死の価値
ニート生活の終焉
シンスは、相変わらず人がいない『魔女の信徒』本部で、本日の朝刊を読んでいた。
同じ報道機関の悲劇は、彼らにとってとても堪えたらしい。どの新聞も、一面トップで王都通信社の襲撃事件を取り上げていた。
王都通信社社長、マッジ・ホープ。
その社員である、ソフィア・アルネルト。
現場には血の海が作られていたが、二人の遺体は消えていた。しかし、おぞましいほどの血の量から、生きている確率は低いと見られている。
「ざまーみろってんだ、俺らのことをさんざんぶっ叩きやがって」
言ってはみたものの、シンスは釈然としない。この事件は気持ち悪い。魔術師としての勘がシンスに囁いた。
「公爵もぶっ叩かれてたからなあ、ついにプッチンとか?」
いや、それにしては、やり方がお粗末すぎる。これではまるで、伯爵と公爵のつながりを肯定するかのようではないか。そんなこと、あの腹黒がするか?
シンスはううんと唸った。唸りながら、目玉焼きとベーコンの乗ったトーストをかじる。クッソうめえ。半熟の黄身がとろりと垂れそうになるのが難点だが、やはりこの組み合わせは王道だ。
ついでにマグカップに並々と注いだコーヒーをがぶ飲みする。教祖なんぞやっていたらできないことである。
「あー、働かねえってサイコーだなぁ……」
しみじみと呟く。今思えば、自分は教祖として働きすぎたのでは? と考え始める。
「そうだ、俺は、働きすぎたんだ……」
まったく、教祖というのも大変である。金の使い込みがバレないために質素な暮らしをしているフリをしたり、ちょろっと使える魔術を使って奇跡とか言ってみたり、ありがたい言葉を徹夜で考えて何枚もの原稿を書いたり。
思えばシンスに、“休む”という概念はなかった。そうだ、これはきっと、神がシンスに与えたもうた休日に違いない!!
「やったああああ!! 俺は休みを謳歌するぞおおおおお」
「……」
「お」
両手を挙げて目一杯自由を表現したシンスは、そのままの姿勢で固まった。
「え? なんでいるの?」
「私にもわかりません」
無言でシンスの部屋に入ってきていた公爵の従者は、なぜか戸惑い気味だった。
「“サボりのプロに息抜きの仕方を教えてもらって来なさい”と、ガウナ様がおっしゃられたので、参りました」
「え」
「と、いうことで、数日間お世話になります。よろしくお願いします」
頭を下げるクライスに、シンスは無言で上にあげていた両手を下ろし。
「あんのクソ公爵ぁああああ!!」
ガウナは携行食をもそもそと食べながら、シンスの元へと送り出した従者を思う。彼はうまくやっているだろうか。
クライスの心変わりを怪しく思ったガウナは、クライスに少し休むよう申しつけた。最近酷使しすぎたし、良い機会だと思ったのだが、彼はどこまでもワーカホリックだった。
昨日の朝、早速学園の方へ行こうとしたので、公爵邸で書類仕事をさせてしまった。ガウナはそれを見届けた後、クライスが学園の方へ行かないか見張りをつけて出かけた。なんだか疲れた。
そこで、思いついたのがあの男への押しつ、派遣である。ガウナが薔薇の魔女の生まれ変わりであることを晒した時の、あの俗っぽい反応。さぞやクライスを堕落へと導いてくれるだろう。
自分の名案に頷くガウナ。あとは、目撃者に仕立て上げられてしまった少年が、どう動くかだが。
「どう動くか以前に勝手に巻き込まれているんだものなあ……まったく、運命に選ばれていない人間は」
口調とは裏腹に楽しそうにガウナは呟いた。
広げられた新聞には、“公爵の報復か”という言葉も踊っている。人の死に託けてなんとか叩こうとするやり方は、王都通信社の意思を継いでいる。
まあ、そんな有象無象の言葉など、ガウナには届かないわけだが、有象無象の行動力は、決して無視して良いものではない。
ガウナは所詮一人だ。だから、司法の世界に媚びを売り、擬態をしている。魔法を持たぬ人間は、その数こそが武器だ。凡人が集まったところでという言説は、遠い昔に否定されている。
「まあ、それ以外は上々かな」
とある書類を手に取り、ガウナは笑う。
「善意を裏切られた人間は、果たしてどう動くのか。それが君たちへの餞だ」
四年前、たくさんの人の死を以って、変革をもたらしたガウナは笑った。
三年前、一人の死を以って真実を暴いた王都通信社。
此度は如何様か?
……決まっている。
「君たちの死は、まったく無意味だ」




