火柱
ファニタから教えてもらった聖剣の保管場所。それは、運河のすぐそばの倉庫だった。
馬車に乗りながら、ハルバは瞳を光らせた。
その倉庫には木箱があって、ハルバ達は無事、その中に入っている聖剣を手に入れる。そうして、ジルトが聖剣を握るのだが……こういう時、予知は便利だ。ハルバの目には、ジルトが聖剣を握っても、何も起こらない未来が映っていた。
「なんだ?」
異変が起こったのは、その後だ。倉庫から出たハルバ達が遠くに見たのは、青く渦巻く炎。曲がりなりにも魔力のあるハルバにはわかっていた。あれは、魔術の炎だ。四年前のあの日に見た炎だ。
「どした、ハルバ?」
ファニタから聖剣の場所を教えてもらったからこそ開けた予知。だが、そこには地獄が広がっている。
ーーこれが起こるのは、三十分後。
ハルバは、なおも深く予知に潜っていく。炎はハルバたちのいる運河のそばにも立ち始める。
「ジルト、やばい。王都が、王都が……」
じっとりと、嫌な汗が肌を伝った。あの日、丘の上から見下ろした、燃えていく命達。見捨ててしまった罪悪感と無力感が、ハルバの身に蘇ってきた。
ーーまた、俺は。
「落ち着け」
ぽん、と丸めた背中に手を乗せられて、ハルバは体を起こした。いつのまにか、頭を抱え込んでいたことに気付く。
隣に座っているジルトは、いつものように少しだけ澱んだ瞳をしていた。
「何があった? 王都が燃えてるところでも視たのか?」
「お前、予知能力者にでもなったのか?」
「いや、お前の表情を読んだだけ。死にそうな顔してんぞ」
言われて、ハルバは自分の顔に手をやった。頬がこわばっている。
少しだけ、息を吸った。
「そう。俺は、四年前みたいに、王都が燃えているところを見たんだーー」
ハルバの話を聞いたジルトは、顎に手をあてて、しばらく考え込んでいたようだが。
「なあ、それ、前の予知では視えなかったんだよな?」
「あ、ああ」
前の予知では、聖剣を見つけることができずに地下へと行く場合と、運河の下流まで行く場合とがあった。
「俺らが運河の下流、レトネア地方に行こうとしてたとして。その場合は炎が視えなかった。王都から離れてたからっていうのもあるだろうけど、レトネアは高い土地にあるから、王都はかろうじて見えるはずなんだ」
ジルトのその言葉に、アントニーがぽんと手を打つ。
「あーそういやお前、チェルシーに連れられて、レトネアに行ってたんだっけ?」
「なんで知ってるんですか」
「ラテラに聞いた」
「……とにかく、俺が言いたいのは、遠くからではわからないくらい、局所的な火事じゃないかってことだよ。それから、そうだな……ハルバ、炎はどっち側に見えた?」
「南の方だよ。それから、俺たちが今行こうとしてる倉庫」
「てことは、運河のこっち側」
ジルトは、ある方向を指差した。その方向には、貧民街が存在して……いや、ジルトが指差したのはそこじゃない。その貧民街を行った先には、あの王宮跡が存在するのだ。
貧民街に足を踏み込めば、すでに阿鼻叫喚の騒ぎだ。
走って逃げる人々とは逆方向に走るハルバ達を、おそらく、怒鳴って止めようとする人々を振り切って、騒ぎの中心地に行く。
青い炎が、ごうごうと燃えている。まるで踊り狂っているかのように、炎は地面に、とある模様を描き出していたーー。
「魔法陣だ」
ハルバは呟いた。
「真ん中に、タバコが置いてある。あのタバコ、アウグスト元公爵がよく吸ってたタバコだよ」
「急に吸い始めたと思ったら」
ジルトが呆れた声を出す。
「つまり、タバコがきっかけで、この火事は起こってるってわけか」
そう、すでに火事は起こっている。炎は見えないが、人々の悲鳴が聞こえ、焦げ臭いにおいがここまできていた。まだ、天を衝くまでの炎には育っていないが、それも時間の問題だろう。あと二十分後には、炎は貧民街をも焼き尽くすほどに大きなものへと成長してしまう。
ハルバの目は、とある場所へと向いていた。
「ジルト」
ジルトは、ハルバの見た方向に目を向けて、頷いた。
「ああ、行ってこい!」
ぜえはあと、息を切らして、丘を登る。
ハルバの祖父がこの丘を選んだのは、せめてもの罪滅ぼしか。王都を一望できるこの丘で、終わりゆく命を見るためだったのか。
「そんな、こと、もうっ、ぜったいしねぇッ!!」
渾身の力を込めて叫びながら、ハルバは丘を登り切った。まだだ、まだ、間に合う。
「まだ……ッ」
瞳を光らせる。実際に丘に登ったことで、予知は鮮明になるはずだ。そうだ、どこで炎が燃えているのか、ハルバは視る必要がある。
「……う゛っ」
体から力が抜けて、ハルバは地面に座り込んだ。より鮮明になった光景は、地獄そのものだ。なすすべなく人々が炎に呑まれ、死んでいくのが、眼下に視えた。
あの時は夜だった。けれど、今はまだ日は高い。だから、ハルバの目には、悲惨な光景がありありと視える。視る場所全てで、人が死んでいた。
口元に手を当てて、吐き気を堪えた。ダメだ、視ないと。ちゃんと視ないと。
「止められなくても、ちゃんと視ないと」
「いいや、止められるよ」
たった一人で口にしたはずの決心は、誰かに受け止められた。差し伸べられた手の主に、ハルバは瞠目する。
「どうして、地下にいたはずじゃ……」
「そのはずだったんだけどね。私は走るのをやめた臆病者だから、逃げてきてしまったんだ」
苦笑しながらハルバを立たせてくれたのは、ルージュ秘書官である。彼の後ろには、『禁域』を調査していたはずの隊員達。
ルージュ秘書官は、ハルバの肩を力強く叩いた。
「さあ、教えてくれハルバ君。私たちは、どこに行けばいい?」




