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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
最終章その3
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聖剣は

ブランは、紙に何かを書きつけていた。


「確か君は、顔と名前さえわかれば予知ができるんだよね?」

「は、はい」


気圧されるハルバに、ブランは「できた」と言って、その紙を渡す。書かれているのは、たくさんの名前らしきもの。


「そこに書いてあるのが、ここにいる調査隊員の名前だ。手短に紹介するから、君は、王都と彼らの未来を予知して、悲劇を最小限にとどめる方法を、私たちに示してくれ」

「はい!」


ハルバは、今度は力強く頷いた。予知したところで足りないと思っていた人手が、こんなところで集まってきてくれるなんて。


この丘からは王都が見渡せるが、炎の起こる細かい場所を特定するとなると難しい。だから、実際に王都に降りてくれる彼らの存在が頼もしい。


ハルバはぎゅっと拳を握り、瞳を光らせた。


「レンドさんは、落下する猫通りの東二丁目三番地に行ってください、それから……」






予知は最短ルートだと、ブランは思う。


実際にその場所に行かなくても、結果を得ることができる。あるゆる可能性を考えて、炎が立つであろう場所を見つけることができるのだ。


ーーそれでも、たった一人の身には、辛いだろう。


“囚人殺し”の時の、憔悴した様子が脳裏に蘇る。やはり、副大統領に残ってもらった方が良かったのでは……。そう思いながら、ブランはハルバの横顔を覗き、自分の考えが愚かだったことを悟った。


彼の黒い瞳は、煌めいていた。 


あの時に見た無力感などどこにもない。両の足で地面に立ち、拳を力強く握り、次々と調査隊員達に指示を飛ばす。的確に地名を言うことができているのは、ダグラス家の教育の賜物か。それとも、彼個人の思い故か。


ーーどちらもなんだろうな。


今は亡き、厳格な彼の父親を思い出す。彼の子息は二人とも、立派な成長を遂げたのだ。




およそ十分間の後。ハルバは清々しい顔で叫んだ。


「おわ、ったーー!!」


叫びながら、草の上に仰向けに倒れた。


「ハルバ君、大丈夫か?」

「あっ、すみません。気を抜いてしまって」

「いやいや、あれだけの予知をして、気を張り詰めていたんだ。ゆっくり休んでくれ、ありがとう」

「お礼を言うのは、俺の方です」


あんなに煌めいていた瞳は、今は静かな光を灯していた。二人の間を、夏の風が通り抜けていく。


「あー、風が気持ちいい……ルージュ秘書官が来てくれなければ、俺はまた、四年前と同じになるところでした。これで、アイツに顔向けできる……」

「アイツとは、ジルト君のことかい? 彼は……」

「たぶん、今頃聖剣を持って、地下に行ってるんだと思います……今は、頭が痛くて視ることができないけど」

「不安ではないのかい?」

「まったく。ジルトはすごい奴だから、視る必要はない……って、言いたいけど、アイツは結構危なっかしいから、心配です」

「それなら」

「でも」


ハルバは、自分の腕を、額の上に乗せた。まるで、彼の目を隠すように。


「最後の最後は、視ちゃいけない気がするんです……なんでかはわかりません。俺の中に流れる魔法使いの血が、視るなって言うんです。おかしいですよね、俺は、生まれ変わりじゃないのに」


彼の声は、少しだけ、震えていた。


「ここに来る前、アドレナさんに会ったんですけど、俺には、彼女の気持ちがよくわかる気がします」


ハルバの声を聞いて、ブランはふと、あることを思い出した。


……御伽噺の中の魔法使いは、英雄に剣を渡してから出てこなくなる。物語は、英雄と、薔薇の魔女と、セレス姫の三人で閉じるのだ。


だから、彼はこの丘に一人で来た。物語を終わらせるために、彼自身の後悔を晴らすために。後ろ向きな理由と、前向きな理由を引っ提げて、彼はここに来たのだ。


「私も同じさ」


ブランは、仰向けになるハルバの横に座り込んだ。これから起こる悲劇なんて知らないかのような太陽を見て、目を細める。


「あの場にいられなくなった。あの場にいていいのは、銀と金と灰色だけさ」

「いえ、銀と灰だけですよ」


あえて物語の中の登場人物の名前で呼ばなかったブランに合わせて、ハルバが答える。


「なにせ、金はこっちに来ますから」


彼はしっかり、予知を使っていた。






人間にはやらなければならないことがあって、ブラン・ルージュは、公人としての務めを果たしたまでなのだ。


ーー名有りだとか、名無しだとかは関係ない。そもそも、この男を殺すことに拘っている私がおかしいのよ。


『それを自覚してもなお、貴方は薔薇の魔女を殺すのですね』


心の中に住む女の優しい声に、リルウは頷いた。


ガウナが王都に仕掛けていたのは、この王宮地下を中心とした円状の大規模な炎魔術。

かつて、絵画に隠した魔法陣で、『魔女の生贄』を発動させようとした時と、『アッカディヤの魔術儀式』の人間スイッチの応用だ。

つまり、彼は自身の炎をタバコの吸い殻に宿し、スイッチである最後の一本が、この王宮地下に来た時に、吸い殻に宿した炎が魔法陣……この場合は、魔術法陣を描くように仕掛けてきたというのだ。


悔しいことに、ガウナがこの地下に足を踏み入れた時に、勝負は決していたのである。


リルウは地上に帰ろうとしなかった。まだ、自分は負けていない。まだ、彼は来ていないのだから。


だが、リルウの規定する負けと、ブランの規定する負けは同じではなかった。ブランは公人として、それを聞くなり、調査隊員と、デウレス会頭を引き連れて、地上に行ってしまった。


それが正解なのだろう。この国の女王として、こんな男に構っている暇はない。殺すことよりも救うことのほうが、よっぽど有意義だ。


だが、リルウは地下に残った。ガウナを殺すために。


「見捨てられちゃったね。君は、地上に行かないの?」

「ぜっったいに行かないわ」


これは愚かなことだけれど、愛の前には、愚かなことは許される。そもそも、セレス姫は愚かな姫として、英雄と魔女の前に立ち塞がった。


リルウの決意は揺らがない。誰がなんと言おうと、リルウはガウナの命を奪うのだ。


ーー確証なんてなくたっていい。死んだっていい。私が、


「リーちゃん!」


その瞬間。


リルウは、世にも嫌な物を見た。聞こえてきた声はこの世の全てのものを差し置いて尊いが、目の前の青年の浮かべた幸せそうな笑みは、この世の全てのものを差し置いて卑しいものだった。


はたして。


息せき切って飛び込んできた少年は、


「あの、お兄様……?」


リルウは戸惑った。なぜなら、彼は、持つべき物を持っていなかったから。


「聖剣、は?」


すると、ジルトは、読めない笑みを浮かべて。


「もちろん、置いてきちゃったよ」


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