優しさ
ラスボスと主人公は紙一重だと思います。
新聞社からの帰り道。
クライスは、ジルトに言葉を投げかける。
「いくら私でも、すぐには手を出しません」
「でも、公爵に言われたら出すんでしょ?」
ジルトの問いに、返ってきたのは沈黙。前を行くジルトはため息を吐く。
「姿の見えないあんたより、姿の見えるあんたの方が万倍マシですからね。突然出てきて、あの新聞記者さんを殺られたりしたら、たまったもんじゃないし」
そう。だから、ジルトはソフィアに最初に声をかけられた時に、クライスに姿を現させた。自分を監視するクライスが、公爵について探る新聞記者を“アウト”だと判断する恐れがあったからだ。
あの時なにがやばいかといえば、ソフィアの命がやばかったのだ。
「巻き込んでしまったことは謝ります。でも、結果的に良かったでしょ?」
振り返り、笑ってやる。
「公爵をこき下ろす新聞社が、どのくらいの情報を掴んでるかも、俺がどのくらい話すかも、見せてあげたし」
ソフィアに手渡された資料には、公爵の醜聞と思わしきタレコミがびっしりと書いてあった。一番力を入れて書かれていたのは、ロリコン疑惑だ。
「まあ、それしか明確に叩けるところがないんだけどね。ちなみに、世間ではリルウ陛下に似た金髪の幼女が好みだと思われてるけど、私のリサーチではジルト君。君みたいな目の色をした子を好むとわかったわ」
「へえ、そうなんですか」
その点に関しては、大して興味もなかった。どうせ、公爵の幼女趣味は、“彼女”とやらの隠れ蓑に過ぎないのだから。それよりも。
「公爵と伯爵の強い結びつきって?」
「それは、貴方が一番わかってるでしょう?」
ソフィアが資料をめくり、とあるページをジルトに見せる。そこには、ジルトが伯爵邸に乗り込んだ時のタレコミが載っていた。
「論文を燃やすと大声で叫んだ謎の少年。そのそばには公爵家の執事もいたっていうじゃない? それで、伯爵は泣く泣く貴方たちを屋敷の中に招き入れた。つまり、その論文はとっても大切なものってことよね?」
「まあ、そうなりますね」
ジルトの肯定に、ソフィアは気を良くしたらしい。「そこで!」と人差し指を立てて言う。
「その論文こそが、伯爵邸から押収された資料ってことにならないかしら!? 公爵と伯爵の黒いつながり……それは、論文にこそあった!!」
妙に勘のいいソフィアに、ジルトの肝は冷えた。合ってはいないが、限りなく正解に近い。
「なんでそう思うんです?」
「勘よ!」
堂々と言い放つソフィアに、隣の社長は苦笑い。
「こいつの勘はけっこう当たるんだよ。だから、坊主に話を聞きたいと思ってな。だけど、まさか公爵家の執事さんもついてくるとは」
「ソフィアさんから話を聞いてましたし、誤解を解くには彼も呼んだほうがいいと思って」
「誤解だと?」
「そう、誤解です」
ジルトは、クライスを見て笑う。
「公爵と伯爵はまったく無関係ですよ。クライスさんは、俺に“恩返し”をしてくれただけです」
恩着せがましく言ってみたが、楽観視することなく、クライスは冷静に言う。
「アルネルト様は、私のことをご存知のようでしたので、全て話してくれたのかはわかりません」
「ま、そうですね。でも、これで“殺さない”って選択肢はできたでしょ?」
くるりと向きを変え、ジルトは再び歩き出す。そんなジルトに、クライスはついていく。
「なぜ、あの場で全てを話さなかったのですか」
どうして責めるような口調なんだろう。ジルトは苦笑した。
「あんなちっぽけな新聞社じゃ、世間に相手にされないですよ。ガセネタばかりだし、もっと信用あるところにタレ込まなきゃ」
「つまり、小さな新聞社では力不足だと」
「そうそう」
「貴方は優しいですね」
「……」
ジルトは無言で足を早めた。不意に投げられた言葉が、心を揺らがせた。
優しい? そんなわけない。
ファニタを助けるためとはいえ、伯爵を死に追いやった。彼に諦念を覚えさせ、死刑を受け入れるまでにしたのは、たしかにあの敗北だった。
それなのに、ジルトは伯爵の死をも、復讐の火に焚べた。
ハルバにしたってそうだ。自分が死ねば良かったと思っているであろう彼に、火災の真相を言ったら、罪悪感も薄れるだろうに。
でも、言えなかった。巻き込むかもという心配もたしかにあった。
だが、本当は、復讐を邪魔されたくなかったのだ。
ジルトは、四年前のあの夜から、優しさなんて置いてきてしまった。復讐しかなかったなんて言い訳だ。セブンスはジルトに、復讐以外の道を与えてくれたから。それを選ぼうとしているのは、ジルト自身なのだから。
「買い被り過ぎですよ、俺は、ただ……」
ただ、何なんだろう。
ジルトは、やっと絞り出した自分の声が、震えるのがわかった。ソフィアの命を助けようと、クライスを呼んだことは優しい行為だ。
だが、真実を教えなかったことは? 本当に、巻き込むまいという優しさからか?
いや違う。
結局のところ、ジルトは、“自分だけ”の復讐をしたいだけなのだ。
「俺は、独り善がりなだけなんです」
ファニタに、一人でできることには限度があると言っておきながら。ジルトは、告解をするかのように。
「誰にも、邪魔されたくない。だから俺は優しいわけがないんです」
言い切った時、冷たい安堵が胸に広がった。
「そうですか、安心しました」
足を止める。振り返れば、クライスは相変わらず生真面目な表情をしていた。
「優しい人は彼に殺されてしまう。殺されない方法は、ただ一つ」
きっと貴方は、彼の理解者になれる。




