代償
どうも予知は苦手だ。
執務室。ガウナはとある少年の未来を予知しようとして、壁に阻まれた。
ーーやっぱり、あの英雄信者君に頼るしかないのかなあ。
できれば頼りたくない。なぜなら、ダグラスの彼の脚本だと、復活した英雄とやらに自分は殺されるからである。“彼女”に会って自分の行いを見てもらうまでは、ガウナは死ぬわけにはいかなかった。
それでもガウナが彼に頼っているのは、ひとえに予知が苦手だからだ。
生き残っていくためには、世論を操作するほどのダグラスの予知能力は必要だし、それに、こちらには魔女信者のシンスもいる。シンスはシンスでうるさいが、彼らは犬猿の仲。なんとか二人で相殺してくれないだろうかとも思う。
適材適所という言葉もある。だが、自らの弱点は潰しておきたいというのがガウナの考えである。
ガウナが得意なのは“抜け穴”などの空間魔法と、ローズが得意としていた炎の魔法。それも使えば使うほど精度が上がっていったので、もしかしたら、予知をし続けることで精度が上がるのかもしれない。
まあそれには、人道にもとる行為をしなければならないわけだが。
「ヘルマン君の魂だけじゃ足りないからなぁ」
この前殺した少年のことを思い出す。彼の生命力はまあまあ良かったが、やはり足りない。より多くの生命力……魔力を吸収しなければ。
そうとなれば、お手軽に殺せて、かつ社会にさほど影響しないところがいいだろう。さて、それはどこか。
「『魔女の信徒』? も良さそうだけど、僕の味方を殺すのはアレだし……第一、ユーフィットは火種だ。とすると……」
脳裏を過るのは、
「ああ、あそこが良いかな」
ガウナは仕事の手を一旦止めて、こんこんと壁をノックした……。
そうして、ルクレールはついに、地獄の釜の蓋を開けたのである。
穴を空けるだけの便所も、急ごしらえだが地下の水を引き、排泄物が流れていくようにした。
食べ物も、相変わらず投げ入れるだけだったが、暇を明かしたルクレールが丹精込めて作った料理を投げ入れた。
それから、衣服。適当に見繕ってきた衣服を投げ入れた。彼がそれを着ているのを見て、ルクレールは満足そうに頷いた。
気分は神様、というより、父親もしくは兄の気分だった。八ヶ月も彼の世話をしているのだ。他の同僚が姿を消していく中で、ルクレールだけが銀色の相手をしていたという自負もあった。
厳重な鍵付きの扉を隔てているので銀色からは見えないだろうが、ルクレールは週に一度、長い梯子を使って地下に降り、排泄物の処理をしていた。初めて降りた時には、悪臭に気絶しそうになった。血の臭いもそうだが、排泄物の臭いもまた強烈なものである。
ーーやっぱり、こんなの人の住む環境じゃねえ。
尊厳のない戦場にいたルクレールは、そう思った。同時に、銀色を閉じ込めている王国のために戦った自分への疑問も、芽生えてしまった。
たぶんこれだから、あの高潔な先輩は自分には無理だと言ったのである。では、俺は?
帳尻合わせではあるまいが、ルクレールはその時、善意を信じていた。
だから、その夜。
金属の音が、そっと地下に響いた。鍵を回して、解いて、壊して。
ルクレールは、ただ一つの満足をして、梯子を上がった。
壮大な音楽が聞こえてくる。今日はトウェル王の誕生日。地上と地下じゃえらい違いだ。
「じゃあな、幸せになれよ」
願わくば、銀色が太陽のもとで、失った時間を取り戻せるように。そう彼は願って。そして……。
月明かりの下。
石造建築の施療院が跡形もなくなっていた。
いかに柱や梁に木材を使っていたとしても、ここまで燃えるわけがないのに、それは、中にいたであろう人間ごと燃やし尽くした。
ルクレールは、まだ熱気の残るそこにふらふらと歩み寄っていき、どしゃりと膝をついた。
「これが、普通の炎であるわけがない……はは、ははは……」
ルクレールは、乾いた笑みを浮かべていた。膝をついたまま、背後を振り返る。
「お前か」
銀色は、彼は……あれは、藍色の瞳を細めて笑っていた。
「君は僕の恩人だ。ありがとう。お陰でまた“できること”が増えた」
「はは、ああ、そうか」
ルクレールは得心した。ルクレールが、あれを助けて後悔がなかったのは、自分に被害がなかったからだ。
王宮の、どうでもいい奴らが死んだから後悔がなかった。戦場帰りのささくれた心を持っていたルクレールならともかく、今の大切なものを抱えたルクレールは、どうしようもなく弱かった。
だから、はじめて、ルクレールは自分の善意を呪った。
考えてみれば、トウェル王は聡明だったし、あのガキ……ジルトの父も、会ったばかりのルクレールによくしてくれた。
振り返ってみるに……ミラの言う通り、死んでいい人間なんていなかったのだ。
「……お前、一体何なんだ?」
『あれは人間じゃない。化け物だよ』
いつしかの同僚の言葉が甦る。ルクレールは、答えなど期待していなかった。だが、彼は口を開いた。
「忌避されるべき存在。まあ、もう一つの王族ってところかな?」
「それで、その王族様は何がしたい?」
「彼女によれば、自分の存在を知らしめたいらしいよ。まったく自己顕示欲強めの人種には困ったものだね」
「ちげーよ。彼女とやらじゃない、お前だよ」
あれは、この前の笑みで笑った。
「“あの子”に会って、一緒に地獄に堕ちたい」
「お前絶対モテねーわ」
もちろん、社交界ではモテモテなのはわかっているが。
ルクレールは、くつくつと笑った。笑いながら、立ち上がる。
「それなら俺は、お前のしたいことを阻止するぜ。あのガキと一緒にな」
「ジルト君の味方になるってことかな。裏切りか、ひどいなあ」
「先に裏切ったのはお前だよボケ。首洗って待ってろ、俺の大切なモン全部犠牲にしてでも、お前のことを不幸にしてやる」
ああ、四年前の遺族たちも、きっとそう思ったのだろう。死んだ者に手向けるものが欲しい。それは、当然のことで。あの少年が、大火の真相を追い求めるのも、当然のことで。
そんな当然のことを、ルクレールはわからなかったのだ。遺族だとわかってなお、わかろうとしなかった。かたくなに、あの日の自分の善意を信じようとした。
「お前に理解者作ってやろうとしたけど、やめだやめ。俺はお前に復讐するぞ。覚悟はいいな?」
「いいけど、刃を向けたら向けられることも覚悟できているんだね?」
「ああ。元軍人舐めんな」
「……人生の楽しみが、また増えた」
心底嬉しそうに、あれは笑った。
「障害が大きいと心が折れそうになるけど、平坦な道を歩くのもつまらないからね」
どういう意味だ。
そう聞こうとしたが、あれは、ぱちんと指を鳴らして。
何もない空間に、穴が空く。ルクレールは、目を擦った。
「それじゃ、ジルト君によろしく」
あれは体を穴に滑り込ませて、そして消えた。
「いや、ちょっと待て……」
石造建築を跡形もなく消した炎。そして、先ほど見た現象。
「本当に、お前、何なんだよ……?」
その呟きは、夜空に溶けて。
空を仰ごうとして、やめた。そんな感傷など、彼は持ち合わせていないのだ。




