それは、遊戯のためである
トアヒがどんな気持ちでクライスを止めようとしていたのかはわからないが、少なくともペルセの実力は本物であると、クライスは思う。
現に、今トアヒと戦っているペルセは、老体ながらも俊敏な動きで、トアヒの魔法を避けている。
「あははははっ、楽しいなぁっペルセ!」
トアヒは真っ赤な目を輝かせながら、ペルセの足元を、例の魔法で崩していく。ただし、クライスに見せたのとは違い、今度は人一人落ちそうな深い穴を穿っている。
……ちょっとした環境破壊だ。
クライスは呑気にそう思う。なにせ、なぜこの戦いが始まったかが理解できていなかったからだ。
トアヒがペルセを挑発したことは覚えているが、そこから始まった戦いの方が、魔法を打倒したいクライスにとって重要だったからだ。
それなので、クライスは二人の戦闘を傍観しながら、ありがたくヒントを貰うことにした。
「ちょっおヌシ、師匠のピンチじゃぞ!?」
ペルセが背面宙返りで地面の穴から逃げながら、クライスの方を見て言う。実に器用だ。
「いや感心してんじゃないっ助けんかっ」
「老師は余裕そうです」
「どこが!?」
鬼気迫る顔をしておきながら、息切れ一つしていない。それに、トアヒは気づいていないだろうが、ペルセは先程からランダムな動きをしながら、トアヒの周りに穴を穿たせている。後一つ穿ったら、トアヒは穴に取り囲まれてしまうだろう。
「ちっ」
その後一つを穿ったトアヒが、ペルセの思惑に気付いたらしい。肉薄するペルセを前に、彼は「やるじゃないか」と笑い、指を鳴らした。
白髪が空に散った。
途端になくなる、地面に穿たれた穴たち。環境破壊の後など一つもない地面で、トアヒとペルセは向かい合う。
「俺の魔法を使って、理想の地形を作ったわけだ。さすがペルセ! 俺の見込んだだけのことはある!」
パチパチと拍手をし、トアヒは嬉しそうに言った。対するペルセは野良犬のように牙と敵意を剥き出しにしている。そんなペルセのことを歯牙にも掛けないで、トアヒはクライスの方を見て言った。
「てことだ、兄ちゃん。魔法を使えない人間が魔法を使える人間に勝つには、相手の魔法を使って自分に有利な状態を作る。それが基本だ」
「なるほど、勉強になりました」
「おヌシほんっとマイペースじゃな!?」
ペルセの突っ込みを聞き流しながら、クライスはトアヒに問う。
「お二人はどういったご関係なのですか?」
「んー……強いて言うなら、ライバル同士かな!」
「加害者と被害者じゃよ……」
白い歯を煌めかせて言うトアヒに、ペルセはげんなりした顔で訂正する。どうやら、並々ならぬ因縁があるようだ。
「悪いことは言わんから、ラーナ・ナーヤからは逃げた方がいい。今までの金も返すから」
「お、ジジイ、気が変わったのか? そうだよなー、これ以上被害者増やすわけにはいかないもんなー」
「うるっさいわいお前は、黙っとれ」
心なしか死んだ目になっている。
「おヌシの魔法に勝ちたいという心意気はとても素晴らしいものじゃ。じゃが、ここに来て二十年間挑み続けたワシが言うとな、それは無理な話じゃな」
土がつくのもお構いなしに、地面に座り込む。
「正直言って、ワシはもう諦めた。だから、後継者を育成し、ついでに金を毟り取ってやろうと思ったが、この悪ガキがひょいひょい口を出してきて、後継者候補をことごとく帰らせるもんだから」
「褒めていいぜ?」
ふふん、とトアヒは胸を張って言う。
「こんな風に、バカがつくほどのプラス思考を発揮してワシを煽ってくるのじゃ」
ため息混じりにペルセは言った。
「魔法万歳のこの自惚れ坊主に一泡吹かせてやりたかったんじゃが、それはもう無理かもしれんのう」
「諦めるなよジイさん! がんばれ!!」
「お前が言うな!!」
「……お二人とも、とても楽しそうですね」
二人の漫才のような応酬にそんなコメントを残したクライスを、ペルセは澱んだ目で見るも、黙っていた。
「まー俺としては? 別に新しい奴でもいーんだが、本当にそれでいいのか、ペルセ君?」
「……良くはない。それじゃ、あれに顔が立たん」
「モテる男は辛いよな〜、じゃ、これから頑張って神殺しに励みたまえ。あははははっ」
ふむ。
クライスは、哄笑響かせるトアヒを見て思った。
たぶんこの少年は、魔法を使えるが故に神を敬い、おそらく神を殺したいペルセと見解を違うからこそ、挑発するような言葉を口にするのだろう。
自分の崇めるものを誹謗中傷される気持ちは、クライスにもよくわかるが、何か違うとクライスは思った。それが、たぶんおそらくと思う理由だ。
……明らかに、トアヒは愉しんでいる。
「帰れ帰れ! すまんがマイペースな青年よ、ワシはこれからの作戦会議をするから、今日の修行は終わりじゃ。また明日な」
「はい。ありがとうございました」
「また明日なー」
「お前は来るな!!」
山道を降りながら、トアヒはクライスに話しかけてきた。
「どうだった? 持っている者と、持たざる者の戦いは?」
「両者とも凄いと思いました。一昨日も思いましたが、地形を変えるのは有効な手段ですね」
「俺としては魔法のすごさを知ってもらいたかったんだけど……まあいいや」
麓の村が見えてきた。暗い闇に、灯りがぽつぽつと見えた。
「そんじゃ、俺は家に帰るから。また明日」
どうやら、明日もペルセを挑発しに行くらしい。クライスは手を振り返して、自身の逗留する宿に足を向ける。
そういえば、老師は山を降りないのだろうか? そんなことを思いながら。
魔の山ラーナ・ナーヤの隣の山には、動物がいるらしい。宿の夫婦は、「珍しいお客様だから」という理由で、クライスにご馳走を振る舞ってくれる。
そこらの川で獲れた大振りの魚、自宅で飼っている鶏、山で採れる山菜に、獣の肉。
一週間強の滞在期間だが、同じメニューが出てきたことはない。
クライスが無言で味わって食べているのを、ここの宿の老人夫婦が嬉しそうに見るというのは、もはや恒例だ。
「うん、思い出すねえ。昔ペルセ様に料理を振る舞った時のことを」
クライスは必要最低限のことしか夫婦に喋っていない。トアヒと話して、この村の住人は魔法使いの疑惑があるので、目的を誤解されることがあるとわかったからだ。
だから、ペルセの名前が出た時には思わず、老人夫婦の妻の方を見てしまった。
「ペルセ様も、私の作った料理を食べてお恵みをくださった。あの方ほど良い神はいないよ。あれは私が十二の頃だった……」
そこで、クライスは疑問に思った。この妻が十二の時に、あの老人はここにいたのか? たしか、ここに来て二十年と言っていたが。それに、神?
「そのペルセ様は、どんな方だったんですか?」
ストレートに聞くのはやめて、話を合わせた。
夫の方は焦ったように「気にせんでください」と言っていたが、妻の方はうっとりとした表情になりながら教えてくれる。
「白銀の髪に、赤い綺麗な瞳。笑うと無邪気な少年のような方だったよ……でも、もういない。私たちのせいで、あの方はいなくなってしまった」
寂しげに微笑む妻。あの老人の瞳は瑠璃色だったはずだが、とクライスは一瞬考え、すぐに、当てはまる人物を弾き出した。
トアヒ少年である。




