夢視る公爵
ある意味復讐の話ですね
眩いばかりの金の髪は、照明の下できらきらと輝いていた。
草色の瞳は慈愛の色が滲んでいて、“彼女”の変わらない善性が感じ取れた。
手を差し出せば、あの頃から成長した彼女はおずおずとガウナの手をとり。
そうして、幸せな時間はーー。
「まあ、お約束だよね」
ベッドで目を覚ましたガウナは、深い深いため息をついた。
ガウナは幼い頃から、魔女の呪詛を聞いて育った。呪わしい、呪わしい、呪わしい。
同時に、誰かに向けられる愛しているという言葉も、幾度となく、ガウナの内側で響いていた。
それは、寝ている時も、起きている時も、何をしている時でさえ聞こえてきた。
正直気が狂いそうだといえば、別にそうでもなかった。幼い頃からくらやみに閉じ込められていたガウナにとって、それは一人ではないという気持ちにさせてくれたからだ。
もう一つ。魔女の声を聞いていれば、なんだか暗闇から出ることができそうな気がした。ガウナは彼女を利用しようと思った。
くらやみに閉じ込められて、何年経ったのだろう。ある日を境にして、料理が格段に美味くなり、便所が流れるようになり、肌触りのいい衣服が届くようになった。
人の欲望は際限がない。衣・食・住が曲がりなりにも確保されれば、次は安全だ。
親切な人物が壊してくれた扉の鍵と、垂らしてくれた梯子。ガウナは闇に紛れそうな黒い服を選んで、それを着た。梯子を登って、“自分を知っている人達”を殺すことに決めた。
折しも今日は、たくさんの人々が集まっていた。
まずは、ガウナの脱走にいち早く気づいた人々。どこにいたのかわからないが駆けつけてきたその人々を、彼らから奪った剣で殺し、自分の代わりに暗闇に投げ入れた。
家族から引き離し、くらやみに閉じ込めた髭面の男。これも暗闇に投げ入れた。それから、ガウナを買おうとした高慢な女も。そして。この現場を見ていた会場の人全員。は、投げ入れるのは無理だったから放置。
ほとんどの人は、その場にあったナイフで事足りた。歯応えがありそうな人物には、彼から取り戻した、魔女の“加護”つきの小刀で応戦した。
特に、最後の最後、妻を庇って死んだ男は手強かった。
そうだ、それで、“彼女”に出会った。
愛着のある小刀を探している最中、死んだ男のそばに跪いて、背中のそれを抜き取ろうとしていた優しい女の子。“彼女”はまさに、ガウナの“良心”だった。
金色の髪に草色の瞳。履き慣れないかのような踵の高い靴で向かってきた“彼女”は、ガウナに愛おしさを覚えさせた。
火種を落とした瞬間、ガウナの中の呪詛と、愛の言葉は聞こえなくなっていた。きっと運命は変わっていなかったけれど、それはガウナにとって、運命以外の何かを手に入れた瞬間だった。
暗闇に閉じ込められていたガウナだが、どこかの魔女が中に入っているせいで、知識だけは無駄にあったし、生きていくだけの……つまり、邪魔者を排除するための魔法も簡単に会得できた。
幸いにして、ガウナは努力することを厭わなかった。最初のうちは気を失いそうになったりしたが、魔法を使い続けることにより、コツを掴んでいった。
初めに覚えたのは、ローズが得意としていた炎の魔法。これは、あの日に覚えた。
自分で落とした火種を広げて、王都にまで広がるようにした。と、いっても、今回施療院を襲った時に使ったような、全てを焼き尽くす魔法ではなく、あくまでも火の手が延びる魔法である。
当時のガウナにそんなに知識はなかったし、なにより誰が魔法を知っているかわからないので、迂闊に何もかもは燃やせない。ガウナには、魔女の知識や常識はあっても、自分をとりまく状況の知識はなかった。
ただ、王宮だけを燃やしたら怪しまれるので、全てひっくるめて燃やそうと思っただけである。
次に覚えたのが空間魔法。
これはおそらく、王宮の地下に閉じ込められていたことが原因だ。誰かが鍵を開けて、梯子を垂らしてくれなくては脱出できなかった。
たぶん無意識に覚えようとしたのだろう。これは便利だ。さきの王都通信社事件の時にも役に立ち、看守に気づかれることなくヘルマンに直接接触し、そして、鍵の工作をすることもできた。ガウナと“契約”を交わしている者も使用できるのも利点である。まあ、それは弱点でもあるのだが。
魔法を手に入れ、リルウを見出したガウナは、復興のどさくさに公爵になり、宰相になった。馬の骨と揶揄されたが、一応、王家の血が流れているのだけれど。
そんなことを言えるはずもなく、ガウナはその手腕で仮初の地位を確固たるものにして、成り上がっていった。
自己顕示欲が強い魔女の独り言を聞いていたから、それが反面教師になって、地位にしがみついて下手を打つ人々のようにはならなかった。
あの日から聞こえなくなった魔女の言葉。呪詛より何より、ガウナには、愛の言葉が耳に残った。
『何を犠牲にしてもいい。あの人に愛されたい。私だけを見て、私と一緒に死んでほしい』
くらやみで聞いていた時には何とも思わなかった言葉は、あの日を境に、ガウナに共感を呼んだ。
ーーやっぱり、僕も魔女と同じ血が流れているんだな。
ガウナは苦笑して、長い思索の末に冷めたコーヒーを飲んだ。
「正夢だったらいいのになあ」
死んだと思ったら生きていてくれた。それなら、現れないと思ったら現れてくれた、が叶ってもいいではないか。
そんなことを思う朝。机の上に広げられた新聞では、ダグラスの彼が操作した世論が踊っていた。




