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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
斯くして、人はどうしたか
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贈り物

放課後、元気いっぱいに新聞を返しにきたファニタ・アドレナに、学園長であるエベック・クレアは呟いた。


「ずいぶん楽しそうだな」

「そ、そう見えますか?」


目の前のファニタはニコニコと笑っている。二年前、面接をした時からは考えられない明るい表情。


「ジルト・バルフィンか」


呟けば、顔がぼっと赤くなった。わかりやすい娘だ。


「各社の新聞を貸してくれと頼んできたのも、バルフィンが関係しているんだな?」

「はい、そうです。私が、私を使う場所を見つけたんです」

「……」


彼女の表情は、実に清々しかった。エベックは、四年前に見つけた、一点の光を幻視し……その下にあったものたちも思い出す。


「せいぜい死なないことだ。でなければ、ここに入れた意味がない」

「はい。生きて時代を拓くために、セント・アルバートはあるんですよね!」

「そうだ。わかったら、さっさと行け。外出許可証にもサインはしてある」

「はいっ! 行ってきます!!」


高いところで括った金髪を、尻尾のように揺らしながら、ファニタは出ていった。


エベックは、しばらく扉を見つめ、彼女が置いていった新聞の束を見る。

「王都通信社狂言殺人」「施療院事件」そして、植樹祭の協賛者、ルクレールが起こしたとされる「孤児院放火事件」。

いずれも、ジルト・バルフィンが関わったとされる事件である。


エベックは、彼らをどこで止めるべきか迷っていた。


ーーあの公爵には、勝てるはずがない。


四年前の煌びやかな、金と銀の光景は、エベックの絶望を際立たせただけだった。


奇跡的に見つけた地下の道。見えた針の先ほどの光。走り出した生徒が躓いたのは、息絶えた人々だった。暗闇に慣れた目では、嫌でも見えてしまった。壮絶な死に顔、そして、あまりにも綺麗な刺し傷、斬撃のあと。


炎なんかじゃない、何か違うことで、あの人々は殺されたのである。エベックは、そこで教師の体面を放り出した。



その時に、地下で見つけたそれを、エベックは大切にしまってある。


椅子から立ち上がり、エベックは本棚に行く。そして、中から一冊の本を取り出した。


その本だけ、中身がくり抜かれ、箱が収められている。

エベックは、震える手で箱の蓋を取る。眩いばかりの銀髪が、照明に光った。


そう、あの死体があった“誰かの住処”に、落ちていたものである。汚物処理用の施設が作られ、食事をした後があり、そして、衣服がきちんと畳まれていた、あの住処に。


そのことを思い出したくはない。エベックは、ぱたんと蓋を閉め、本を元の場所に戻した。


たった一人で惨劇を作り、たった一人で復興の礎を築いた男は、きっと、怪物というのだろう。


エベックは、死体を見た時から、強固な態度を取った。生徒達には恐れられているが、そうすることで誰も何も聞けなくなるからだ。

このことは、エベックと十二人の生徒たちだけが知っている。もう卒業した生徒達には誓いを立てさせた。決してこのことを言わぬよう、言ったら最後、あの死体になるのは自分たちだと。


「雪上の世界、か」


椅子に座り直し、エベックは呟いた。案外あの子爵は、本当のことを知っていたのかもしれない。だから、火をつけたのかはわからないが。


雪が融け、雪下の世界が姿を現す。そこにあるのは、きっと、ろくなものではないだろうに。


エベックは、四年前から神を信じていなかった。表面上は信じていたが、本心から信じられなくなった。こうして生かしてくれことも、あの光景を見せるための余興にすぎないのだと。


神に愛されている人間は、あの公爵のような人物のことを言うのだろう。地下に死体を積み上げ、地上に出た救世主。


そんな人間に、勝てるはずがないのだ。


だからエベックは、彼らをいつ止めようかと考えている。ファニタに新聞を貸してしまったのは、この手が悪いだけなのだ。本当なら、こんなことやめろと言って終わりなのに、別に、不思議と期待しているわけでもないのに。


エベックは首を振り、考えを打ち消した。沈黙を貫く。それが、四年前に出した答えだ。






ジルトは頰を引きつらせていた。

なにせ、目の前にいるのは、ジルト的には会いたくない人物だったからである。


「あの烏が修行の旅に出ていったので、不肖私めが貴方の監視役となりました」

「……どーも」


黒に近い髪色を持つ黒い瞳の彼は、王都通信社襲撃事件で出会った人物であり、おそらく王都通信社の社長とソフィア、そしてヘルマンを殺した人物だ。


ジルトとしては警戒心を持ちたいのだが、なにせ、彼はジルトに対してまったく敵意がない。敵意がないどころか、謎の崇拝をされている気もする。現に監視役って堂々と言ってるし。


「王立図書館に行かれるんですよね。お供します!」


お供って言ってるし。

ファニタが「この人がジルトの言ってた……」と妙に感心してるしで、ジルトはため息を吐く。


「なんで、この前は出てきてくれなかったんですか?」


孤児院放火事件の翌日のことである。例によって、ジルトは不審そうな目をするファニタの前で、公爵について罵詈雑言を吐いたのだが、特に誰も出てこなかった。ただのおかしな人扱いされる前にファニタに止められた。


「この前は別の者でした。あの魔女信者……こほん、邪魔者のせいでこの任に着くのに時間がかかってしまいまして」


魔女信者とは、たぶん、軟禁されていた時に会った教祖のことだろう。あちらも色々あるらしい。そして、この言い方から、やはりそうかと思う。


「それにしても、あの夜は惜しかったですね。あと少しで公爵を殺せたというのに」


平気でそんなことを言う。リルウだけじゃない、この男も、ジルトの目的を知っている人物だ。


ジルトは、比較的自分に友好的なこの男に、鎌をかけてみることにした。今朝ファニタに聞いたことを、さりげなく。


「そうなんです。せっかくの貴方の魔法も、()()()()()()でしたね」


固まった。


この男は意外とわかりやすい。少なくともジルトに対しては。


「アゼラ伯爵のスピード裁判はともかく、後の三つの事件は、貴方が操作して、論点をすり替えたんですよね。その先見の魔法と、事件に関連する人々を使って」

「正解です。ますますあの方に近づいてきましたね」


満面の笑みでもって、男はジルトに答えをくれた。


ーーあれ?


てっきり、焦るか怒るか、否定的な反応をすると思ったのに。


「賢いお嬢さん、これからもジルト様を支えてあげてくださいね」

「えっ? えっ?」


どころか、ファニタの方を見て頭を下げる。


「そうですね、私の魔法……強いて言えば魔術ですが、を看破した貴女に、贈り物をあげましょう。王立魔法図書館の受付に、“地下にある書庫三層に行きたい”と言ってみてください。きっと、貴女の趣味に役立つ本が見つかりますよ」

「しゅ、趣味、もしかして」

「それでは。挨拶これくらいにして、私は監視任務に戻りますので!」


敬礼をし、男は消えていった。


「なあファニタ、書庫三層ってあの図書館にあったっけ? ファニタ?」

「魔法、強いて言えば魔術……」


ジルトが話しかければ、ファニタは違うことを呟いていたが、思考から戻ってくると、ジルトにキラキラした目を向けた。


「なんだか、一気にわかりそうな気がする! 行くわよジルト!」

「お、おう!?」






「残念ながら、当館に書庫三層というものはございません」

「え?」

「……」


にっこり笑う図書館の受付の女性は、ジルト達を見たまま、小さく小さく囁いた。


「とっととお帰りください、()()()()()()?」



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