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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
願いの代償
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話せないこと、話せること、話せないこと

彼は王宮の地下のくらやみに住んでいた。いや、閉じ込められていた。

ルクレールが先輩から託されたのは、彼の監視。そして。


「ほーら、飯だぞーっと」


蓋を開けて、そこから食べ物を落とす。良く眠る彼は、ルクレールが落とした食べ物に向かってのろのろと歩き、その場で咀嚼しているようだった。


「よく食えるよなあ」


ルクレールは呟いた。


ここからでは臭いがわからないが、下は彼の糞尿の臭いで充満していることだろう。もちろん、彼も穴を掘って対処しているが、味なんてわかったもんじゃない。


人の尊厳なんて置き忘れてきたかのような光景だが、ルクレールは珍しいものを見ている以外の感想は持てなかった。


なぜなら彼もまた、ついこの間まで、尊厳が踏みにじられる場所にいたからである。











孤児院への道を歩きながら、ルクレールはジルトに言った。


「……俺は、戦場にいたんだ。そこには、この世の全てがあった。もちろん悪い意味でな」


淡々と語り始める。ルクレールは速度を緩めることなく歩く。 


「トウェル王の前の代の話だ。戦場に志願すれば金が貰えたんだよ。俺んちは子爵っつっても貧乏だったから、その恩恵目当てで、お荷物の俺が売られたってわけ……たしかそれは十八年前だったな。まあそこはどうでもいいか……」


本当にどうでもよさそうにルクレールは言った。


「そんで、三年間をなんとか乗り切った。実家の奴らは俺の給金をせしめてウハウハだったよ。俺もまあ戦場より悪いとこはないだろと思って、実家暮らししてたわけだ。それを助けてくれたのが、先輩だった」

「先輩?」

「そう。戦場で知り合った先輩でな、これがまあ、地位が低くてプライドのクソ高えお貴族様だけど、あの戦場であって品位を忘れなかった見上げた人だ。俺も、施療院の奴らも、あの人を見て正気を保ってたんだろうな」


不思議な人だったよ。ルクレールは優しい声でつぶやいた。


「その先輩が、『お前はいつまでそこで甘んじてるんだ』と言って、王宮勤めの仕事を紹介してくれた。そんで、先輩の部下になって、俺はそれなりに役立つ仕事をしていた。めでたしめでたし。


で、終わったらいいんだけどな?」


孤児院に着く。ルクレールは、木造の孤児院の外壁に手で触れて言った。


「俺が慈善事業をしてるのは、あの日の俺が正しいと証明したいからだ。人を救うということが、間違っていなかったってな」

「大義の話ですか?」


街中に出てきた時の話。彼は誰かを救ったことを後悔してはいないが、きっと、思うところがあるのだ。ルクレールは振り返って頷き、ジルトの肩越しに誰かを見て言う。


「さて、そこの従者くん。ここまでは許容範囲内かな?」


言うまでもない。公爵の従者は素直に姿を現した。ルクレールはジルトに目を遣りながら言う。


「知りたいと願うガキに、俺の過去含めて話してみたけど、どうよ? 俺はこの先を話していいか?」

「私はジルト様に知って欲しいですが、ガウナ様は違います。よって……」


ジルトでもわかる殺気。ルクレールは肩をすくめた。


「わーったよ。てことだ、坊主……ジルト。俺が教えられるのはここまで。ごめんな」

「いえ、ありがとうございます」


ジルトは丁寧に頭を下げた。死にたくないと言う男は、そのギリギリのラインを見極めて、ジルトに真実の一端を話してくれた。

……人の死を背負う覚悟のないジルトを気遣ってくれた。


「じゃ、二人であったけえココアでも飲んでけや。ミラさんの淹れたココアは美味しいからよ」

「ルクレールさん、ミラさんの淹れた物だったらなんでも美味しいって言うでしょ」

「んだとコラクソガキ。そうだよ。ほら、従者さんも入れ。尾行ってのも疲れるだろ」

「しかし……」

「俺がうっかり喋るかもしれんだろ。だから、入れ」


クライスの肩に腕を回し、ズルズル引きずっていく。ジルトは苦笑いしながら、後に続いた。



  








くらやみで、彼を“死なせない”生活をして、ひと月が経った。


「お、食ってる食ってる」


最初は彼のことをなんとも思っていなかったルクレールは、彼に少しだけ愛着を持ち始めていた。まるで、ペットにでも向けるような愛着。


“餌”を落としたら寄ってくる可愛いペットは、今日ものろのろと、ふらふらと歩いていた。


正直、あの戦場でも折れなかった高潔な先輩が、“私にはもう無理”と言ったのがわからなかった。毎日“餌”を落として、死んでないか見守る。楽な仕事だし、戦場よりよっぽどいい。


そう思っていた。






ふた月が経った。


ルクレールは彼のことを銀色と呼んでいた。髪が銀だからだ。同じく彼を見守る同僚からは安直な名前だのなんだの言われたが、猫だって犬だって、毛の色を名前にするだろうと言ったら、変な顔をされた。


『お前、あれのことをペットだと思っているのか?』

『いや、人間だろ。そんなことわかってるよ』

『違う。あれは人間じゃない。化け物だよ。だから、閉じ込められてるんだ』


うまくわからなかった。というより、詳しく聞こうとしたら避けられた。


ルクレールはそれから、毎日毎日、銀色に食べ物を落とし続けた。

 





半年が経った。


前に先輩のコネで建築関係の部署にいたルクレールは、思い立った。


「そろそろ、まともな便所作ってやんねえとなあ」


最近、穴の底にいる彼と目が合う気がしてきた。気のせいかもしれないが、単調な生活で、それは喜ぶべき変化だった。


「銀色も、きっと喜ぶだろ」


その時のルクレールは、浮かれていた。


戦場帰りだからこそ、彼はなによりも、善意を尊く思っていたのである。


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