最低な脅し
ルクレールおじさんだけがシリアスしている
あいつらを喪ってはじめて、人を失った人の気持ちがわかった。
もちろん戦場でも、人は死んでいったけれど、喪うという感覚はわからなかった。なにせ、死が恒常化している世界だからだ。死んで当然、生きてりゃラッキー。そんな世界。
だから、ぬるま湯の中で、俺は初めて喪うという感覚を。四年前に俺があれを解き放ったせいで、人々が味わった感覚を味わうことになった。
それで、わかった。
俺はあれに復讐しなければならないし、
復讐を、されなければならない。
いつもは退屈に思える舞踏会も、こうしてみると輝いてみえるものである。
ダンスホールにて、いつもは気乗りしない踊りに興じながら、ガウナはそう思った。
月に一回催される舞踏会は、大切なイベントである。王家の財をアピールし、集まった人々が高名であればあるほど王家の威信が保たれる。
「宰相殿、ぜひ、私どもの娘と……」
なぜか、寄越されるのは年端もいかない少女や、ガウナより年下の少女だ。自分がどういう目で見られているかわかっているガウナは苦笑し、麗しい令嬢達を怖がらせないようにステップを踏んだ。
「なんだか、楽しそうですわ」
フロワージュ家の侯爵令嬢だったか、ブラウンの髪を巻き毛にした彼女が言う。彼女は他の令嬢と違い、夢見るような瞳をしていない。なぜかと問えば、しまったという顔をして言う。
「私の、友人の元気がありませんの。私情を持ち込みましたわね。ごめんなさい」
令嬢は努めて明るく笑い、ガウナと最後まで完璧に踊った。別れる際、ガウナは声をかける。
「君と、君の友人に祝福を」
「謹んでお受け取りいたしますわ。ありがとうございます」
淑女はスカートの端を持ち上げて、お礼をしてくれた。
とてもいい日だ。
ガウナは彼女に恥をかかせないよう、令嬢達と完璧なダンスを踊った。もう、靴は履き慣れただろうか。今度は転ばないだろうか。そんなことを思いながら、踊っていると……ある時、不思議と、気配がした。
「ガウナ様?」
とろんとした目の少女の手を取り、恭しく口づける。少女はくらりと倒れ、おつきの従者に介抱されていた。
それを横目で見ながら、ガウナは、入口の方へと急ぐ。
紳士の皮を被った狼の群れの中で、彼女はおろおろとして、誰かに助けを求めようと、視線を彷徨わせていた。
「失礼」
なんてベタなシチュエーション。ガウナは群れの中に入っていき、彼女の手を取り、引っ張る。ガウナの胸に飛び込んできた彼女は、草色の目をぱちくりさせていた。
「さ、宰相殿、彼女は……?」
動揺する男達に、ガウナは冷たい目を向けた。
「ひ、ひいっ!?」
男たちは散り散りになって逃げていく。そこではじめてまずいことをしたと思った。あの中には、見知った顔もあった。ガウナを支えてくれる重臣の息子の顔が。
しまった、後で謝っておかないと。そんなことを思いながら、彼女を抱きしめていると……ぽすぽすと、胸を叩かれる。
彼女はガウナから解放されると、ふうふうと小さく息をしていた。どうやら息が苦しかったらしい。
俯きがちな彼女の耳が真っ赤に染まっている。何かを言おうと口を開けるが、音が出ない。初めて会った時から思っていたが、やはり。
ガウナは彼女を壁際に連れて行って、こっそり耳打ちした。
「君、もしかして、喋れないの?」
彼女は頷いた。
「もしかして、僕のこと、覚えてない?」
彼女は頷いた。
ガウナは、心の底から湧き上がる喜びを抑えられないままに、彼女の手を取り、口づけようとするが、彼女が震えたのでやめた。
「僕の名前はガウナ。ガウナ・アウグスト。君をずっと、探していたんだ」
彼女の瞳が見開かれた。ガウナは彼女に手を差し伸べる。
彼女は、おずおずとガウナの手を取った……。
そう、あの日に視た夢の通りに。
自分の主人が、金色の髪の少女と踊るのを見ながら、クライスはそっとダンスホールを抜け出した。
「お待ちしておりました」
広い庭にて、クライスは主人を取り返しにきた犬と向き合う。
ミュールは、紫炎色の瞳をぎらつかせて、口元に酷薄な笑みを浮かべていた。その手には、細剣。月の光が、銀を煌めかせた。
対するクライスが取り出したのは、二本の小刀。何の変哲もないものが一つと、とある装飾が柄に施されているものが一つ。
「待っていたのは私ですよう。ずる賢い烏を狩ることができて、本当に幸せです」
さて、ここからだ。
クライスは、立っている場所の地面を蹴った。
「何を……」
訝しむミュールは、目を見開く。クライスの足元には、虹色の縁が印象的な、“穴”が現れていた。
「これは、“抜け穴”です。残念ながら、王城にジルト様はおられません。この先にいます」
「フランベルクを舐めてもらっては困りますよ。そんなの、わかってます」
それが何か? という顔をしているミュールに、クライスは言う。
「降参してください。貴方が大人しく死ぬというのなら、ジルト様に危害は加えません」
「お断りですわ。私はジルト様を私のものにするまで死ねませんから」
「仕方ありませんね。ゲイナー様」
「おう」と声が聞こえた。穴の先にいるシンスの声だ。
「ちと残酷だが、あのガキの足の腱でも切ってやろうとしたんだけどな、それがな……」
なんだか、歯切れが悪い。
「あのさ、たいへん言いにくいんだが、その……最近の若者って怖いな?」
シンスが黙ってしまう。痛々しいほどの沈黙、かと思いきや、穴の中から、どったんばったん、ついでに狂ったような愛の言葉が聞こえてくる。
「今、陛下が既成事実を作ろうとしてる最中なんだわ。うん、俺にそこに踏み入る勇気はない」
あと、内側から施錠されてる。
その言葉を聞いて、クライスは方向性を変えた。
「聞いた通りです」
「たぶん、貴方の思い描いていた計画ではないんですよねぇ? ふふふ、あはははは」
笑ってはいるが、声が震えている。ミュールは、顔面蒼白であった。効果ありと踏んだクライスは、最低な脅しを口にする。
「ジルト様の貞操が惜しければ、死んでください」




