いてるでしょ? それを動かしたら結界は解けるから出られるよ」

 俺の言葉にクリスは慌てて塩をどかそうとした。

「ストーップ!」

 クリスの行動を止めると泣きそうな顔でクリスはこっちを見てきた。

「なんで止めるんですか? 動かしたら出られるんでしょ?」

「確かに結界は解けるよ。でも、それと同時にドアの外にいるゴーストが流れ込んでくるよ」

 その言葉にクリスはドアを見つめて腰を抜かした。

「まあ、ゴースト退治をした方がいいのは確かだし、結界のおかげでこの部屋は安全なのは確かだよ。出たらどうなるかは保証できないけど」

 そう言いながら俺は自分の左手の親指をナイフで切り付けて血を出し、外の壁にペタリと付けた。

「何やってるんですか?」

 そんな事より早く助けてくれと顔に書いてあるクリスに親切な俺はわざわざ説明してあげる。

「命綱だよ」

「命綱?」

「そう。俺らも結界の中、入ると下手すりゃ出らんないからね~。血と血が繋がっていたら外には出られるってこと。まあ、俺が死んだら意味ないけどね~」

 ケラケラと笑いながら言うとクリスは青ざめていた。

 それを他所にサファが淡々と尋ねてくる。

「俺達もそれをした方がいいのか?」

「いんや。やりたいなら別にいいけど、ちゃんと術式展開できないとただ血を付けてるだけだから意味ないよ」

 これはちょっとした特殊な技だ。見様見真似ではできない。

 それが分かったのかサファは何もしなかった。

 ルビーは自分の指に傷をつけること自体が嫌なのか手をぎゅっと握ったままだった。

「じゃあ、そっち入るよ~」

 そう言いながら俺達三人は部屋の中に入っていった。

「あっ、土足で入っちゃったけどいい?」

「できれば脱いでほしいです……」

 依頼人であろう少年が困惑した表情を浮かべていた。

 俺達は素直に靴を脱いだ。

 この靴は特別製で自分の跳躍力や脚力を数倍、人によっては数十倍まで引き上げる。だからどのみち家の中ではあまり不向きだ。

「クリス~。預かっといて~」

「了解しました」

 クリスはそう言うと俺達の靴を手に抱えた。

「んで、詳しい依頼内容聞いてないんだけど教えてくれる~?」

 俺がにこやかに言うと少年は少し体を揺らした。

「あの……木虎先生、ですよね? あと、相馬君と暮内さんだよね?」

「そういう君は一年の緑川みどりかわ すい君だよね? うちに依頼してきたんなら分かってると思うけど、俺達の事は他言無用ね?」

 緑川君は自分の名前を当てられたのと他言無用という言葉に目を見開いた。

 息を呑む音はしたが、緑川君は言葉を放つ様子はない。

「依頼した時点で聞いてなかった? 俺らはバスターって言ってゴーストを退治するんだ。それが普通の日常では他の顔を持っていても何らおかしなことはないだろう? ただ単に教師や生徒っていう普通の面もあるけど、こういった仕事もしてるってだけ。オーケー?」

 にっこり笑って言うと緑川君は静かに頷いた。

「んじゃ、依頼内容聞いてもいい?」

 改めて聞くとやっと緑川君は口を開いた。

「さ、最近変なものが見えて……。それが家中に広がっていて、どうにかしてもらえればって……」

「ふ~ん。それでなんでクリスは単独行動してたん?」

 依頼内容的には退治できないクリス一人で行くべきではないことは分かるだろうに……。

「その……このくらいの年齢の子は多感ですので、一概にゴーストの所為とは言い切れないので……」

「それでも家に入る前に気付けたんじゃない? しばらく鍛えなおしが必要そうだね~」

 クリスににっこりと微笑むとクリスはガタガタと震えだした。

「まあ、いいや。さっさと片付けて帰ろうか~」

 俺が軽く柔軟をするとルビーとサファも戦闘態勢に入った。

「あっ、ルビーはこの部屋にいといて~」

「なんでよ!」

 やる気満々だったルビーが出鼻をくじかれ、怒り出した。

「だって、ここに残る二人は戦えないんだよ~? もし何かあったら以来達成できないじゃん。ルビーにしかできない事だからお願い、ね?」

 ルビーにしかできないという言葉にルビーは気を良くして「仕方ないわね」と言って部屋に残ることを承諾してくれた。

 正直、ルビーは荒っぽいから建物内での退治は向かない。家を破壊されちゃたまんないし、置いていくのがいいだろう。

「じゃあ、サファ。サファは二階をお願いね。俺は一階行くから」

「了解」

 サファの短い返事を聞き、俺はドアノブに手を掛けた。

 結界を解かないように注意して扉を開ける。そして、瞬時に襲い掛かってきたゴーストを消していく。

 俺はそうしながら一階へと向かい、サファは俺の指示通り二階のゴースト退治を開始した。

 一階は二階よりゴーストが集まり、足の踏み場もない程のドロドロと広がっていた。

 こうなると臭いも不快なものになる。

 鼻をつまみたくなったが、それも我慢して人の気配のある方へ進む。

 あまり下手に動くと不法侵入だと警察に突き出されてもおかしくない。ゴーストを生み出す原因を見つけないといけない。

 でも、この家は異常だ。いや、あの子がこの家では異常なのかもしれない。

 あちこちからゴーストの気配がする。おそらく二階にいるであろう他の住人からもゴーストの気配はしていた。

 それでも、この一階の方が気配が強い。二……いや、三か所かな?

 正確な数までは分からないが複数ゴーストを発生させている人間がいるのは厄介でならない。

 気配を殺しながら人とゴーストのいるであろう方へ進んだ。


 リビングだろうか。テレビの音が漏れている。その目の前に座る男性は後ろ姿しか見えないが、あまりいい状態ではないようだ。

 テレビに向かって何かぶつぶつ言っている。その度に小さなゴーストがボコボコと生まれ、床に落ち、集まってはどろりと広がっていっている。

 広がったゴーストはその男性を取り込もうと足元にまとわりついている。

 完全に取り込まれれば終わりだ。自殺を図るかもしれないし、その前に犯罪を犯すかもしれない。

 俺はゆっくりと背後に近付き、その男性に触れた。

 その男性自体がゴーストを生み出している限り、こうやって退治しても同じことは何度も繰り返すだろう。根本的な解決にはならないが消さないわけにもいかない。

 俺が触れてしばらくすると、ゴーストの発生は収まり、男性は意識を失った。

 きっと目覚めた時は寝落ちしていた程度にしか思わないだろう。

 男性に背を向け、俺は次に向かった。

 近い場所でゴーストの発生源があるのは分かっていた。

 リビングの向かいにある部屋、そこにはテーブルが置かれていて、女性が頭を抱えぶつぶつ言いながら椅子に座っていた。

 俺にはまったく気付いていないようだ。

 その女性からも先程の男性と同様にゴーストが生まれている。

 違いがあるとしたらゴーストが女性の肩のあたりまで這い上がり、今にも覆いつくそうとしているところだろう。

 あと少し遅かったらきっとこの人は死んでいるんだろうなぁとぼんやりと思いながらゴーストを消した。

 女性はゴーストが消えるとテーブルに伏せ、眠るように気を失った。

 よし、あとは一番大きな発生源だな。


 残りの発生源が一番大きいのは分かっていた。これで死人が出ていないのが奇跡だろう。

 ドロドロと溢れているゴーストは人の言葉のようなものを発している。

 『辛い』、『苦しい』、『死にたい』、『怖い』、『羨ましい』、『妬ましい』、『死ねばいいのに』そう聞こえる音を発している。

 けれど、それはゴーストの言葉じゃない。生れ出た感情に込められたその人自身の想い。

 負の感情はいつか自分を飲み込んでいく。

 ゴーストが音を発するのはそれだけ負の感情が強い証拠だ。中にはゴーストが人を唆しているというバスターもいるが、そうじゃない。

 ゴースト自体には何の感情も意思もない。だから発しているのは音であって言葉じゃない。唆すような頭はない。

 人は結局、自分の感情に負けてしまうだけだ。

 それを消しても一時的なもの。何の解決もしない。それでも縋るのは助けてもらいたいからなんだろう。でも、自分の感情は結局自分でどうにかするしかない。

 何の手助けにもならないのは分かってる。それでも俺がこの仕事を続けてるのは……。

 ゴーストの影響だろうか、物思いにふけりそうになった。

 それを打ち破り、俺を現実に引き戻したのはサファの足音だった。

「あっ、サファ。そっちは終わったの?」

「ああ。二階には緑川の姉と妹がいた。姉の方は少しゴーストが発生していたから退治した。妹自身は幼いのもあってかゴーストは発生していなかったが、部屋の中に流れ込んでいたから退治しておいた」

「そう。俺の方は後一か所だよ」

 淡々と報告するサファに俺は最後の一か所を指差した。

 サファもどれだけ強力なゴーストがいるのか分かっているのだろう。眉間に皺が寄った。

「じゃあ、開けるよ」

 そう言ってドアを開けると、中からはゴーストが雪崩れてきた。

 悪臭も凄いが、圧迫感が凄まじい。

 だが、そのままにしたらせっかく退治して綺麗にしたところが台無しになる。

 ゴーストが飛び出すのを必死で抑える。

「くっ、おっも~。サファ、悪いけど、この部屋からゴースト出ないように退治してくんない? 俺、原因をどうにかしてくるから」

「了解した」

 サファは短く返事をすると同時にゴーストを消し始めた。

 俺は原因を探る為、ゴーストをかき分け、部屋の中心に進んだ。

 そして、そこにいたのは毛布をかぶった青年だった。おそらく緑川君のお兄さんだろう。

 テレビにつないだゲーム機を持ち、死んだ目をしている。

 手は動いているが、生きているのか死んでいるのか分からないようなほどに覇気がない。

「誰だ。入ってくんな」

 低い唸り声が響いた。

 誰と認識していないにもかかわらず、侵入者であることは分かっているらしい。

 自分のテリトリーに入られるのが嫌なんだろう。

 部屋中に溢れたゴーストたちですら近寄れていない。

 それでもゴーストがこの青年からは生まれ続けている。

 青年は侵入者である俺が出ていかない事に気付いたらしく、こっちを振り返ろうとした。

 完全に振り向かれる前に俺は青年の顔を掴んだ。

「そんな世の中に絶望した顔しないでよ~。まあ、俺はゴースト消すしかできないんだけどね」

 そう言いながらゴーストを消した。青年から生み出されるゴーストも止んだ。

 部屋にあふれていたゴーストも次々消していった。

「終わったか?」

 サファが辺りを見渡しながら聞いてくる。

「ん。これでいいっしょ」

 そう言って俺達は緑川君の部屋に戻っていった。


 ノックをしてからドアを開けると仁王立ちのルビーが出迎えた。その後ろでは怯えた顔の緑川君と震えているクリスがいた。

「たっだいま~」

「どうだったの?」

 ルビーがムスッとした顔で聞いてくる。

「ん~? 無事終わったよ~」

「そう」

 俺の言葉にそのくらい当然と言わんばかりの雰囲気でルビーは短く返事した。

「おかえりなさい。ご無事で何よりです」

 クリスが俺達の元に駆け寄ってくる。

「あはは。まあ、退治はいいんだけどね~。これ、追加料金なるよ?」

 今回は緊急で報酬交渉より先に動いてしまった。それでも対価は発生している。

 クリスもそれはよく分かっているらしく、緑川君に気まずそうな顔を向けた。

「えっ、追加料金って……」

 不穏な空気を察知したようで緑川君は青ざめた。

「すみません。本来は現場に行って見積もりを出すんですが、今回はそれができなかった為、特急料金も発生しまして……」

 通常ならゴーストの量、等級とかで決めるが、急ぎとなれば追加料金も発生する。そうなればかなりの金額で、学生には到底払えないだろう。

 だからクリスは良心が痛むようで気まずそうにしている。

「アンバーさん、今回の結果としては……」

「ん~? 上級が一体、中級が二体で、サファの方が低級一体。そんで、家中にいたのは全部退治したよ」

 低級は場合によっては自然と消えることもあるレベルだけど、中級以上は基本的にバスターじゃないと退治できない。

 中級からは死人が出る可能性があるレベルで、上級は周辺の人間にも害を及ぼすレベルだ。

 等級が上がれば上がるほど料金も上がる。今回はかなり高いだろうな~。

 クリスはきっと少しでも安くできればと思ったんだろう。でも、それはできない。

 クリスは諦めて請求書に金額を書いていく。

「ざっと見積もってもこのくらいはお支払いいただかないといけません……」

 申し訳なさそうな顔でクリスは緑川君に請求書を渡した。

 その請求書を見て緑川君は目を見開き、明らかな動揺を見せた。

「こ、こんな金額、払えません!」

 まあ、そうだろうな~。

 仕方ないから助け船を出す。

「だよね~。未成年じゃなくてもこの金額は厳しいよね~」

「じゃあ……!」

 緑川君は何を思ったか表情を明るくした。そして、俺はにっこりと微笑んだ。

「この分、うちで働いて返すっていう手もあるよ」

「へ?」

 予想とは違う回答だったんだろう。

 緑川君の表情は見る見るうちに憂いに満ちていった。

「だって~、これって俺らに対する労働対価だよ? 助けてもらっといて踏み倒すようなことしないよね?」

 ニコニコと笑う俺に緑川君は瞳に絶望を映した。

「だいじょう~ぶ。クリスだって退治はできなくても働けてるし、君はゴーストが見えていたんでしょ? だったら素質はあるから十分働けるよ~。まあ、割のいいバイトだと思って。ね? じゃないと、君どうやって払うの? 親に借りる? それとも闇金? なんだっていいけど、払える当てがないんならうちで働くことをお勧めするよ~?」

 緑川君はその言葉に膝をついた。

「クリス~。緑川君の労働条件とかまた案内してあげて~」

「……了解しました」

 クリスもこれが最善であることは理解しているようだ。溜め息を吐きながらでも承諾する。

「んじゃ、俺らは帰ろっか? あっ、緑川く~ん」

 伝えるのを忘れるところだった。

 俺が名前を呼ぶと下を向いていた緑川君は律儀にも顔を上げた。

「ゴーストは人の負の感情からできる。それは時に欲であったりもするけど、今回の場合、恨みや劣等感とかが多かった。ゴーストはそういったものがある限り何度でも生まれてくる」

「えっ、じゃあ、今回のは意味がないんじゃ……」

「退治が遅れれば死人が出る。そうしたいのなら放って置いてもいいよ」

 俺の突きつける現実に緑川君はぐっと押し黙った。なんとなくでも気付いてはいたんだろう……。

「ゴーストっていうのはさっきも言ったけど、負の感情から生まれる。だから結局、その人の悩みだとか解決するしかないんだよ。本人しかできないこともあるだろうけど、人って結局一人じゃ生きられないからね。周りがどうするかによっても変わってくるんだよ。君はどうしたいか、どうするべきかをよく考えて動いてね。まあ、またゴーストが発生したら俺らのこと呼んでくれてもい~よ。その時はまたお金が発生するけどね」

 最後にニッと笑うと緑川君は顔を引き攣らせた。

「今の俺は教師じゃない。だから何って教えないよ? 答えもないようなことだしね。今日はここで失礼させてもらうけど、今日の事は他言無用だ。いいね?」

 俺が念を押すように言うと緑川君は素直に頷いた。

 まあ、言ったところで誰も信用はしないだろう。

「じゃあ、俺らは帰るよ。クリス、あとはよろしく~」

「かしこまりました」

 あとのことは全てクリスに任せ、クリスに預けていた靴だけを受け取って俺達はそれぞれの家に帰っていった。


 比較的大きな家、母屋と蔵があるそんな家に俺は帰っていった。

「たっだいま~」

 そう言っても返事はない。

 居間に向かうとこの家のもう一人の住人が新聞を広げて座っている。

「たっだいま~」

 そう言いながら後ろから飛びつくがその人はびくともしない。

「帰ったか」

 そう言いながら体を捻り、俺の頭を撫でてくるこの人はダイヤでもあり、金剛先生でもある金剛石慈だ。

「ただいま、石慈さん」

 もう三度目の帰宅を示す挨拶をした。

「おかえり、琥珀」

 石慈さんのこの声が心地よくて、撫でてくる手も暖かい。

 俺は石慈さんの家の居候だ。だが、石慈さんは俺のことを自分の本当の子供のように扱ってくれる。そうは言っても仕事ではそうもいかない。

 だから家で過ごすときは甘やかしてくれる。

「今日もすっごい疲れた~」

 石慈さんの背中に抱き着きながら言うと石慈さんはより優しい手つきで撫でてきた。

「お疲れ様。すまないね。色々仕事を任せて」

「ん~ん。へーき」

 夜もかなり更けているせいか、瞼がとろ~んと下りてくる。

「眠いのならもう寝なさい」

 静かに響く石慈さんの声が俺を気遣っているのがよく分かる。

「ん~。お風呂入ったらね~」

「なら早く入って寝なさい」

 幼子に言い聞かせるような言葉を向けてくる。

「ん~。石慈さ~ん」

「どうした?」

「ご褒美、忘れないでね? 俺頑張ったもん」

 頭を擦りつけるように言うと石慈さんがふっと笑ったのが分かった。

「分かっているから早く寝なさい」

「は~い」

 石慈さんは優しい。俺が帰ってくるまで絶対に寝ないで待っていてくれる。

 そんな石慈さんの言いつけを守り、俺はさっさと風呂を済ませて眠りについた。


 すやすやと眠っていた俺はインターホンで起こされた。

 今日は休日だし、ちょっとくらいゆっくりでいいだろうと思っていたにも拘らず起こされてちょっと不機嫌になった。

「は~い」

 不機嫌なのがよく分かる声で返事をして出ると、インターホンを鳴らしたのは宅配業者の人だった。

「お届け物です。金剛石慈さんはこちらでお間違いないですか?」

「そうで~す」

 どうやら石慈さんが頼んだものらしい。それなら仕方ない。

 俺は『金剛』のハンコを押して荷物を受け取った。

 荷物は要冷蔵と書かれていた。

 一体何を頼んだんだ?

 荷物を持って家の中に戻ると石慈さんが様子を見に来た。

「ああ。届いたのか」

「石慈さん宛てだけど、何頼んだの?」

 俺が尋ねると台所に運ぶよう言われた。

 言われた通りに運び、シンク横のスペースに荷物を置いた。

「で、何頼んだの?」

「褒美が欲しいと言っていただろう? 開けるといい」

「でも、石慈さん名義だよ?」

「構わない」

 そう言われ俺は荷物を開封した。すると中身は高そうな肉が入っていた。

「えっ、石慈さん。めっちゃ高かったんじゃないの?」

「いつも頑張っているんだ。たまにはいいだろう」

「え~、マジ~? いいの~」

 俺だって男だ。肉は嫌いじゃないし、テンションが上がる。

 そこではたと気付いた。

「……これって、俺のご褒美っていうか石慈さんのご褒美じゃない? 結局料理すんの俺じゃん」

 そう、居候させてもらってるから家事全般こなしてるのは俺だ。石慈さんは足を悪くしてるから仕方ないとは思うけど……。

 頬を膨らませると、石慈さんは俺の顔を覗き込んだ。

「駄目だったか?」

「駄目じゃないけど……」

 石慈さんは足だけじゃなく、目も悪い。だから眼鏡をかけていてもそこまで見えていないからこうやってよく顔を覗き込んでくる。

 俺があんまり喜んでいないと思ったらしく少ししょげている。

「まあ、石慈さんが一生懸命選んでくれたご褒美だからありがたく貰うよ。で、どうする? 今日食べる?」

 俺が尋ねると石慈さんは淡々と答えた。

「それは琥珀の好きにしたらいい」

 いつもそう。自分の意見はまともに言わない。そんなんだから独身なんだよ……。

 俺がまた頬を膨らますと今度は頭を撫でられた。

「それは私の褒美ではない。琥珀への褒美だ。だから好きにすればいい」

 きっと一人で全部食べても文句は言わないんだろう。

「美味し物はね。一緒に食べるから美味しんだよ? 石慈さんも一緒に食べるんだからね。いい?」

「ああ。分かった」

 絶対に俺が思っていることは何一つ伝わっていない。

 石慈さんらしいと言えば石慈さんらしい。

 心の中で溜め息を吐いた。

「流石に朝からは俺もきついから昼か夜だよ。石慈さんは夜でも食べれるの?」

「……」

 石慈さんは無言の返事を返してきた。

 どうも最近脂っこいものはきついらしい。それでも嫌いではないようだけど……。

「はい、はい。じゃあ、お昼ね」

 これで昼食は決まった。

 石慈さんは基本何も言わない。その代わり、目で色々訴えてくる。

 それでも長年付き合いがないと分からないだろう。

 だからなのか俺は逆におしゃべりだ。

「石慈さん、ありがと、ね」

 でも、こういった言葉を言うのは照れ臭い。だから自分でも耳のあたりが赤くなっているのは分かっていた。

 石慈さんは何も言わず、俺の頭を撫でた。

 いつまでこれが普通でいられるだろう?

 不安や恐怖は常に付き纏っている。それでも、俺達がゴーストを生み出さないでいるのはきっとゴーストと向き合ったことがあるからなんだろう。

 だからこそ、この生活は長く続けられている。

 教師とバスター、そして日常。こんな多重生活はこれからもずっと続いていく。

 そして今日も――。

 朝早くだというのにインターホンが連続で鳴る。

 誰かくらい分かる。

「はい、はい」

 そう言って出るとやっぱりクリスだった。

「すみません。急ぎの用で……」

 申し訳なさそうな顔だが、絶対に許してやんない。

 こうやって俺の忙しい日常が過ぎていく。きっとこれからも……。

続きを読みたいといったコメントや感想をいただきましたら続きを書きます。

その場合は連載で載せ直します。

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