目的
大皿に盛られたクッキーの山。そこから一枚取り、セブンスは言う。
「お前が同族に勝つ手段はこれ。陣取り合戦だ」
「陣……?」
クッキーですが。
ソフィアはそう言いたいのを我慢して、首を傾げる。セブンスはそんなソフィアになどお構いなしに、クッキーを一枚、また一枚と取って、自分の皿に入れていく。
「そ。より多くの事象の決定権を予知で掴む。それがお前たちの魔術なんだ。一つの目的には小目的が存在する。その小目的……事象の決定権を確実にこちらの物にし、大目的へとつなげる」
「ステップを踏んでいくわけですか?」
「そうそう。お前の同族が世論を操作したのはこの方法だな。最終的に、お前たち王都通信社を狂言殺人だと世間に認定させるってこと……殺気を出すな。良いことだけど」
もぐもぐとクッキーを食べながら言うセブンス。
「まあ今回は同族に負けたお前だけど、光るものはあったぞ。例えば現場の血液。例えば牢屋の鍵。知り合いの奴に送らせた新聞では、苦しい説明がされてたな」
「……?」
「陣取り合戦だって言っただろ。そこの部分はお前の勝ちってことだよ。本来の筋書きは、殺されたと思われたお前らが、ヘルマンを殺したってことにしたかったんだろうよ。だけど、そうならなかった。お前の予知が上回ったからだ。あと、ジルトを呼んだのは正解だし不正解」
一つ、指を立てる。
「正解だったのは、あのダグラス君が手加減をしなければならない相手という点。思いっきり殴れなかったんだろうな。ヘルマン君から聞いてわかったよ。“ああ、意外と早いな”。ジルトが目覚める未来が見えたんだろうな」
「へ、ヘルマンって、あの……」
続いて二つ目の指。
「不正解なのは、ジルト自身のこと。あいつは血なんて散々見たんだから、お前らの演技にゃ騙されるはずなかったってことだな。そこの見通しは甘い。それ以上予知していなかったな、お前」
ソフィアはうっ、と声を上げる。
「だって、私が視れるのはせいぜい半日ぐらいまでなんですよう。あの不正は一週間全部見てたんでしょうけどぉ」
ソフィアの言葉に、セブンスは「アホ」と手刀を喰らわす。
「痛くない……」
「俺の優しさだよ。陣取り合戦だって言ったろ。お前という障害がいなかったから、奴は悠々と予知できたんだよ。一週間予知できたら血液や牢屋の鍵をもっとスマートに持ってくわ」
「じゃあ、私が、予知を続けていれば……?」
「奴に一泡吹かせてやれた。ジルトが来てからの、ほんの少し先の未来を視るだけで、お前は奴の予知に穴を空けることができた。その場合、ジルトを騙す必要性が生じるわけだが?」
さくさくクッキーを齧る幼女。足を組んで、椅子の背もたれに腕を垂らす。なかなかに横柄な格好だ。
「そんで、ヘルマン君のことだが」
「彼は、どうなったんですか?」
「それは知らね。俺の予知外だから。だけどまあ、十中八九、助かることはないだろうな」
どうでもよさそうに言って、セブンスは紅茶を美味そうに飲んだ。
ソフィアはそっと、目を光らせた。そこにはただ、暗闇が横たわっていた。何分後を見ても、何時間後を見ても。
「だけど、ヘルマン君は良い働きをしてくれたよ。おかげでお前を救い出すことができた」
にっこり笑う。紅茶が美味かったのか、それとも思い通りに動いたという笑みなのか、ソフィアには判じかねた。
「前に、“魔法”は微調整できないって言ったよな。俺が掴めた事象は“お前の生存”のみ。それ以外はどんなに穴ぼこが空いてようと、お前の生存は決定されていた」
「大目的だけを掴み取るというわけですか?」
「理解が早いな。そう、積み重ね型のお前ら魔術と違って、魔法は結果だけを摘み取る。お前を救う予知だけをな。だから、その過程の手紙とか知らんわバッキャロー!!」
「いだいっ」
今度は勢いよく手刀が頭の上に落ちる。痛い。セブンスはお冠であった。
「だから、俺は山に行ってお前を回収するだけ。ヘルマン君にちょちょいと良心と公爵への復讐心を植え付けて、お前を殺させないようにするだけだったってこと」
「うわあ」
「あの伯爵に恩があるみたいだったからな、そこも利用させてもらったわ」
「う、うわあ」
人の人生をなんだと思っているんだ。
「ていうか、お前もヘルマン君相手に真実を教えただろうが。俺はそのえげつないバージョンだっただけで」
「そ、それで、なんで私を助けたんです?」
「誤魔化すなよ。そういうところが、貴重な人材だったからだ。鍛えれば公爵を殺せる逸材。こりゃ、確保しとかないとな」
「えへへへへ」
「お前、けっこうちょろいよなぁ」
まあそれの自覚はある。ソフィアはダグラスの中でも落ちこぼれだったから、褒められることに慣れてないのだ。褒めてくれたのは、社長くらい。あと、無理やり褒めてくれた人がいるけど、その人のことはソフィアはあんまり好きじゃない。
「うぇ、ひっぐ、社長ぉぉ」
「情緒不安定かお前。とにかく、これからお前に予知魔術の使い方教えてくから、俺の足りないところを補ってくれよな」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
ソフィアの元気な返事に、セブンスは満足そうに頷いて……。
ーーよし、これで小目的は達成したな。
冷酷に考える。
セブンスは、とある大目的のために、小目的を積み上げていた。
別に魔術が使えないわけではない。魔法の方が合ってるだけだ。
セブンスは“魔法”の予知でソフィアを助け、“魔術”の予知で成す小目的を達成させようとしていた。
これは、大掛かりな魔術だ。
あの少年の運命をひっくり返すためならば、セブンスは誰の犠牲も厭わない。穴ぼこの魔法なんて使わない。確実な魔術を使う。
暗殺者の少年が死のうと、新聞社の社長が死のうと、そして、復讐の汚泥に突き落とした彼女が死のうと。全ては必要な犠牲。
死なせる覚悟をもって、セブンスはこの道を歩んでいる。




