魔法と魔術
予告的なことをしてみたくなる
同族の男が現れたことにより、ソフィアの計画は脆くも崩れ去った。
それなのに、ソフィアの口は、未練がましく、灰色の髪の少年に当初の計画通りの言葉を残した。
それが、どうなるのかはわからない。
「だからっ、これは意味深に死んだ私がジルト君に遺した、公爵を引き摺り下ろす鍵の数々、いだぁっ!?」
頭にもろに手刀を喰らい、ソフィアは涙目になった。
「な、何すんですかぁ!」
喰らったところをさすさす。ソフィアは顔を上げる。
手刀の主は、赤い髪の女の子。なんと驚きなことに、彼女の正体は、ソフィアなんかが足元にも及ばない稀代の魔術師、セブンス・レイク様。
一週間前に目を覚ましたソフィアに悲しい現実を突きつけ、復讐への道を示してくれた恩人である。
頭頂部で二つに結んだ真っ赤な髪を揺らして、セブンスはすごい剣幕でソフィアの肩を掴んで揺らした。
「お、ま、えぇ! そういうことはもっと早くに言えや! なんで一週間経ってから言うわけ!?」
「そ、そーいえば、明日、王国で植樹祭があるなーって思ったんですよ! あと、手紙についてはてっきり把握しているものだと……」
「俺の予知は所詮“魔法”なの! “魔術”じゃないから微調整できねーの!!」
「は? え?」
きょとんとするソフィアに、セブンスは自分の世界に入ってしまっていて、何も解説してくれない。髪をがしがしと掻き乱し、なんだか物騒な単語を呟き。
「……ちょっと王国行ってくる」
「買い物感覚で言わないでください!!」
ふらりと立ち上がったセブンスの腕を引っ掴むソフィア。帝国の人は賓客であるはずのセブンスを恐れてこの部屋に近寄らないので、ソフィアが止めるしかない。
「だいたい、貴方は帝国に与しながら、帝国の監視もしてるんでしょう? そんなにふらっと出かけてったら帝国が戦争始めちゃう!」
ソフィアは、セブンスが明かしてくれた彼(?)の立場を思い出す。ここに来た時、セブンスは
『公爵を殺すために、帝国から王国を守るために俺はここにいる』
とソフィアに言った。王国に完全に敵対しているのではない。帝国の、監視役でもあるのだと。
「うっせえ俺はセブンス様だぞ。ちょっとソマリエに出かけてジルト引っ掴んできて帰国くらいちょろいもんよ」
「そりゃ、“抜け穴”があれば簡単ですけどぉ、そんなことしたら、ジルト君に嫌われますよ?」
ぴしり。
ソフィアは、「あ、これ、効果抜群だな」と瞬時にわかった。目の前の俺様何様な魔術師様は、なんとも驚いた事に、弟子のことをなによりも溺愛している。あの数々の非道な伝説を打ち立ててきたとは思えない弟子バカっぷりだ。この一週間での成果はそれである。
ーーいける。
「師匠なんて嫌いだーって、泣かれちゃいますよ?」
「泣いてたのはお前だろうが」
突然の冷静な反撃に、ソフィアはダメージを負った。
「ぐっ……とにかく、巻き込まないっていうのが優しさなんでしょ? なら静観もアリなんじゃないんですか?」
「ダグラスが監視についてるのにか? いや、もうクライスが帰ってきてたり? そこらへん視えるか?」
「自分で視てくださいよぉ」
「細かいことは後で話すけど、これはお前の方が適任なんだよ。ほら、ちゃんと視ろ。そのために助けたんだから」
「もう、しょうがないですね」
ソフィアは口ではそう言いながらも、頼ってくれるセブンスに嬉しさが隠せなかった。黒瞳を光らせ、数歩先の未来を見る。そんなソフィアを、セブンスはなんとも言えない表情で見ていた。
「えーと、その、なんか、キモかったです」
しばらく無言だったソフィアは、虚無の表情で呟いた。
「今すぐぶち殺したい」
「え? お前何視たの?」
ソフィアと以下二名が帝国に亡命したと、真偽のわからない記事が出た後。
ジルトの外出禁止令はなぜか解かれ、ジルトは一応自由にはなった。
ジルトが一番最初に向かったのは、とある建物だった。
なんだか寂れたような印象を抱かせるそこは、『王都通信社』があった場所で、世間の軽蔑の対象となった場所である。
規制線が解かれたそこを、ジルトは見つめ。
「……いるんでしょう。警邏官さん」
ぽつりと呟いた。後ろを振り返りもせず、ただ現れた気配だけを悟り、ジルトは言う。
「なんで、俺だけ生かしたんですか」
「大切な目撃者ですから」
返事があった。ジルトは、ため息をついた。
「敬語なんですね……貴方は何者なんですか。なんで、わざわざ俺にヒントをくれたんですか」
「私の正体はまだ明かせません。貴方が公爵に挑まないために、命を落とさないために、行動しました。
今回の件でおわかりかと思いますが、王都は公爵の庭です。特に、司法の面においてはね」
それを聞いて、ジルトは笑った。
発端は、アゼラ伯爵の内乱罪即死刑。
そして、王都通信社襲撃事件での彼の立ち回り。
荒唐無稽な説でも民衆が信じたのは、それを裏付ける証拠が次々と出てきたからだ。丹念な根回しがあったから、嘘に肉付けをしていくことができた。
ジルトは、紙面から排除されていた。そして、外の世界からも。目撃者の身を守ること、なんてお題目があったが、実際は違う。ジルトは、この件に関わっていながら、関わることを許されなかったのだ。
「なんですか、現場にあった血は三人分の血だったって。頭、おかしいんじゃないですか」
「動物の血よりはましでしょう?」
担任教師との会話。それは、彼が応接室を出て行った後にされたものだ。
「これもヒントですか?」
「ええ。貴方を守るためのヒントです」
「殊勝な言い方するんですね。まるで俺の味方みたいだ」
「真実、貴方の味方です」
その言葉だけは、何か別の意思が宿っているようだった。
「人殺しが俺の味方か」
「彼も人殺しでした。多くを殺し、そして多くを守った」
「なるほど、その人と俺を重ね合わせてるわけだ」
沈黙。ジルトは振り返り、暗く澱んだ草色の瞳を、警邏官の彼に向けた。
「余計なお世話です。俺は、“俺のすべきこと”をするので。死んでもいいんです。問題は、いつ死ぬかなんですよ」
「出過ぎたことを言いました。すみません。ですが、貴方の監視の任を外される前に言っておきたいことがあったので、参上した次第なのです。聞いていただけますか?」
ジルトは頷いた。
次の瞬間、彼は、勢いよく頭を下げた。
「あの時は殴ってしまい申し訳ありませんでした!!」
「へ」
「やむを得ずだったのですが、もう少し方法がありました、軽率でした、いくらアレの計略に乗ったとはいえ、貴方の御身に傷をつけるなどと、あの烏以下、もはや死以外の償いの方法はありませんが、必ず死をもって償うので、もう少しだけ、私に時間をいただけませんでしょうか?」
「すごい腰低くなってる……」
ジルトはたじろぎながら、この日思い知った。
わけのわからない敬意ほど、恐ろしいものはないのだと。
そうして、舞台は移り。
思い出せないままの彼と、思い出してほしい小さな女の子は、再び出逢うことになる。
「それでも、私は、貴方の傍にいたいのです」




