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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
世界は彼に微笑んだ
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小さな英雄

ひたすら撫でる回です。

舞踏会前日。朝。


ガウナは普通に起きた。特に夢を視ることなく。


「本当に、アレは予知夢なのかなぁ」


やはり、とてつもなく強い願望が作用して、ガウナに夢を見せているのではないか? と、思わなくもない。


夢の中の彼女は、ガウナに好意的で、手を取ってくれて、笑ってくれた。

さて、彼女がガウナの前に現れたとして、それをしてくれるだろうか? 否。たぶん真っ先にガウナを殺しにくるだろう。現実は非情である。


「魔女列伝、三十四ページ……」


だが、希望というのは捨てきれないもので。ガウナはシンスの言っていたことを思い出し、すぐさまそこに赴いた。






目覚めたジルトが一番最初に目にしたのは、蜂蜜色の髪だった。


「……おはようございます。いい朝ですね、お兄様」

「おはよう?」


まだ頭の働いていないジルトは、爽やかな笑顔で挨拶をしてくれたリルウに、疑問系で返した。そもそも、今が朝なのかわからないし、なんでジルトの寝ていたベッドにリルウがいるのかもわからない。


「うーん、整理しよう。そうしよう」


あまりにもわからないので、ジルトはかえって冷静になった。ぐりぐりと眉間を揉み解す。


「俺はクライスさんにまた腹を殴られて、気絶させられたわけだな。それで、ここにいるわけだ」

「的確です! さすがお兄様!」


リルウが褒めてくれるが、あまり嬉しくない。ジルトは手近なところにあるリルウの頭を撫でながら(本当に手近なところにあった。的確なのはリルウの方だ)、部屋をぐるりと見回す。


なんだか殺風景な部屋である。家具一式は揃っているが、窓がないので圧迫感を受ける。日の光が入ってこないので、不健康になりそうだ。


ジルトはベッドから降りて、床を裸足でぺたぺた歩く。靴はないし、着ていた制服のブレザーもなくなっている。不親切だと思う。


ただ一つある扉のノブを回す。扉は開かない。


「なるほど、これは、閉じ込められてるな」


腕を組み、うん、と頷く。と、なると、やはり不思議なのは彼女である。


「リーちゃんはなんでここにいるんだ?」

「お兄様と既成事実を作ろうと思って!!」


元気よく答えるリルウ。ジルトはとりあえず、またリルウの頭を撫でた。可憐な容姿だが、なぜか猛獣を宥めているように思えてきた。こうしていると、襲われずに済むような気がするので撫でてみる。


リルウの髪がぺしゃんこになるぐらいまで無心で撫で続けていると、開くはずもないドアから、ガチャリと音がした。


「やあジルト君、そろそろリルウに食べられた頃合いかな!」


すこぶる最低なことを言いながらドアを開けたのは、諸悪の根源、銀髪の公爵である。

こうして考えてみれば、直接顔を合わせるのは久しぶりだ。『アッカディヤの魔術儀式』以来だろうか。


「お久しぶりですね公爵様。残念ながら、まだ食われてないですよ」

「まだ下味をつけていませんからね!」


ジルトが皮肉げにかっこつけたのに、リルウがドヤ顔で追随して台無しになる。ジルトはため息を吐いた。復讐相手が目の前にいるっていうのに、なんだこの弛緩した雰囲気は。


「何しに来たんですか、俺を解放しに来てくれた……わけではないですよね」

「残念ながら、まだ解放するわけにはいかないんだ。クライスが勝つまではね」


その言い方で、ジルトは自分の役割を悟った。


「……ミュールさんとの戦いに、俺を利用するつもりですか?」

「ご名答。君はさしずめ人質ってところかな。無傷では帰れない覚悟をしておいてくれ」

「ああ、俺を嬲って動揺させる感じですか」


くだらない。そんなことをされるくらいだったら、俺は喜んで……喜んで?


その先が出てこなかったことに、ジルトは自分で驚いた。少し前までは、そうじゃなかったのに。まったく、あの二人はとんでもないものをジルトに宿してくれたものだ。


苦笑するジルトを、リルウが不安げに見上げてきた。今度は安心させる意味合いで、頭を撫でる。けれど、リルウの紅玉は曇ったまま。


ジルトは、ガウナの目を真っ直ぐに見て言った。

そう、理想の復讐を、すると決めたから。


「もう、誰も死なせませんから。あんたには、殺させない」

「………二度目だ」


ぽつりとそう呟いたガウナは、まるで亡霊を見るかのような目でジルトを見て……藍色の目に光を灯して、優しく笑った。


「クライスの言う意味が、少しわかったような気がするよ。良いだろう、やってみてごらん。小さな英雄くん」


そうして、ジルトの髪に手を伸ばして、くしゃりと撫でた。


「同じ鼠仲間として、君のことを応援してあげよう」

「どういう意味ですか、それ」


ガウナは笑うばかりで、なにも教えてくれない。


「まあ、それはそれとして、君には人質の役割もあるわけだから、英雄譚は舞踏会の後からでいいよね?」


ばたん、と扉が閉められた。


「あの男、わかってないですね」


リルウがジルトの腕に腕を絡ませて、耳元で囁いた。


「お兄様が鼠であるはずないのに」


どのような意図で言ったのかはわからない。ガウナもリルウも。でも、どちらかと言えば、ジルトはリルウの意見に賛成だった。ジルトはあの男の仲間でもないし、この灰色の髪は、鼠などではない。


これは、まさしく灰だ。

炎に焼かれて、残るもの。風に吹かれれば、すぐに飛んでいってしまう、頼りないもの。


ジルトは、震える手で、リルウの頭を撫でた。




今度は、紅玉は満足げに細められた。

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