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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
最終章その3
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冒涜、冒涜、冒涜

四年前の王宮よりも血の臭いは薄かった。けれど、腐敗した臭いは、四年前よりも濃いものだった。


それなのに、ガウナ・アウグストは笑っている。とろけるような笑みを浮かべながら、ジルトがリルウから預かった聖剣を指差した。


「よく似合ってるよ、それ。やっぱり、英雄のために作られただけあるね」


言われずともわかっている。父の命を奪った聖剣は、不思議と、ジルトの手に馴染んでいた。この銀色が、数多の人の血を吸ったのだ。


けれどまた、不思議なことに。ジルトは、この聖剣に嫌悪感を抱かなかった。


『余計な責任感なんて、抱かなければよかったんだ。最初からこれで殺していれば、ローズは楽になれた』


魔法使いの言うことを聞いていれば、何千年もの間の執着なんて生まれなかった。


英雄の考えることと、魔女の考えることは同じ。だからガウナは、リルウがジルトに聖剣を渡すことを妨げなかった。


「お前、俺に殺されること、わかってるのか?」

「さっきも言ってたじゃないか。それに、殺意を持っていない君なんて、君じゃない」

「俺のこと、勝手に決めんじゃねーよ」


迷わず、聖剣を水平に薙ぐ。後ろに下がったガウナの銀髪が、暗闇に散らばった。


「髪はセーフ?」


戯けた表情。


「聖剣は、そんなに大したもんじゃない。それはお前がわかってるはずだ」


ジルトは地を蹴った。首の次に狙うは、ガウナの心臓。だが、ガウナはそれを左手で防ぐ。


「っと、この量じゃ足りないかぁ」


いつかの学園祭で、躊躇なく手を犠牲にすることはわかっている。だからそんなに驚くことではない。だが。


ーー足りないってのは。


ファニタから聞いたことが脳裏によぎった。この地下には、魔力を封じる結界が使われていて、大量の血を流すことで、結界から解放される。


ガウナは、それを試しているのだ。ジルトに殺されたいフリをしながら、魔力を取り戻す隙を狙っている。


ーーだから、一気に殺さなきゃいけない。


一息に死ねるくらいの血を、流させなければならない。ジルトは、姿勢を低くした。次に狙うのは、


「足か!」


ガウナがたたらを踏んだところに聖剣を突き立てようとしてーー振り上げた足に、体を蹴られる。


「くそ、素直に殺されとけよ……」

「だって君、急所ばかり狙ってくるし……太ももは洒落にならないし……初めて会った時も、こうやって君を蹴ったんだっけ?」


地面に手をついて、体勢を立て直しながら、ジルトはガウナを睨んだ。そんなジルトに、ガウナは近づいていく。


「ジルト君、君、聖剣の使い方が下手くそだね。僕が使った時は、陸軍中将を殺せるくらいに力を発揮したのに。あ、もしかして」


ガウナは、へらりと笑って、足を後ろに蹴り上げる。


「僕って、君のお父さんより強かったりして?」

「寝言は死んでから言えよ」


飛んでくる蹴り。

ジルトはあえてガウナの足元に潜り込み、下腿に聖剣を突き刺して、抜いた。そのまま横っ飛びすれば、ガウナの足から飛び散った血が、頬にかかった。


ぐらり、ガウナの体が傾ぐ。ジルトは、頬の血を手の甲で拭いながら、冷めた目でそれを見た。


「……演技はやめろよ、髪の隙間からこっち見てるの、見えてんだよ」

「今のはけっこう効いたよ。すごいね、ジルト君。あんまりにも痛すぎるから、けんけんして戦おうかなぁ」


とことん舐められたものである。ジルトは舌打ちした。


ーーなんで、俺には聖剣が扱えないんだ。


思えば、もう一つの聖剣を握った時に、何も起きなかった予知。あれは、ジルトが聖剣を握っても、意味がないという予知だったのだろうか。


『俺が見捨てたから、聖剣はローズのものになった。俺の、俺のせいだ』

「黙れよ。後悔なら殺した後にしろ」


悲痛な声を上げる英雄をねじ伏せる。ジルトの様子に、ガウナは目を見張った。


「その耳、自分の心の声までは、封じられないんだね? ふぅん、良いこと知っちゃったなぁ……ほうらアルバート、本当は、ローズを殺したくないんだろ? 君は殺さなきゃいけないという義務感に囚われているだけだよ。殺さなくても、幸せになる方法はたくさんある」

「それなのに、二千年ものあいだ、誰も幸せになれなかった。だから、そんな方法はない」

「それじゃあ、僕と君とで、誰もなし得なかった幸せを築こうよ」

「黙れ、反吐が出る」


ガウナは肩をすくめた。そのわざとらしさといったら、ジルトの神経を逆撫でするばかりだ。


次はどこを狙うか。『左耳』によってガウナの思考を読み、ジルトが作戦を考えていた時ーー


『ううん、見つからないなぁ』


何かを探しているガウナの声が、聞こえてきた。


『アレが見つかれば、僕にも勝ち目があるんだけど』


ガウナの目は、暗闇に向けられていた。ぶわりと、肌が総毛立つ。


『一気に血を流した可能性もあるけど、フランド君から一撃も負わずに逃げる事は難しかっただろうから、何発か食らっている。それこそ、今の僕みたいに』


ーー思考を、止めなければ。


ジルトは、聖剣を持って闇雲に突っ込んだ。


「あ、バレちゃったかな?」


ガウナが笑う。へらへらとした笑みの裏で、この男は、どす黒いことを考えている。


『とすると、一人で体を支える事は難しい。どこか、寄りかかれるところが必要だ。何発も食らってたなら、そう遠くにはいけないはず』


平然と、そんなことを考えるガウナに、ジルトは寒気を覚えた。この男は、最初から、それが、彼女が目当てだったのだ。


「銀貨の増やし方は、君も知っての通り」


壁際には、行かせたらだめだ。ジルトは焦って聖剣を投げた。ガウナはそれに目もくれず、足の痛みなんてないように歩き始めた。


「小さな頃から住んでたからね。君よりかは精通してるよ」


暗闇の迷路を進んでいく。その間にも、思考が途切れる事はない。


「アドレナ嬢も、所詮は良い人どまりだね」

「それが、正解だろうが……ッ」


ジルトだって、ガウナの思考を読まなければ、それを理解できなかった。今だって理解できていない。



びちゃり、湿った地面から、音が響いた。



「見つけた」


ガウナは、チェルシーの遺体に手を伸ばした。

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