言いたかったこと
普通に嘘をついていく
なぜか荒れに荒れた部屋。そのベッドの上で、ジルトとリルウは向かい合った。
「リーちゃん……?」
リルウは、少し不安そうな瞳をしていた。ジルトの前髪をかきあげ、言葉を紡ぐ。
「薔薇の魔女ローズの名において、汝に祝福があらんことを……貴方の呪いを、解いてあげます」
額に唇の感触。ゆるやかに、頭の中の薄いベールが取り払われ、なにかがするすると解かれていく。
「……あ」
思い出せなかったあの子の顔。それが、目の前の少女と重なって……ジルトは目を見開く。
「お兄様、ごめんなさい」
なぜか謝ってくるリルウの肩に手をかけた。記憶が戻った今、ジルトには、言わなくてはならないことがある。ジルトは、リルウの目を見て言う。
「リーちゃん、聞いてくれ。トウェル王は、リーちゃんを気にかけてたんだよ。君がお姉様って呼んでたのは、俺のことで、ええと……」
「ええ、わかってます」
もどかしい。まだ記憶が戻ったばかりだから、頭がくらくらする。だけど、目の前の、誰に見向きもされなかったと言った少女に、せめて、トウェル王の愛だけは伝えたかった。
「シルクとして会う前、俺は、母さんのところに戻った。その時に、トウェル王……トウェルおじさんが、言ってくれたんだ。“リルウをよろしく”って」
だから、リルウが名前を教えてくれた時、とても嬉しかった。それは言わないでおく。
ジルトは、リルウと同じ金髪の王を思い出す。母に頼み込んで女装したジルトの髪を、優しい手つきで撫でてくれた彼のことを。
「ええ、わかってました。お兄様が、それを一番に言ってくれるであろうことは。その優しさが、私は大好きです」
違う。ジルトは、彼女の答えに戸惑った。それなのに、微笑みかけてくるリルウになにも言えなくなる。
「俺が、言いたいのは……」
それでも、ジルトがリルウに詰め寄ろうとした時だった。ガチャリと音がして、開かなかった扉が開いた。
「ピロートークか? 最近のガキはただれてんなぁ」
入ってきたのは、黒髪の男だった。黒曜石のような瞳、整った顔立ち。しかし、喋り方がそぐわない。
この男、どこかで……思い出そうとするジルトに、男は自分から答えを言ってくれた。
「二度目だなガキ。『アッカディヤの魔術儀式』の時は世話になったなゴラァ」
「あ、あー!! あの時の胡散臭え教祖!!」
「胡散臭え言うな」
思い出した。そういえば、こいつは「はあ」しか喋らなかったが、たしかにあの場にいた奴だ。
「ここは、『魔女の信徒』の本拠地なんです」
どうしてそんな男がここにいるのか。そんな疑問を、リルウが解決してくれる。なるほど。
「世話になったのは俺ですよ。またハルバに手ェ出そうもんなら、容赦しない」
厳然と言い切ったジルトを、教祖は鼻で笑った。
「容赦なくヤられた癖によく言うよ」
「は? 何言ってんだ?」
「とぼけんなよ。相当お熱いプレイをかましてたんだろ? あーあ、これで陛下がはらぶげほっ」
何かを言おうとした教祖の顔が、リルウが片手で投げた枕によって歪む。超人バトルを見たジルトとしては、この運動神経が普通だと思う。
「つ、強ええ、陛下つええ……」
「下衆な勘ぐりはよしてください。お兄様がそんなことできると思いますか?」
顎に手を当てる教祖。何かを思い出すかのように、視線を彷徨わせて、その後に手を打つ。ジルトを指差して言う。
「そういえばこいつ、あの時もクッソ鈍感ムーブかましてましたね!? え、まさか」
「そうです。聞こえていたのは、私の一人芝居です。悲しいことに」
「おいたわしい……おいこらガキ、お前、こんな可愛い陛下を前に何にも反応ないとかふざけてんのか。何その制服。なんで乱れてねえんだよ」
いや、さっき着替えたばかりだから、とは言えない。ジルトはなぜか怒ってくる教祖に戸惑った。
「まあいい。お前は用済みだから釈放してやる。とっととぬるま湯ん中、帰るんだな」
教祖がずかずかと中に踏み入ってきて、ジルトの腕を取る。
「いーですか、陛下。つまりはこうです。あんたには、一発逆転の大チャンスがある。あの可愛い嬢ちゃんに取られないために、あの男と手を組むんです」
不思議なことを言う教祖。ジルトが見たリルウの紅玉は、静かな色を湛えていた。
「わかってるわ。そんなこと」
「うん、ならいいや。遠慮なんて要りませんよ。あんたは、幸せになる資格があるんだから」
その言葉だけは、ジルトも同意したかった。なぜ自分の記憶が、リルウによって戻ったかはわからないし、謝罪されたのかもわからない。けれど、リルウが幸せになるべきなのはわかる。
靴とブレザーを返してもらい、軟禁されていた部屋から出て、広い廊下を歩く。
廊下の壁には、一定間隔で、大きな額縁に入った絵が飾ってあった。
「この絵たちはみんな信者の貢ぎ物だよ。すげーだろ?」
「はあ、すごいっすね」
得意げに言った教祖だが、絵が独特すぎて、貢ぐにしてももっといいものがなかったのかと思う。
「もうちょっとこう、おとなしめの絵が欲しいですね」
「俺もそう思ったんだけどな……本人が、一生懸命描いたって言うから……」
それ、貢いだって言う? なんで教祖やってんだこの人。
「それにしても、前会った時と雰囲気が違いますね。それが素ですか?」
「そうだよ。普段は教祖モードなだけだ」
なんだか、普通の人だな、とジルトは思った。この人が、『アッカディヤの魔術儀式』を企み、そして、アゼラ伯爵を利用したのだ。
……これも、“知ること”なのかもしれない。
今までの復讐に囚われていたジルトでは、見えなかったことだ。
「……お前さ、ぶっちゃけ、どっちがいい?」
前を歩くシンスの表情は見えないが、その分声が少しだけ低かった。
「俺はさ、たぶん、ローズ様を復活させて、やり直しをしてもらいたいだけなんだよな。不幸だった女の子を、幸せにしてやりたいんだ……まあもちろん世界征服とか? そんなんもあるけど」
「……」
「だから、陛下を見ると、どうにもローズ様と重ねちまってダメだ。幸せになってもらいたい。そのためには、たぶんお前が要る。だけどお前はきっと、幸せになれない」
教祖は頭の後ろで手を組んだ。
「やっぱり、リーちゃん……リルウ陛下が、魔女の生まれ変わりなんですか?」
「……そうだよ」
若干返事に遅れがあった。ジルトはどうせ見られていないからと微笑んだ。
「それなら心配要りませんよ。魔女の生まれ変わりだろうと、俺は、リルウ陛下を幸せにします。約束したから」
そう、記憶を取り戻した時、約束も思い出した。魔女が嫌だと言うのなら、俺が魔女になる。
「……お前、結構優しいんだな」
「……優しくないです」
「いや、良いことだよ。つけ込む甲斐がありそうだし。チョロいのは良いことだ」
褒めてないな、それ。
そう思いながら、教祖が近くの壁をこんこんと叩くのを見る。数秒後に広がる“抜け穴”。
「この先が大通り。お前でも通れるようにしてやるから、とっとと帰れ」
「“抜け穴”があるなら、なんで歩いたんですか」
「俺の力不足だよ。お前の師匠と一緒にすんな」
ぐいぐいと、ジルトの背中を押す教祖。
「じゃーな英雄。今度は“理解者”として会えるのを楽しみにしてるぜ」
「だから、その理解者って結局なんなんですか、わぷっ」
灰色の髪の少年が穴の中に消えていったのを見て、シンスは瞳を細めた。
英雄信者へのあてつけでした“理解者”宣言。けれど、実際にリルウがジルトに向ける表情を見て、リルウのためにも、ジルトを引きずり落とさなければならないとわかった。
あの公爵は嫌がるかもしれないが。
ーーま、あいつには“彼女”とやらを充てがっときゃいいだろ。
そんなことを考えるシンスは、気づかなかった。
「これでジルトと彼女は別物だとわかったわけだ。いやあ、よかったよかった」




