大丈夫
ファニタは不安だった。
ジルトが暗い顔をし始めたのは、『アッカディヤの魔術儀式』での一件。公爵を殴った後、星空を見て呟いた言葉は聞こえなかったが、その時から、彼が何かを考える時間が増えた。
きっと、何か思い悩んでいることがあるんだろう。最近、なぜかふらりと姿を消すことが増えた。その後に帰ってきた彼は、きっと。
あの時の私と、ハルバと、同じ目をしていた。
そんな話を、なぜか帰ってきていたハルバにすると、ハルバも頷いてくれた。「家族を殺されたって言ってたけど、たぶん、なんか違うんだろうな」と言って、ファニタの案に賛成してくれた。おそらく彼もそのために帰ってきてたんだろう。それで、勘の鋭いレネも加わって、植樹祭へと行ったわけだが……。
道中は呆れながらも笑っていたジルトは、ルクレールが挨拶をした途端、ずっと彼のことを目で追っている。それが、ファニタの不安を掻き立てる。
気のせいかもしれない。だけど、ジルトの瞳が、濁りとは違う色になっている。入学式の日からずっと、ジルトを見てきたファニタにはそれがわかった。
だから、植樹祭が終わって、学園に帰ろうという時、ファニタは聞いてしまった。
「ねえジルト、大丈夫、よね?」
「何がだ?」
「えっと、リルウ陛下よ。公爵は、もう諦めたのよね」
「さあ、どうだか。またロクでもないこと考えてそうな顔だったぜ」
半眼で笑うジルト。
「まあでも、任せとけ。俺がなんとかしてや……」
「なんとかって、どうするの?」
声が低くなった。ファニタの瞳は、きっと揺らいでいる。
「伯爵の時もそう、ハルバだって、言ってたでしょ? なんとかって、安全な手段? 貴方の命を大切にする手段?」
「……とは、言えねえかも」
「だったら、私も混ぜてよ」
ファニタの言葉に、ジルトは首を振る。
「ダメだ。これは俺だけのモノなんだから……話は終わり。帰るぞ」
レネとハルバが近づいてくるのを見ながら、ファニタは不満ながらも頷いた。これ以上踏み込めば、きっと彼は姿を消してしまう。
「まあでも」
幾分か柔らかい声が聞こえた。
「俺がどうしてもダメになった時は頼むよ」
「……ダメになる前に言いなさいよ」
ファニタも少しだけ笑った。
「何なんですのこれ、私たち近づいていいんですの?」
「ムカつくから早く合流してやろうぜ」
二人がそんな会話をしていたことは、知る由もなかった。
本音を言えば、嬉しかった。
街中を歩きながら、ジルトは昨日のことを思い出した。自分を心配してくれるファニタの優しさが嬉しかった。そして、怖かった。
ファニタと接していると、ジルトは自分がわからなくなる。
ジルトに残されたものは復讐だけじゃない。セブンスは憎まれ口を叩きながらも優しさをくれたし、学園に入ってからも、ハルバやファニタという親友ができた。
だがあの日、確かにジルトの運命は決まってしまった。ガウナと対峙したあの日、ジルトは強烈な憎悪を抱き、目的のために生きてきた。
それを今更変えるなんて出来っこないが、ファニタを見ていると……小さな復讐を達成した彼女を見ていると、迷いが生じる。
それでもジルトは、今こうして歩いている。突き動かされるようにして、ソフィアが手紙で教えてくれた孤児院へと向かっている。
自分はただの一学生。なので、ルクレールのことを教えてくれるかはわからないが、教えてくれなかったら教えてくれなかったで良い……そうジルトが思い始めていた、その時。
「あら、すみません」
あまり人通りも多くないというのに、ジルトは誰かにぶつかった。と、いうより、誰かにぶつかられた。
キャスケットを被った少女がぺこりと頭を下げてくる。ジルトは固まった。
なぜなら、その少女には見覚えがあったからだ。
格好は普通の町娘。だが、溢れる気品は隠しようがなく。
ジルトは、“設定”の名前を呟いた。
「リーちゃん……!?」
「はい。貴方のリーちゃんです、お兄様」
紅い瞳を細めて、小さな女王は朗らかに笑った。
この話で一番の不憫はリーちゃんです




