昔取った杵柄
見事に恩を仇で返されたルクレールは、新聞をぐしゃりと握り潰した。
施療院が燃えた事件は、一昔前の王の統治方法への批判に話題を変え、そして帝国への憎悪に塗り替えられた。
「ルクレールさん……」
「ああ、これは失礼」
ミラが顔を曇らせたのを見て、ルクレールはいつのまにか硬化していた表情を緩める。施療院が燃やされた日からルクレールは、この孤児院に寝泊まりしている。いつあれが来てもいいように、大切なものを守れるように、そばにいたかった。
ーーあいつらのそばにもいればよかったな。
会えば喧嘩しかしないが、ルクレールにとって、施療院のやつらは大事な友人だった。その友人を燃やしたあれは、ルクレールにとって許し難い存在だった。
「それにしても、遅いな……」
待ち合わせした人物を思い浮かべて、ルクレールは呟く。
彼は公爵の従者……クライスという男に監視されているらしいが、そんなの気にしないで来いと手紙で言ってある。
ルクレールとしては、彼と話すことが重要で、彼と意見を同じくすることが重要だからだ。情けないことに、年下の彼はその道の先輩である。このどうしようもない怨嗟をどうすればいいのか、ルクレールにはわからなかった。
と、その時。玄関の扉が叩かれた。
彼かもしれないが、違うかもしれない。ルクレールは用心のために小刀を懐に忍ばせて、ゆっくり扉を開いた。
「……お嬢ちゃん、どうした?」
ポーチには、一人の少女が立っていた。セント・アルバートの制服を着ている金髪の少女だ。その少女は俯きがちにして、ぺこりとルクレールに頭を下げた。ルクレールも思わずお辞儀。
「あらあら、いらっしゃい」
ルクレールの背後から顔を覗かせたミラが、明るい声で言う。なるほど? ミラさんのお客さんか。ルクレールはそう納得して、少女を招き入れた。
「……」
すれ違いざま、ルクレールのことを睨む少女。なぜ睨まれているかわからないルクレールは首を傾げる。
ダイニングの椅子にしずしずと座り、少女はやっと声を出した。草色の瞳は半眼である。
「いや、気づいてくださいよ」
「……!?」
その声は少年のもので。しかも、聞いたことのある少年の声で、ルクレールは思わず少女を指さしていた。
「お前……お前、まさかジルトか!?」
「声が大きい。クライスさんにバレないように来てんだから、静かにしてください」
なんでか冷めた声で、というかその理由はわかるのだが、彼はそう言った。この前来た時よりも丁寧な所作でミラの淹れてくれた紅茶を飲み、淑やかに微笑む。
「ミラさんは気づいてくれていたんですよね。ありがとうございます」
「素敵な瞳だから、すぐにわかったわ」
ミラがよしよしとジルトの頭を撫でる。ジルトもくすぐったそうに笑う。この前はムカついた光景も、なんだか微笑ましいものに見えた。
「お前それ、カツラなの?」
「そうですよ。お節介なクラスメイトがいたんで、変装するのを手伝ってくれたんですよ。制服もそう。貸してくれたんです」
若干疲れたような表情で、ジルトはそう言う。珍しい灰色の髪というのが彼の印象だったので、髪色が違うだけで別人に見える。これならクライスも騙せそうである。決して自分が騙されたからそう思うわけではない。決して。
「それで、俺の味方になってくれるって、本当ですか?」
「ああ、新聞で読んだだろ? 施療院の事件。あれは、あいつの不思議な力によるものだ」
「不思議な力……?」
ジルトが首を傾げる。納得していない様子だ。
「あの公爵自身に、そんな力があるんですか?」
「そうだ。石造建築を跡形もなく消した炎、そして、俺は見たんだ。あいつが何もない空間に消えていくところを」
「何もない空間……もしかして、それ、虹色の縁がある穴でしたか?」
ルクレールは頷く。
「だとしたら、それは俺の師匠も使っていた魔法です。そうか……あの教祖とまだ繋がってる可能性もあるけど……」
「教祖?」
今度は、ルクレールが質問する番だった。なんだその物騒な単語は。
「『魔女の信徒』という地下組織で、薔薇の魔女を復活させようと目論む集団です。新聞には教祖が死刑になったと書いてありましたが、あれも、公爵の仕業です。あと、王都通信社の事件も」
「暗躍しすぎだろあいつ……」
ルクレールは顔を覆った。とんだやんちゃ坊主に育ったものである。
「それにしても、俺の知ってる公爵は、そういう不思議な力……魔法を使えないからこそ、その教祖に頼っていた認識なんですけど……たぶん違うんでしょうね。何かを隠す必要があったから、魔法が使えないフリをした」
「そういえば、自分はもう一つの王族とか言ってたな。よくわからんが。たぶん、隠すのはそれなんじゃないか?」
「出自が不明なのは、弱味でもあるわけですね」
二人して考えるが、公爵が何をしようとしているのか、それ以上はわからなかった。
「“あの子”に会いたいっていうのは、わかるんだけどなぁ」
「ああ、それ、俺も聞きました。人の家族を殺しておいてよく言いますよね」
心底どうでもよさそうに、ジルトは言う。
「自分の大切な人だけ生き返らせたいって、虫が良すぎる話ですよ」
「待て、あいつは殺したけど生きてたって言ってたぞ。矛盾してる」
「生きてた……?」
ルクレールとジルトは、顔を見合わせた。なんだかわからなくなってきた。
「一旦、持ち帰ったらどうかしら?」
紅茶のおかわりを注ぐミラが、おっとりとした声で言う。
「一度に多くのことを考えようとすると、頭が沸騰しちゃうと思うの」
「まあ、たしかにそうだな。てことでまた後日来てもらっていいか、ジルト。関係ないけど女装似合ってんな」
「殴りますよ。そうですね、今日のところはこれでお暇します。紅茶、ご馳走様でした」
優雅にお辞儀をするジルト。やはり堂に入っている。
「まあでも、騙せたようで何よりです。昔取った杵柄というやつですね」
苦笑する彼は、やはり清楚の仮面を被って、孤児院から出て行った。
「昔取った、杵柄……」
なんだろう、趣味だったりしたのだろうか。ルクレールはぼうっとそれを見送り。
「……それにしても」
灰色の髪にばかり気を取られていたが、それがなくなると、ますますあの人に似てくるんだなと、ルクレールは思ったのであった。




