やっと、笑ってくれた
なんで女装をしてたの回
いてもいなくても困らない存在。それが自分だった。
二階のパーティー会場からは、楽しげな音楽が聞こえて来る。耳を塞いで、リルウは自室のベッドで、布団をかぶって引きこもっていた。
六歳だったリルウは、布団の中で呪詛を吐く。
「きらい、きらいきらい……」
私より優れている兄や姉、無関心の父。表面上だけは優しい家臣たち。なにより、そんな状況に甘んじている自分。
何もかもが嫌いだった。今日だって、父の誕生日なのに、祝う気持ちになれないリルウは参加を拒否した。周囲の人たちはそれを当然のように受け止めて、リルウを置いてパーティー会場に行ってしまった。
別に、誘ってほしかったわけではない。行きたくもない。けれど、ただ、存在だけは認めてほしかった。
枕に顔を押し付けて、声を出さないようにする。
誰も見ていないところで、リルウは静かに泣いた。涙が武器になるのは、世渡り上手な姉たちだ。リルウが泣いても、弱みを見せるだけ。
でも、今日は皆、どうせここにはいない。リルウは枕から顔を剥がし、声を出して泣いた。
一度タガがはずれると、止められなかった。泣き続けるリルウは、扉が開けられたことに気付かなかった。
「どうしたの? 大丈夫?」
急に声をかけられて、リルウの肩が跳ねた。
「……」
声も出せないリルウの元に、少年は近づいてくる。かと思いきや、少し間を空けて止まった。
「声が聞こえたから、こっちに来てみたんだ。驚かせてごめんね」
優しい口調だが、それがリルウの癇に障った。灰色の髪の少年は、皺ひとつない礼服を着ていて、それなりの家の子だとわかる。曇りのない草色の瞳も明るく輝いていて、きっとリルウみたいな扱いをされていないんだろうと思った。
「僕の名前はジルト・ドラガーゼ。君は?」
やっぱり。リルウはジルトに嫌悪感を覚えた。
「貴方みたいな恵まれた人には教えてあげない」
ドラガーゼ公爵家の、たった一人の後継ぎ。それが彼だった。
苦難の道を歩むリルウとは違って、平坦な道を歩むであろう彼に、リルウはそっぽを向いた。
「困ったな、どうすれば、名前を教えてくれるの?」
「貴方が私と同じところに落ちてきたら」
意地悪をする気持ちで、リルウは言った。
「貴方が女の子で、誰にも必要とされなくて、自分の代わりがたくさんいる人になったら」
「なるほど、それが君が泣いてる理由なんだね」
「……っ!」
かっとして、リルウは枕を掴んだ。そして、ジルトに向かって両手で投げた。が。
「なんで避けるの!」
「いや、当たったら痛いし……」
あえなく床に落ちた枕を拾って、ジルトはよいしょとサイドテーブルの上に置く。リルウの元には近づいてくれない。
それがなんとなく気に入らなくて、リルウは叫んだ。
「出てってよ! もう、私のことなんて構わないで!」
「うん、わかった。じゃあね!」
「え」
物分かりが良すぎるジルトは、明るく笑って、リルウに手を振った。
「僕じゃダメみたいだから!」
ドアノブに手をかけて、ジルトは行ってしまった。
誰に見放された時よりも、リルウは絶望していた。ほんの数分間会っただけの男の子なのに、家族よりも臣下よりも、予言をして会いに行っていた男よりも。リルウは彼に嫌われたくなかった。
「う、うぇ、ひぐっ……」
泣きながら、サイドテーブルの枕をとろうとする。ベッドから、自分の領域から下りて、彼のいた領域へと。
だがそこには、彼がいない。
嗚咽が止まらない。今すぐ扉を開けて、彼の後を追いたいけれど、もしも決定的な……拒絶を彼にされたらと思うと、リルウの足はすくんでしまった。
枕をとって、ベッドに戻る。ジルトが優しい手つきで拾ってくれた枕を抱きしめれば、いっそう泣きたい気持ちが強くなった。
やがて、泣き疲れたリルウは、眠りの中に入っていき……
かちゃり。
ドアノブの回る音がして、リルウは目を覚ました。
「……あ、起きた?」
寝起きで、頭が働いてないのだと思った。もしくは自分の願望。
目の前には、リルウと同じ金色の髪の女の子が立っていた。桃色のドレスは、彼女の瞳と好対照で、よく似合っている。彼女の、草色の瞳に。
「はじめまして、私の名前は、えっと、シルク! シルク・ウォールカっていうの。よろしくね!」
ただし、声は先程の彼のもので。リルウは、彼が女の子の格好をしているのだと、すぐにわかった。
跳ね除けることもできたけれど、リルウは差し出された手を取り、名前を名乗る。嬉しそうに輝いた彼の顔を見て、思わず笑ってしまう。
「やっと、笑ってくれた」
その声は、驚くほどに優しい声で。リルウが目を丸くしたのを、ジルトは別の意味に取ったようだ。
「あ、いや、違う! えーっと、さっきのジルトって男の子から聞いていて、それで……」
あたふたするジルトに、リルウは問いかける。先程とは違う態度を意識して。
「私を、笑わせに来てくれたのですか?」
「もちろん!」
迷いのない答えを聞いた途端、とくり、と心臓が音を立てた。顔に血が上るのを感じて、リルウは顔を伏せた。
「だ、大丈夫? どこか悪いの?」
「う、ううん。あの、シルク……お姉様、私と一緒に、絵本を読んでくれませんか?」
この人と一緒なら、嫌いな絵本も、きっと。
そうして、身を寄せ合って、ベッドの上で絵本を読んだ。
魔女が嫌だと嘆くリルウに、お姉様は……ジルトは、自分が魔女になると言ってくれた。
そうしたら、リルウがお姫様になれると言ってくれたけれど。リルウは、別にお姫様になれなくてもいいのだ。
ただ、彼の優しさが嬉しかっただけ。おんなじところに落ちてくれる彼の優しさがあれば、嫌いだった物語は、そんなに嫌いじゃなくなった。




