午前五時の来訪者
光のサイド…ですねたぶん。
ベッドに潜り込みながら、リルウは枕を抱きしめていた。
今日はお兄様とデートをしてしまった。
途中から不穏な雲行きで、言わなくていいことも言った気がするが、リルウは概ね幸せだった。
そう、概ね!
薄々勘づいてはいたが、やっぱりお兄様は、リルウと初めて出会った時のことを忘れている。
「忘れてください」とは言ってみたものの、やっぱり忘れて欲しくないのが人情というもの。そしてあわよくば結婚したいというのが人情というもの。
少し高望みなあわよくばだが、リルウはうんうんと頷いた。
頭の中の想像図では、お兄様とリルウがきゃっきゃうふふを繰り広げている。
リルウはだらしない笑みを浮かべて、あの時どさくさ紛れにしたことを思い出す。謝ったには謝ったけれど、役得には役得だった。
「今度は唇にしないと……」
柔らかいとかはなかったけれど、リルウにとっては何物にも代え難い感触だった。
「えへへへへ」
空想の中で幸せなリルウは、知るよしもない。
明日を知る男は、こう呟いた。
「おいたわしいな、あの子は。英雄と姫は、真の意味で結ばれなかったのに」
ジルトは半眼で、目の前の少女を見た。
「あの、ここ、男子寮なんですけど」
「知ってるけど?」
それが何か? みたいな目をして仁王立ちするファニタ。現在朝五時。学園の始業時間は八時。それなのに制服を着こなした彼女は、ハルバを従えるようにしてジルトの部屋の前に立っていた。
「ハルバがいるしいいでしょ」
「よくないね」
ばたん、と扉を閉めようとする、が。
「いたい、いたたたた」
「そりゃ痛いだろ」
すかさず靴を挟み込んでくるファニタ。
「おいハルバ、このバ……バカ? バカなのかこれは? わかんないけどこいつ連れて帰れ」
ジルトは、ファニタの後ろで突っ立っているハルバにそう言うが。
「それは無理ですねお客さん」
ハルバが揉み手をしながら悪どい笑みを浮かべる。こいつは本当に由緒ある公爵家の次男坊なのだろうか。あまりにも下卑た演技が上手すぎる。
「ちょっくら話してもらいたいことがありましてねえ。おら、話せオラ!?」
「お前は一体何キャラを目指してるんだ」
キャラがブレてきたハルバは実に楽しそうである。
「ウチに取り立てに来た人を真似してみたけど、革靴で良かった……」
安堵するファニタは、なにか全然よくない言葉を呟いているが、とにかくジルトが言いたいことはただ一つ。
「か、え、れ!!」
ルクレールさん、ごめん。帰れと言う人の気持ちがわかったわ。
そんなジルトの渾身の叫びに、ファニタはしーっと人差し指を唇に当て、「みんな寝てるから」と小声で言う。なにかイラつくのは気のせいだろうか。
それから不敵な笑みを浮かべて、彼女は言った。
「帰らないわよ。洗いざらい話してもらうまで」
「しつこいぞこら。俺の問題なんだから、俺が解決するし、お前らが関わることは……」
「ねえ、ジルト」
にっこり。凄みのある笑みで、ファニタは言う。
「無駄死にって知ってる?」
「……何が言いたい?」
「一人でできることには限度があるって、知っておいた方がいいわよ」
ドヤ顔で言ったファニタには悪いが。それは、王都通信社事件での思考で通った道である。
「そんなのわかってるよ。でも、これは、俺だけのことだから」
そんなことを言えば、ファニタはますます笑う。まるで、我が意を得たり、というように。そして、わざとらしく言ったのだ。
「あーあー、本当は私も、父様のあんちくしょうのことは私だけのことにしておきたかったなー。誰かさんが関わってきたからなあー。私だけのこ、と、に!」
「関わらなきゃ死ぬ気満々だったろうが! それとこれとは案件が」
「と、まあ深い話になりそうなので、そろそろ部屋に入れてくれると助かるな。まあ気構えるなジルト君。俺らはもうお前を陥落させているからな」
不思議な言い回しをするハルバに、ジルトは嫌な予感がしつつドアを開ける。
これ以上騒げば寮の管理人さんがすっ飛んできそうだからだ。男子寮に女子がいる。あらぬことを疑われそうだ。
「いや、ちょっと待て、どうして管理人さんが気づかな……」
「まあまあ、とっとと入れやオラ」
げしっ、と背中を蹴られて、ジルトは安心できる自分の部屋で、まったく安心できない二人と向かい合った……。




