宣戦布告
腹パンの恨みは深い
ゴート・アゼラが死んだ。しかも、ジルトの知らない内に。
その事実をジルトに伝えてきた女性、ソフィア・アルネルトは、ジルトのことを重要参考人だと言っている。
つまり、どういうことか……やばいの一言である。
とりあえず、ジルトは勢いよく、手に持っていたクレープを食べて片付けた。美味かった。これで両手は空いたので、息を大きく吸って、両手をメガホンがわりにする。
「クライスさーん! 助けてくださーい!!」
「……え、ちょっ、どうしたの君!?」
突然大声で助けを求め始めたジルトに、一拍おいて驚くソフィア。
「あんたも当事者なんだから! 出てきてくださいよー!! じゃないとこの人に、あの夜のことを喋っちゃいますよー!?」
反応なし。だが、周囲は騒然としている。人で賑わう大通りなので当然だ。
「ついでに論文のこともしゃべっ」
「やめてください」
唐突に近くでかけられた冷静な声。ジルトはにやりと笑う。
「やーっと出てきてくれましたね。よし、じゃあ行きましょうか! 王都通信社!」
ソフィアのテンションは上がってしまったらしい。
『王都通信社』への道案内をしながら、クライスに質問責めである。
「え!? さっきどこから出てきたんですか? 貴方と彼はどういう関係なんですか? ていうか、論文って!?」
きゃっきゃとはしゃぐソフィアに、元々低いクライスのテンションは、目に見えて下がっていた。時折ジルトに恨みがましいというか、殺意の視線を向けてくる。正直怖いが、してやったりである。
見事ソフィアをクライスに押し付けたジルトは、さてこれからどうするかと頭を悩ませた。
……事態は、一人の死を以って、重くなってしまった。
アゼラ伯爵に全てを押し付けたのは、ガウナであると見ていいだろう。してやられたと、ジルトは内心舌打ちする。伯爵邸にクライスが着いてきたのは、ジルトの監視役と同時に、アゼラ伯爵が“使えるかどうか”の見極めでもあったのだ。
せっかく、ファニタがささやかな復讐を成し遂げたというのに。命を奪わないでいたのに。
ーーアイツを殺す理由が増えたな。
都合のいいことを考え、同時、ジルトは敵の大きさを知る。やはり、単に暴力に頼るだけでは、殺すどころか、喉元に刃すらつきつけられない。公爵という位から引き摺り下ろし、それこそ奸計をめぐらさなければ、あの男には勝てないのだ。
そのためには。
ジルトはいつのまにか着いていた、目の前の建物を見上げる。
小ぢんまりとした建物だ。入り口には小さく、本当に小さく『王都通信社』と看板がかけられている。
「一回襲撃に遭っちゃって社員が死んで、それから目立たないようにしたのよねー」
なんてことのないように言うソフィア。ジルトは口元を引き攣らせた。
「ちょっと待っててね。しゃちょー、重要参考人連れてきましたよー! 開けてくださーい!!」
扉を叩くソフィア。扉は開かない。代わりに、ガラガラ声が聞こえた。
「合言葉はぁ!」
「真実よりも金!」
「逆だ阿呆!」
そんなことを言いながら、扉を開けて姿を表したのは初老の男性だった。シャツを着崩し、眼鏡をかけている彼の頭には、白髪がところどころに生えている。彼はジルトたちを見回した後、ソフィアの頭を、大きな手のひらで鷲掴んだ。
「こーんな小さい子を連れてきて重要参考人だと!? 舐めてるのかお前は!?」
「いたたたぁー、いや、痛くない! なるほど、これがパフォーマンスですね社長!」
「そうだ! 俺が常識人みたいなところを見せることによって、相手に油断を誘うんだ!」
ソフィアとそんな会話を繰り広げた社長は、大雑把に笑い、ジルトの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「よく来たな坊主、待ってたぜ! ようこそ、王都通信社へ!!」
ひび割れた床に、寒風吹き荒ぶ窓。その風で、書き散らしの原稿が飛ぶオフィス。
ソフィアと社長が茶を淹れている間に、ジルトはオフィスを探検し、生原稿というものを見て回る。
「クライスさん見てください! これこれ!」
「……」
ジルトは公爵のスキャンダル関連の原稿を見つけるたびに、クライスに見せていた。物理で勝てないなら精神的に殺るまでだ。それぐらい鳩尾パンチは痛かったのだ。
なんでこんなことにと言いたげなクライスと反対に、ジルトは生き生きとしていた。
それにしても、この新聞社には人がいない。オフィスらしく、一応デスクはあるのだが、仕事をしている人間は誰もいなかった。おかげでジルトがはしゃいでも、何も言われなかった。
「みーんなここを出てっちゃってね」
しばらくして、ソフィアが何かの資料を、社長が紅茶を、それぞれ机の上に置く。
ボロボロのソファに座り、薄い紅茶を飲みながら、ジルトはソフィアの話に耳を傾けた。
「こんな物騒なところにいられるかー、俺は健全な新聞社で働くんだって。うちほどに健全な新聞社なんてないのにね!」
にこにこしながら言うソフィア。うんうんとその横で頷く社長。たぶん二人は似た者同士だとジルトは思った。
「印刷所はべつの会社だけど、そこも辞めたいって申し出があって困ってるの!」
明るく言うことではないのでは……?
勢いに押され気味なジルトは、苦笑することもできないでいた。むしろ、純粋にすごいと思った。さすが、四年前の大火で英雄扱いになった公爵を、いちばん最初にこき下ろしただけはある。
「すごいですね(肝の据わりようが)」
「でしょでしょ! それで、そんな逆境にもめげないすごい私たちが追ってるのが、あの公爵ってわけよ! 容姿端麗、頭脳明晰ながらも、経歴不明の謎の公爵! 叩けば埃が出るいいネタね! これを見て!」
クライスの反応を気にしながらも、ジルトは差し出された資料をパラパラと捲る。
「これは……!?」
驚愕するジルト。ソフィアはふふんと腕を組んで、言い放った。
「世間様の目は欺けても、私たちの目は欺けないわ! 公爵と伯爵には、強い結びつきがあったのよ!
ですよね? 公爵家執事の、クライス・エドガーさん?」
悪戯っ子のようにウインクしながら、ソフィアはクライスに挑戦的な笑みを向けた。
「覚悟しててくださいね。私たちは、あなたの主の醜聞を握らんとする者たちよ」




