彼女が視たもの
彼女の予知は完璧だった。
公爵がヘルマンに接触し、独房から脱獄させるところも視えたし、そのヘルマンが王都通信社に彼女たちを殺しに来るところも視えていた。
彼女は、ヘルマンに接触してフェイディオに三年前のことを想起させた。これは、彼女たちが公爵に殺されたことを印象付ける為。
公爵に唆されて王都通信社にやってきたヘルマンには、“誰も殺さずに、公爵を貶める方法”を提示した。暗殺者相手に殺すなというのは無謀であるが、ソフィア手持ちのカードを切ったら従ってくれた。
ゴート・アゼラの死の真相。そのカードは、ヘルマンによぉく効いた。“孤児院”から救い出してくれた伯爵には、大いに恩を感じていたようだ。
まったく、予知というのは便利なものだ。他者はともかく自分を守るためになら、こうも都合よく働いてくれる。
あとは、記事につられてのこのこやってきたジルトがここに来て、“彼女が殺される瞬間”を見るだけ。ジルトは予知の通りの時間に来て、彼女はヘルマンと茶番を演じた。
全ては予定調和だった。それなのに。
あの男。ジルトの後ろにいるあの男を見た途端に、彼女……ソフィアは理解した。
ーーあ、これ、私の予知じゃないやつだ。
今までソフィアにあった決定権が、覆された。
彼女が視たのは、自分の死。社長と共に殺される未来。
あれは、誰だ?
警邏官の格好をしているが、その雰囲気は異様だ。まるで、あの悍ましい公爵のような……。
ジルトが頭を殴られて倒れる。ソフィアの未来に存在しなかった男は、蔑むような視線をソフィアに、憐れむような視線をヘルマンに送った。
「殺しておけばよかったものを」
「え……」
ソフィアの髪がなびいた。何かが、横を、通り過ぎて、
呻き声。立ちあがろうとしていたマッジを引き倒して馬乗りになり、男は首に腕を回す。首元にナイフをあて……一気に引いた。ソフィアは、甲高い声で叫んでいた。
「いや、嫌あぁああああっ」
上がる血飛沫。用意していたニセモノではない、ホンモノの血飛沫。それが、ぼたぼたと床に飛び散り、惨劇を作っていく。
マッジの体がゴミのように打ち捨てられ、血の海に沈んで、沈んで……
「うるさい。次はお前の番だ、能無し」
死神が、近づいてくる。圧倒的な強者に、ソフィアはぼろぼろ涙を流し、後退る。
何も、視えない。いや違う、これは“終わり”だ。“巨人殺し”にとりつかれた、私の……。
ソフィアは自分の運命を呪った。結局、強者に踏み躙られる自分の運命を。強者に勝てると思っていた自分の愚かさを。
「……ごめんね」
巻き込んでしまった少年たちと、そして彼らに小さく呟き、諦める。
ーー私の好きな人、みーんなあっちに行っちゃったし、もう、いいや。
そう、死を受け入れるために脱力した時……
「ああ、意外と早いな」
ソフィアと違って何かが視えている男はそう呟いて、ヘルマンに目を向けた。ソフィアから目を逸らした。それなのに、ソフィアは、何もできなかった。
「君は、自分の命と人の命、どっちをとる?」
「……俺の命」
ヘルマンの答えに、男は満足そうに頷いた。
「それなら、そこの能無しを黙らせて、この死体と一緒に持っていきなさい。準備は出来ているから、ここを抜けた先で、その女を殺せ」
男がこんこんと壁を叩く。そこに現れたのは、虹色の枠が幻想的な、異空間の扉。
「……わかった」
ヘルマンの声が聞こえた。それが、ソフィアが覚えている記憶の最後。
目覚めた時、ソフィアは泣いた。わんわん泣いた。ここが、まだ生者の世界だとわかったからだ。
体を起こすと、節々が痛んだ。でも、それ以上に心が痛い。なんで、なんで私は生きてるの。
「ぐすっ、なんで、なんでぇ……」
「泣くんじゃねーよ」
横合いから、女の子の声が聞こえた。それでも、ソフィアは泣くことをやめられなかった。
「なんで、私だって、死にたかった、死にたかったよぉ……!」
ビーリフと社長。二人の許に行きたかった。無能の私を許してくれる人たちの許に。
「もう、やだぁ、なんで、なんでみんな死んじゃうの……? うわぁあああん!!」
「だから、お前は泣くなよ鬱陶しい」
「いだいっ……ひぐっ、痛い……」
社長と違って、本気の力を込めて鷲掴みされる頭。小さな手のひらなのに力が強い。その手の主は、真っ赤な髪の女の子だった。
ソフィアが寝ていたベッドの端に座り、脚を組んでいる。彼女は、ソフィアのことを半眼で見た。
「せっかく助けてやったのに、礼の一つも言えんのかこのガキが」
「うぇえ……ガキにガキって言われたぁあ」
「いちいち泣くなって言ってんだろが。お前も落ちこぼれとはいえダグラスだろ? ダグラスは傍観の一族。自分だけ生き残るのは目に見えてたろうが」
ダグラスのことを知っている女の子。頭を解放されたソフィアは、ぐしぐしと袖で涙を拭いて、改めて女の子を見た。
綺麗な女の子だ。燃えるような赤い髪に赤い瞳。歳の頃は十歳くらい? でも、なんだかやさぐれて、粗暴な雰囲気が漂っている。今も、せっかく綺麗な髪の毛を、がしがしと雑に掻いては乱している……。
「はー、予知を覆して、血の繋がってない奴を助けるのにどんだけ労力がいるか。俺様じゃなきゃできなかったぜ。俺偉い!」
自画自賛する女の子。ソフィアは唖然とする。
「予知を、覆すって……」
「そうだ。あの化け物の予知を覆してやった。まあ流石の俺でも三人は無理だったわ。お前一人が限界。疲れた〜」
ばたんとベッドに倒れ伏す女の子。そういえば、ここはどこなんだろう。ソフィアが寝ていたのは、なんだか高級そうなベッド。見回せばそこは、あまり見たことがない装飾がところどころに見える、広い部屋だった。
「あの、ここ、どーー」
「それで、ソフィア・アルネルト。お前はどうしたい? 死にたい、はナシだぞ。俺は、それを言う奴を生かすのが好きなんだ」
遮るようにぶつけられる疑問。質問をする権利さえ、ソフィアにはなかった。
ソフィアは、ぎゅうと胸のあたりを握りしめた。
一音一音、噛み締めるように紡いでいく。
「ーーまず、社長のお墓を作って」
「うん」
「それで、」
「うん」
「ーー公爵と同族を、殺したい……!」
「よくできました。そうこなくっちゃな」
赤髪の女の子は、ソフィアの頭に手を伸ばし、今度は優しく撫でた。
「俺の元にいれば、お前は強くなれる。ハメるだけじゃねえ、殺せる力を手に入れられる。歓迎するよ」
赤髪の女の子は、ベッドに乗り上げ、窓のカーテンを一気に引いた。
強い日の光と共に入ってきたのは、やはり、王国の建築様式ではない建物が並ぶ風景。そして、
「太陽を喰らう獅子……」
ソフィアは、尖塔に棚引く旗を見て呟いた。
ぴょん、とかわいらしくベッドから降りた赤髪の少女は、容姿に似合わず不敵に微笑んだ。
「ようこそ、厄災を滅ぼす最後の砦ーー帝国へ。これからよろしくな?」
差し伸べられた手を取って、ソフィアもまた、泣き笑い。
やっとわかった。この人は。姿は違えど、その色は。
「ええ。よろしくお願いします。偉大なる魔術師、セブンス・レイク様」
これが彼女のリスタート。
師匠は基本性格が悪いです。




