神は人に魔法を賜うた
そろそろ神様に怒られそうですが、これ作品内の神だから許して欲しい
ジルトは司書の女性の説明を聞きながら、書架を見て回った。
この怪しい本たちは、四年前の大火を機に消失したとされる本ばかりとはさきほども聞いたが、そもそもどこにあったかと言うと、道楽貴族の書庫や、奇特な蒐集家の地下室、それから古本屋にあったものたちが、ここに流れ着いたのだと、彼女は説明してくれた。
「彼らも手放す機会を探していたのかもね。珍しいとはいっても、異端のことが書いてある本だから」
少し寂しげに、彼女は言った。
『魔女の信徒』の裁判が、なんの横槍もなく死刑に導かれたように。リルウがセレス姫の生まれ変わりともてはやされる一方で、魔女の生まれ変わりと揶揄されるように。
異端は、なぜかこの国の民にとって忌避されるべき存在だ。
ジルトだってそうだ。なぜか異端には、あまり良い印象を持っていない。だから、『アッカディヤの魔術儀式』の時に、リルウが薔薇の魔女の生まれ変わりだと判明してしまえば、王家の威信が異端によって崩れてしまうと危惧をした。それを止めようとした。
「きっと、この本たちは地上に出れば燃やされてしまうでしょうね。異端を忌避する人々によって……だから、消失したことにして、ここで預かっているの」
とある書架の前で立ち止まる。彼女は何気なく一冊の本を引き抜いた。
「それで、この国の異端嫌いを象徴するものが、これ」
それは、革表紙の本だ。古ぼけた本は鋲付きで、なんの変哲もないように見える。だが、ジルトは表紙の文字を読んで目を見開いた。
「それって」
「そう。四年前に焼け落ちたと言われる王家の歴史書。不届き者が、焼け落ちた王宮から持ち帰ったとされるものよ」
「そんなもの、見せていいんですか、俺に」
「館長に会ってまだ生きてるんだもの、これは合格ってことよ」
なんだか不穏な言葉である。彼女はとくにそれに言及せず、立ったまま、ぺらぺらと本のページを捲る。
「私が君たちと会った時に、魔女信者扱いしたのは、この本が理由なの」
開いたページを見せてくれる。そこには、こう書かれてあった。
セレス・ソレイユーー二十歳で夭折。
「セレス姫……?」
ジルトの呟きに、彼女は頷いた。
「これが、魔女信者が付け上がること間違いなしの、現王家の弱点、矛盾って言った方がいいかな」
「そうか、王家はアルバートとセレス姫が結婚して、今の血筋があるというスタンスだから、この歴史書と矛盾しているってことか……」
「そう。つまり、伝説と歴史書も矛盾しているってこと。これは、どっちも間違ってるんだって。王家は不都合な事実を隠そうとしているだけらしいわ」
その言い方に、ジルトは引っ掛かりを覚えた。
「“らしい”?」
彼女は悪戯っぽく笑って、舌を出した。
「実は、今のはぜーんぶ私の父の受け売りなの。父は歴としたアルバート信者でね、いつか王家の歴史書から抹消された名前を復活させるんだって、意気込んでたわ」
「すごいんですね……お父さん」
ジルトが感心して言えば、彼女の笑みは照れ笑いに変わる。
「ありがとう。娘をほっぽって山に行くどうしようもないダメな父なんだけどね。今でも、父の著作を読んでくれる人に出会うと、とっても誇らしい気持ちになるの」
「……著作?」
彼女は、王家の歴史書を本棚に戻した。
「あの子には、秘密よ。こんなこと言ったら、父が色んな意味で幻滅されちゃうもの」
自らの唇に人差し指をあてる。
「私の名前はね、シューエル・テラーゼっていうの。父の名前はトアヒェル・テラーゼ。またの名をネーベラ・シューエルっていうのよ」
『魔法魔術辞典』。ペルセから始まりパーセ、そして抹消された意味の項。
“神は人に魔法を賜うた。それは、遊戯のためである。斯くして、人はどうしたか。人は、魔術を作ったのである”
「この国で魔法は忌避される。それはなぜかが、ここに書いてある」
神の項を指差しながら、館長は言った。
「すなわち、神に与えられたものだからだ。神は全くもっていけすかないあの野郎絶対許さない……」
私怨たっぷりの言葉を吐いた後、館長はため息をついた。少し顔に影が差している。
「おんなじ愚かでも、魔術は人による尊い愚かさだ。殺す力を弱めて、不十分な力にした。ちっぽけな生存欲求を満たすための道具にしたんだ。対して魔法は違う。なんの捻りもなく、神と契約して搾取されて、操り人形のまま死んでいく。魔法はダメだ。だから、ローズも可哀想なんだ」
滔滔と流れ出てくる言葉は、どれもファニタにとって興味深かった。だから、ファニタは一言一句聞き漏らさぬよう、耳をそばだてていた。
「神は君みたいな不幸になりそうな女の子が大好物なんだ。だから、あのジルト? 君が好きなら、意地でも繋ぎ止めておくんだよ。そうじゃないと、私みたいになっちゃうから」
鉄砲水をくらった。ファニタは冷や汗を浮かべて手をわたわたと振る。
「なっ、な、な」
どうしてそれを!? と問いたい。
でも、声があまり出てこない。館長は、それを面白そうに見て、顔を手で覆った。正確には、金色の目を閉じて、それを手で隠した。
「ごめんね、私は愚かで尊くない人間の方だったから、魔法ってやつが使えるんだ。人の心がある程度読める。だから、君たちは害がないとわかった」
「す、すごい……」
そんな魔法もあるのか。神ってすごい。
「あ、神を褒めたね? て、また読んじゃった。使いにくいったらないな」
ぐしぐしと髪を掻いて、ぶるぶると頭を振る。
「これを見せたのは、シューエルの著作を愛する君に、作者の気持ちってやつを伝えとこうと思ってのことだよ。いいかい、神はクソだ。殺すに値する。だから、奴はラーナ・ペルセを物語の舞台にした。最上級の侮辱をするためにね」




