植樹祭前夜
悪役サイドに括られるリーちゃん。
リルウは、それはもう天にも昇る心地だった。
ガウナの側にダグラスの予知能力者が増えたことは、リルウにとって、とても都合が良かった。
世論を操作するほどの力? 人の行動を決定する力? いや、それも魅力的だが、なんといっても……
「それで、ダグラス家のナニガシさん! 本当にお兄様は植樹祭に参加されるのね!?」
公爵邸では、嬉しそうなリルウの声が響いていた。
身を乗り出して聞いてくるリルウに、ダグラス傍流だというナニガシさんは「そ、そうですね……」と若干引き気味である。ちなみになぜリルウが彼のことをナニガシさんと呼んでいるかといえば、単純に彼が名前を教えてくれないからだ。だから、ナニガシさんになった。
ナニガシさんの身元として思い当たる家はあるが、候補が多い。なにせダグラスは歴史が長いのだ。
今回の件で死んだというソフィア・アルネルトも、傍流の傍流であるアルネルト家の出身。傍観の一族ゆえに、血筋がリセットされないで、枝がどんどん伸びていく。それは、彼らの強かさを物語っている。
まあ、そんなことはリルウにはどうでもよく、このナニガシさんの予知を使えばジルトに会える、というところが重要なのである。
「事後報告だけじゃない、ホンモノのお兄様……えへへへへ」
リルウは頬を薔薇色に染めて、来たる植樹祭に胸を高鳴らせ。
そんな女王陛下を見ながら、彼は、ちょっとかわいそうなことをしたかな、と思った。
彼が視たのは、ジルトがダグラス本家の次男と、そして二人の女子生徒……片方はアドレナ元男爵の娘だ、と歩いて王立自然公園への道を歩いている光景だった。これはいささか、目の前の女王陛下の望まぬ光景だろう。
“お兄様”に見てもらう前提でドレスを選び始めたリルウを見ながら、彼は予知のことを詳しく言うべきか迷い、面白そうだから言わないでおくことにした。
それにしても、今日の夕方に会った時の表情とは違い、ジルトは楽しそうである。同じ歳ごろの少年少女に囲まれたジルトは、とても、あんな目をする少年には見えない。
だが、彼は確かに見たのだ。復讐心に駆られた、暗く澱んだ瞳を。
平静なように見えて、ジルトはうつろいやすい。強靭な精神を持っているわけではない。赦すような度量も持ち合わせていない。
負の面を持つ少年は、一度背中を押してやれば、きっと舞台の主演になってくれるだろう。それこそが彼の悲願、腑抜けた一族の本懐。
ーーだから、本家であろうと、それを邪魔する者は叩き潰すまで。
そう考えて、彼は嘲笑した。なぜかといえば、それはどこかの愚かな女と同じ思考だったから。
“巨人殺し”が移ったか。そうだ、落ち着こう、本家は舐めてかかると痛い目を見る……。
あの愚かな同族の予知を掌握した時とは違う。本家には、全身全霊をかけて挑ませてもらおう。
そう彼が心に決めた一方その頃。
「いやーお疲れさん、お前と別れるのは名残惜しいけど、とっとと帰れやこの毒舌従者」
シンスは満面の笑みでクライスと別れの挨拶をしていた。
一週間と少し、といったところか。この従者との生活は、シンスにとって苦役と言ってもよかった。
遊び心の一つもないかと思えば急に毒舌を吐いてきたり、公爵をディスれば殺気を飛ばしてきたり。シンスが魔術を修めてなければ死んでいた。本当に。というか、実際に攻撃してくるってどういうことだ。
だが! そんな生活とも今日でおさらば!
シンスはまた自由の身。『魔女の信徒』教祖は死刑になったし、実質壊滅…………だと世間には思われている。
それの弊害でくっついてきた王都通信社の一件も解決したし、もうそろそろ自分を褒めそやしてくれる金蔓たちを呼び戻してもいいのでは?
ガウナが宣言したあの時におらず、今も“お布施”を持って訪ねてくる人間を、みすみす見逃すことも、もうなくなるだろう。
まったく、胃が無事だったのが奇跡である。まずは、心の中で俺すごいと自分を讃えるシンス。それを見て、クライスは何を考えていたのか。
「ところで」
「あ?」
完璧に喧嘩腰のシンスに、クライスは少しだけ表情を変えて言った。
「貴方もやはり優しいですね」
「お前カマかけるのやめろ。そういうとこ、公爵にそっくりだぞ」
うんざりした顔で言うシンスは、さっさと行けとばかりに手で追い払う。
この真面目な武力百パーセントのバカはなんで公爵に仕えてるのかはわからないが、類は友を呼ぶ、朱に交われば赤くなる。前後はわからないが、たしかに公爵側の人間だとシンスは思った。
少しため息をつき、『魔女の信徒』の教祖様としてアドバイスしてやることにする。善意ではない。興味からだ。
「あのガキを公爵のお友達にしたいんだっけ? それならどんな手を使ってでも、公爵と同じところに引き摺り下ろすんだな。
思想がおんなじでなくても、等しい知識を持ってなくてもいい。惨めったらしいどん底で、同類なんだとわからせてやればいいだけなんだから」
「人の考えることとは思えません。やはり、貴方に相談して良かったです」
「お前はそうやって……まあいいや、俺は考えるだけだし? そうだな、それを本当に実行したら」
言葉を切り、シンスは黒曜石のような瞳に残忍な色を浮かべた。口の端を釣り上げ、魔女信者にとって、唾棄すべき敵の名前を口にする。
「英雄信仰の気狂い共と、同じ穴の狢になるな」




