誰かを救うという大義
ルクレールおじさんのよもやま話
『と、まあ、“神様”と契約した俺は、未完成ながらも予知できるようになったってわけ』
ルクレールにすげなく断られ、そしてファニタたちにほぼ全てを明かした、翌日。
ハルバが教えてくれた場所を目指して、ジルトは歩いていた。
『アッカディヤの魔術儀式』を阻止してから、ハルバには未来が視えるようになったらしい。
もっとも、学園のテストの答えなど、そういう都合のいいことは視えず、“誰が何をしているか”程度のこと。もとい、“誰がどこにいるか”程度のことらしい。
『あんまり視力が良くないって感じだな』と、ハルバは説明してくれた。
ジルトはその説明に、首を傾げた。
『俺を陥落させてるって言ってたけど』
『願望だよそれは。親友がどうするかを決めるのはお前自身だからな。俺が決定権を持つことじゃない。まあある意味……』
その時、ハルバはちらりとファニタを見ていた。
『お前が話してくれるのは、わかっていたけどな』
『どういう意味だよ?』
『逆だったら絶対そうだからだよ』
意味深長にそう言っていたハルバは、苦笑していた。
『善は急げって言うだろ。まだヘッジ子爵は王都にいるよ。お前の思いをぶつけてこい』
ジルトは、石造のどっしりとした建物を見上げた。
そこは、王都にある戦傷者専用の施療院。
隣国である帝国とは事実上休戦状態だが、緩衝地帯とは名ばかりの激戦地で、両国は静かな戦いを繰り広げている。
その戦いで傷を負った兵士たちが、傷を癒す目的で送られてくるのがこの施設だ。
「ここに、子爵が……」
そう呟いた時。
目の前の扉が開いて、ルクレールが出てきた。後ろを振り向きつつ、がなり立てる。
「くそが! 久々に見舞いにきてやったらこうだ! もうお前たちのところには行ってやんねえからな!!」
「おう! もう来んな疫病神が! くっだらねえ慈善なんぞやってんじゃねえよ!! 故郷に帰って引きこもってろ!!」
「言われなくても引きこもってるわ!! ……あ?」
ようやくジルトに気付いたらしい。扉の中の人物と怒鳴りあっていたルクレールは、わかりやすく嫌な顔をした。
「また来たのかお前。俺のストーカーなのか? 王都のぼっちゃんはそんなに暇なのか?」
「昨日ぶりですね、子爵」
「あーあー、子爵とか言うなや。ルクレールでいいよ、むず痒い」
ルクレールは榛色の目を半眼にしていた。
「なんで俺のいるとこがわかった? というのは、野暮か。大方、この前のねーちゃんの手紙にでも書いてあったのかな」
「……そうかもしれないですね」
クライスがジルトを監視しているであろう状況で、ハルバのことを言うのは悪手だろう。ジルトはそれを肯定しておいた。
「昨日も言ったが、俺は死にたくないんだ。だから巻き込むな」
「……この王国には、暗闇があるんですよね」
「そ。お前が考えられない、計り知れない暗闇がな。だから、取り返しがつかなくなる前に帰れ」
「それはできないです。俺の“したいこと”には、その暗闇だって含まれるから」
理想の復讐を果たすために。ジルトは、全てを知る必要がある。だから、ここで退くわけにはいかない。
ジルトは両の足で、しっかりと地面に立ち、ルクレールを見据えた。
「貴方を巻き込んでしまうけど、俺は知りたい」
目の前。ため息が聞こえた。
「無謀には無謀だけど、悪くない、か。お前なら、あるいは」
ルクレールは、そんなジルトの目を見て呟いた。そして、ジルトに近づき、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「お前ならできるかもしれん。小僧、お前、名前はなんていうんだ?」
ガシガシと髪をかき混ぜられながら、ジルトは答えた。
「ジルト。ジルト・バルフィンです」
「……え?」
途端、その手が止まる。ジルトは乱された髪を整えながら、前髪の隙間から彼を見ようとした。
「まさか、お前、その名前……灰色の髪……あの人の?」
ジルトは肯定も否定もしなかった。
「少し、歩こうか」
ルクレールはそう言って、ふらりと歩き出した。ジルトもそのあとをついていく。
「四年前、王都は火に包まれた」
施療院があるのは、北西の静かな区画だ。
そこには小さな教会がぽつんと建っていて、その周りを畑が取り囲んでいる。大火後に、無闇に開発と復興を進められた王都にしては、珍しい光景である。
「その炎は、無辜の人たちを焼いた。痛ましい事件だ」
教会の前を通る。門の中には、静かに祈る人々がいた。
「だが、この国のくらやみを焼いたのも、その炎だ」
ジルトはふと背後を振り返った。黒服の男がついてきていた。
「良いことと、悪いこと。二つの面があったということですか?」
「そう。少なくとも俺は、そう思っている」
その区画を抜ければ、喧騒が聞こえてきた。大通りに近い証拠だ。
「俺は、俺のしたことを後悔するつもりはない。だけどこう思ったりもする」
ルクレールの声色が低くなった。馬車が行き交う街中。一人の女性が、物乞いの少年が差し出す帽子に紙幣を入れていた。
「誰かを救うという大義は、人を容易な行動に駆り立てる」




