脅しとメイド
ルクレールは、荒い手つきで目の前の男に紅茶を注いでやった。
「お前、この期に及んで来ようと思うか?」
「少し気になることがあったので」
済ました顔で紅茶に手をつけるのは、確かクライスとかいう公爵の従者。ジルトかと思って玄関を開けたらこいつだったので、ルクレールは呆気に取られた。
「施療院燃やした奴の部下だよなお前?」
「そうですね。この度はご愁傷様です」
まるで他人事かのように言う。殴りたい気持ちをため息に逃がし、ルクレールは「それで?」と嫌々聞いてやる。
「気になることってなんだ?」
「昨日、ここに、一人の少女が来ていましたね」
「さあ? 何のことやら」
ジルトが外で声を上げなかったのは正解だ。やはり、この孤児院は何者かに監視されていた。同時に、クライスがまんまと騙されてくれたことがわかった。吉報だ……そう思っていたルクレールの前に、写真が突きつけられた。
遠くから撮られた写真だが、昨日のジルトが、ここに来た時の写真だ。
「ああ、確かに来たよ。で? それが何だ?」
「彼女の名前をご存知ですか?」
「知らねえ。なんだか訳ありそうだったから、名前は聞かないでおいた」
「ミラ・ウィトメールの客ですからね」
クライスは何気なく言ったが、ルクレールの心臓は凍りそうになった。
「ああ、そうかよ。そこまで知ってんのかよ。で? 俺に何をさせたい?」
「話が早くて助かります。先日訪ねてきた彼女の身元を探っていただきたいんです」
「……何のために?」
「わけは聞かないでいただきたいのですが。そうですね……保険をかけておきましょう。ミラさんを死なせたくなければ。これ以上大切なものを失いたくなければ、こちら側について下さい」
脅しか。
ルクレールは、悩むふりをした。
ーー俺にそれは通じないんだけどな。
なぜなら、ルクレールはあれにこう言った。
『俺の大切なもん全部犠牲にしてでも、お前のことを不幸にしてやる』と。
それを忘れたわけでもあるまいに、どうしてあれの従者は脅しが通じると信じているのか。
できるなら守ろうと思うだけであって、切り捨てる覚悟はできているというのに。
内心で嘲笑いながら、ルクレールは答えが出たふりをして、「わかった」と短く言った。
ルクレールは、写真の少女の正体を知っている。探るふりをして、逆にあっち側を探ろうと思った。
「まるでコウモリだよ。これじゃ、せっかく仲良くなったアイツにも嫌われちまうかも」
冗談めかして言えば、クライスは「大丈夫ですよ」と至極真面目に言う。
「彼もいずれ、こちら側に引き摺り下ろしますから」
静かな場所だった。
孤児院の留守をルクレールに預けたミラは、ただの石の前で祈っていた。
「ヘルマン君、お疲れ様」
自分が世話をした彼の名を呟き、ミラは儚く笑った。
「ごめんね、貴方はここを嫌がるだろうけれど、いずれ、きちんとしたお墓を用意するから。ごめんね……」
見渡せば、そこには同じような石が等間隔に並べられていた。ミラは、石が並ぶ中をゆっくりと歩く。
四年という歳月で、ここにもずいぶん石が増えた。それだけ、ミラの知っている子達は亡くなっていったのだ。
風が、ごう、と吹く。
その強さに、一瞬だけ塞がれた視界には、確かに暗闇が見えていた。
あの日の炎で以っても焼き尽くせなかった暗闇が。
ミラはきつく目を瞑り……その次の瞬間、目の前に女性が現れた。気配など感じなかった。一体どこから?
身構えるミラは、その次に、女性が不思議な格好をしていることに気づく。
フリル付きのエプロンドレス。それに、頭にはカチューシャをつけている。
「メイドさん……?」
思わず口に出せば、彼女は嬉しそうに頷いた。
「ええ、そうです。私は、メイドなのです」
紫炎色の瞳が輝いている。夢見るような口調。彼女は胸の前で手を合わせる。
「私は、私のあるべき姿に戻りたいのです。だから、取り戻しにきたんですけど……ここは、どこでしょうか?」
「ここは、王都の北西にある、ルシャール森林地区です」
ミラがそう教えると、メイド服の彼女はショックを受けたようだった。
「そ、そんな……それなら、セント・アルバートは……」
「ここよりずっと先ですね」
ミラは、見晴らしのいい場所に彼女を連れて行き、時計塔を指さす。
「あそこが、セント・アルバートです」
だが、それを見た彼女は落胆するどころか、元気を取り戻したようだった。
「おお! 意外と近いですね!」
「近い……?」
ミラは首を傾げる。せいぜい時計塔の頭の方しか見えていないから、そんなには近くないと思うのだけれど。
「わかりやすいものがあって良かったです。ありがとうございます! 親切なお嬢さん!」
どう考えても、ミラより目の前の彼女の方が若いのだが……まあいっか。ミラは「どういたしまして」とにこやかに言った。
「この礼はいずれ。それではっ」
たんっ。
地面を蹴って、彼女は真っ逆さまに街へと落ちていく。
「……えっ?」
「おっと」
ふわりとスカートの裾が翻るのを抑えつつ、彼女は余裕そうにミラに手を振った。
ミラは手を振り返し……メイド服の彼女がはるか崖下をすごい速さで突っ切っていくのを、呆然と見送り。
「あ、いけない、お夕食」
ひとまず、現実に復帰するのであった。




