善意の偏屈者
王立自然公園。
大通りの喧騒から少し外れた場所にあるそこは、英雄式典の会場にも負けないくらいの広さを誇る総合公園である。
季節ごとに咲く花や、一年を通して葉をつける木が植えられていて、遊戯に興じる場所が設けられてもいる。王都の住人の憩いの場であるといってもいいだろう。
その公園の中央。青々とした芝生が美しい場所で、植樹祭は粛々と行われようとしていた。
設られた舞台の上に立つエベック・クレア学園長は、無機質な薄青の瞳を全校生徒へと向けていた。
「この植樹祭は、元は国土の緑化を目的としていた。だが四年前から、その意味合いは違ってきている」
淡々とした語り口。学園の行事をことごとくサボってきたジルトが学園長を見るのは、去年の英雄式典以来だ。相変わらず若い。そして、相変わらず冷たい印象を抱かせる。
「緑化と言いながら、いずれ燃料へと育つ木々を植え続けたことで、四年前、ここは火の海になった。そこで火事の後に、耐火性の高い木を植えるようになり、延焼を防ぐようになったことは、諸君も存じているはずだ」
存じていなかった。ジルトは初めて聞く話に耳を傾ける。
「遠い将来の話になるが、今日植えられた木々は、王都の一般住宅に使われるようになる。四年前はすぐに燃え尽きた人々の命も、この木材を使うことで救われるかもしれない。
この植樹祭は、王都の再生計画の一環である。未来を担う諸君には、それを念頭においてほしい。以上」
一礼。割れんばかりの拍手が会場に響いた。ジルトも、そして隣に立つファニタも拍手していた。
「次に、この植樹祭に協賛していただいた方々を代表して、ルクレール・ヘッジ子爵の挨拶を賜ります」
司会がその名を口にした途端、ジルトは唾を呑んでいた。本当に、来た。
ずかずかと舞台に上がり込んできた壮年の男性は、スーツこそ着込んでいるものの、その容姿は野暮ったく、ややくせのあるくすんだ金髪を一纏めにしていた。
「ご紹介に預かりました、ルクレール・ヘッジです。本日は天気で良かったですね。うん、本当によかった。植樹祭日和というやつですかね」
お堅い学園長の挨拶とは違い、実にフランクな挨拶。原稿なんて知らないと言わんばかりの彼は、ぺらぺらとよく回る口で喋り続ける。
「まあ、肩肘張らず植樹祭を楽しんでください。っていっても、木を植えるだけ、それも木を植えるのを見るだけなんで、退屈かとも思いますが。まったく皆さんは良い時代に生まれたものです。ほら、たとえば動物のフンが地面に落ちてるとするでしょう。でも、それは冬ならば雪で覆い隠されてしまう。言うなれば皆さんが見てるのはこの国の雪上の世界です。すぐ下にはフンがあるのに、真っ白な世界しか見えないわけです。その真っ白な世界が退屈なんですね。私としてはそこも念頭においてほしいですね。以上」
「……ありがとうございました。次に、リルウ陛下の開催のお言葉をーー」
一瞬で厳粛な雰囲気をぶち壊したルクレールに、ジルトは頬をひきつらせていた。
ソフィアの遺した手紙に書いてあった、ガウナを引き摺り下ろすための鍵となる人物。それが、ルクレール・ヘッジ子爵である。
変わり者の皮肉屋と陰口を叩かれる彼は、その言動に反してボランティア精神に溢れている。今回の植樹祭もそうだが、孤児院や、傷病者を受け入れる施設に多額の寄付をしたりと、人のためになることを率先して行っている。
雪上の世界などと皮肉を言ってはいるが、彼もまた、学園長と同じように王都の平和を願っているのではないか……ジルトはなぜか、そんなことを思ってしまう。
ソフィアの調べによれば、彼はもともとは好青年であったが、四年前の火災より一変。転じて皮肉屋になり、同時に“善意の行動”をし始めた経歴を持つ。
彼は、四年前まで、宮仕をしていた。
だが、大火の後、彼は突然王国北西部の自分の領地へと帰り、王都に来るのは月に一度くらいとなった。四年前に何かを知った可能性が高いのではないか、とソフィアの手紙には書いてある。
ソフィアは前に一度、ルクレールに取材を試みたそうだが、彼はそれをのらりくらりとかわし、結局本当のことは教えてもらえなかった、とのことだった。
ソフィアの手紙には、彼がよく訪れる場所も書いてあった。今回で彼の容姿は覚えた。あとはどう接触するかだが……。
考え込むジルトは、隣のファニタの視線に気づかず、そして壇上のリルウの視線にも気づかない。
くすんだ金髪の彼を目で追い、そして、ぞくりとした。
舞台の端に立つ銀髪の公爵もまた、彼のことを見ていた。その藍色の瞳には、楽しそうな色が浮かんでいた。




