死なせる覚悟
まさか、ここで本人に会えるとは。
その本人は、リルウからの拳を見舞われうずくまっているが。
「り、リーちゃん、謝ろうぜ? あの、大丈夫ですか?」
ジルトが声をかけると、ルクレールはすくっと立ち上がってジルトの方に凄んできた。
「はーっ、大丈夫に見えるか、ああん? 最近のガキはどうなってんのかな、なあお兄ちゃんよお?」
「大丈夫そうじゃない。貴方、もう演技はやめたのね、ルクレール」
「植樹祭以来ですね。やっぱりバレてました?」
なぜだか親しげに話す二人。
「知り合いだったんですか?」
「四年前まで宮仕してたからな。ちょこっと話すことはあったさ。懐かしいな、四年前はこんなにアグレッシブじゃなかったのに……げふっ」
また、リルウの拳が突き刺さった。ルクレールはふらふらしながらも奥を指さす。
「まあ、こんなところで立ち話もなんだしな。上がれよ。俺に聞きたいことがあるんだろ?」
通された先は、静かなダイニング。もちろん壁の向こうではワーワーキャーキャーと声がするが。今は食事時ではないので、ここが都合がいいらしい。
テーブルに肘をつき、手を組み合わせながら、ルクレールは切り出した。
「それで? お前らは俺に何を聞きにきた? あの亡くなった子のことか?」
「……ソフィアさん、ですか」
「そうそう。あの茶髪のねーちゃん。相当ヤバそうなこと調べてたんで、その結果は残等ってとこか、ぶへっ」
ルクレールの頭にお盆が直撃する。直撃させた主は、朗らかな笑みの女性だった。頭に三角巾をし、質素なエプロンをつけている。彼女はルクレールの頭をさすった。
「ごめんなさいね。けど、死んでいい人間なんて、この世に一人もいませんよ。ね、ルクレールさん?」
「へ、へい……」
ルクレールの頬は若干緩んでいる。なるほど。
「なんだその目は? あん?」
「あら、二回目を御所望ですか?」
「い、いや……」
ルクレールを黙らせた女性は、ジルトたちの目の前に紅茶を置いた。ジルトたちがお礼を言うと、二人の頭を撫で撫で。どうやら癖らしい。
「はじめまして、私はここの孤児院の院長をしている、ミラ・ウィトメールよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
美人ににっこりと微笑まれて、ジルトは若干ドギマギしながら答えた。リルウはといえば、ミラをぼうっと見ている。
「ていうかリーちゃん、どこを見てるんだ」
「いえ、別に……」
若干視線がどこかに注がれていた。リルウが自分の方に視線を落とし、ため息をついた。ミラがよしよしと頭を撫でている。沈んでいるので庇護欲をそそるらしい。
ジルトは、おそらく嫉妬しているルクレールの方を見て言った。
「俺は、ソフィアさんが遺した手紙を見てここに来たんです。貴方が四年前に何を見たのか、知りたくて」
「あのねーちゃんと一緒か。どんなに聞かれたって、俺は話すつもりはない。話すことがないからな。ほら、人って恐怖体験をしたりすると人格変わるって言うだろ? 俺の場合はそれが火事だったって話だな」
「さっきリーちゃんは演技はやめたって言ってましたよ」
ルクレールは面倒くさそうにため息を吐く。
「あーもうそうだよ。これが素だよ。火事で積み上げてきたモン全部なくなって、なんもかんもどうでもよくなったんだよ。で、猫被る必要なくなったってわけ」
「じゃあ、なんで、いきなり善意の行動をし始めたんですか?」
猫をかぶる必要がなくなったなら、慈善活動なんてしなくてもいいはずだ。
「徳を積んだらいいことあるかもしれんだろ? 人が人を助ける。なんの不自然がある?」
「突然そうなったことが不自然って、手紙には書いてありましたよ。あとは、そうだな」
ジルトは草色の瞳を眇めた。
「なんであの日、貴方はトウェル王の誕生会に出席しなかったんですか?」
あの日は、末端の貴族だって招待されていた。それなのに、彼は出席していなかった。
まるで、あの惨劇をわかっていたみたいに。
だが、ルクレールは不敵に笑った。
「出席してたよ。なんで俺が出席してないってわかる?」
「王宮は全焼していたんですよ。生き残りなんているわけないです」
「どうしてそう思う? 王都を焼き尽くしたとはいえ、ただの火事だぞ」
ぐ、とジルトは言葉に詰まった。現場にいたからだ、なんて言えるわけがない。言ったら、自分の正体だって探られてしまう。
「この件には首を突っ込まない方がいい。この王国には暗闇がある。人と国じゃ、国の方が勝つ。俺から言えるのはそれだけだ」
ぐい、と紅茶をあおり、ルクレールは勢いよくカップを置いた。
「俺は死にたくない。ヘタレ万歳だぜ。無言を貫いて生きてやる。だから、巻き込むな」
皮肉げに口の端を釣り上げる。
「お前がどこの誰か知らんがな、それでも首を突っ込もうと思うのは、お前が驕ってるからだ。お前が命知らずで、周囲なんて気にしてないからだ。なんにも見えてない奴に、語ることなんてないんだよ。だから、帰れ」
「……ルクレール」
「おお、怖い怖い。そんなに睨むなよお飾りのお嬢ちゃん。勝ち馬に乗っただけのお前に睨まれても怖くないけどな」
ぽん。
お盆がまたもルクレールの頭上に乗る。今度は、少し優しい音がした。ミラが優しく謝ってくれる。
「子供になんて話をしてるんですか。ごめんなさいね、ルクレールさん、本当に怖い経験をしたらしくて。はじめてここに来た時、すごく真っ青だったから」
「言うなって……とにかくそういうことだ。俺を死なせたくなけりゃ、今日は帰れ」
弾丸のように放たれた言葉に、ジルトは圧倒されていた。ここにきてはじめて、自分の復讐のために必要なものがわかった。
自分が死ぬ覚悟だけではない。人を、死なせる覚悟。
お前にはそれがあるのかーーそう、ルクレールは問うていた。




