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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
最終章その3
434/446

遅れてきた人間と追いついた記憶力

少女は、馬車から降ろされた木箱を見下ろした。


「それにしても、嬢ちゃんもおとなしそうな顔して、こんなもんを欲しがるなんてなあ。一体、誰を殺す気なんだ?」


虫も殺したことなさそうなくせに、と、下卑た笑みを浮かべた男に、少女はフードの下から冷ややかな視線を浴びせた。


「そんなこと、どうでも良いでしょう? (わたくし)は、私の信ずる道を行くために、貴方達と取引したのです」

「はあ? 意味がわからねえんだけど?」

「わからなくて結構。早く荷物を渡してちょうだいな。ああ、箱を開けなくてもよろしくてよ。中身は分かりきっていますから」


少女のあまりにも高飛車な言いように、男はこめかみに青筋を浮かべた。ぱきりと指を鳴らして、少女に凄む。


「おい嬢ちゃん、あんまり舐めたこと言ってると」

「潰す、とでも? できるものなら、やってごらんなさい?」


少女はフードを脱ごうとして、やめた。彼女自身が自覚している美貌を隠すなんて、ましてや、悪党の前に自分の顔を隠すなんて、少女のポリシーに反することだが、今は隠さなければならない。

ぐ、と握ったフードの布を下げて、少女は、ぱちんと指を鳴らした。


朝焼けの光が、少女の背後にいる男達を照らし出す。


「私に手を出そうものなら、お父様が黙っていませんわよ?」






「“落下する羽通り”で! 私は何時間も待ったのです!」


眩しい太陽のもと、力説するのは、馬車から降りてきたカルディアス。


「それなのに、誰も来ない! デウレス会頭も、アウグスト元公爵も、クレオ様もジルト君も! 誰もっ、来ないっ!!」


一見して冷静な男に見えたカルディアスの目は、今や苛烈な炎が宿っていた。ジルトとクレオは、馬車から降りて揃って頭を下げた。ごもっともである。


「すみません、カルディアスさん。顔合わせをすっぽかしてしまいました」

「ああ、いいですよ。気にしないでください。むしろ私たちは、君たちの役に立とうと追ってきたんです」


カルディアスの代わりに答えて柔らかな笑みを浮かべたのは、彼の乗ってきた馬車の御者を務めていた男である。見たことのない顔だ。いや、この人、どこかで。


ジルトが記憶を辿っていると、カルディアスは、得意げにこほんと咳払い。


「そうです。そのために、この方をお連れしたのですから」

「お前、フランベルク商会の会頭を御者に使ってたの?」


呆れたようなアントニーのツッコミで、ジルトの疑問は氷解した。そうだ。


どこかで見たことのある青年は、なんと新聞に載っていた、フランベルク商会の新会頭。ロドニー・ランドである。


「あ、私もいるよ」


馬車からすたん、と軽やかに降りてきた人物に、ジルトは驚愕。その人物は、オレンジ色の髪を靡かせて、ふふんと笑った。ジルトは呆気に取られた。


「ソリュース先輩……」

「やだなあ、アリア先輩って呼んでくれよ。ジルト君?」


馬車から降りてきたのは、セント・アルバート学園の演劇部部長、アリア・ソリュースである。かつてジルトが女装をする際に、ファニタを通じてカツラを借りた人物。


「な、なんで先輩がここに?」

「なんででしょうかー? ヒントは、私、副会頭!」


もはや答えを言っていた。






カルディアスが喚き、ランド会頭が宥めるのを見ながら。

アントニーは、ハルバの隣でのんびりと言った。


「お前の言ってたカルディアスと一緒に来る奴らって、こいつらのことだったんだな」

「……まさか、ソリュース先輩だなんて」


これもまた、予知の不便なところだと、ハルバは地面を見た。


予知には便利なところと、不便なところがある。便利なところは、意識して使えば、どんな人間の行動さえも予知できること。


たとえばさきの“囚人殺し”では、王都中央拘置所が陸の孤島になっていたからこそ、“登場人物”も限られていたし、ブラン・ルージュという、内務省に通じている人物からの、豊富な資料提供もあった。

ハルバがその人物の特徴を言えば、すぐに写真と、名前含む情報が手に入ったのである。あとは、その人物に標的を絞って、動向を探るだけ。


だが、資料が足りないと、ましてや、王都という広いフィールドを舞台にすると、出てくる人物を予想することも難しい。カルディアスは視ることができたが、それに付随してついてくる人物を、知っているか知っていないかを判断するのはハルバの記憶力だけである。


今はこうして、アリアのことを“セント・アルバートの先輩”として認識できているが、予知の時点ではそれが誰かはわからなかった。実際に会ってみないと、知人かどうかわからない、ということも、発生しうるのである。


ーー役立たずが。


自分に向かって、ハルバは唾を吐いた。もっと、自分が優秀な人間であったなら。出てくる人間を予想できて、こんなミスもしなかったのに。


ーーアリア先輩なんて有名人だし、フランベルクの会頭だって、新聞で見たことある顔だった!


たまらなく悔しい。知っている人間なのに、それに気付かなかったことが。と。


アントニーが、ハルバの肩をポンポン叩く。


「まあ、気にすんなって。俺ぐらいならともかく、よっぽどの奴じゃなきゃ、その人間が誰かって判断なんてできっこねえよ」

 

ハルバは顔を上げた。


「アントニーさんは、フランベルク商会の会頭をすぐに言い当てましたよね。すごいです」

「まあな。俺は目が肥えてるから」

「どうやったら、目を肥やすことができるんですか?」

「たくさんの女と付き合うことだよ」

「は?」


ハルバが若干呆れた目線を送っていることにも気付かず、アントニーは得意げに言った。


「たくさんの女と付き合ってるとな、まず、名前間違いをしてはいけなくなる。だから死に物狂いで顔と名前を一致させる。女が髪型を変えたとしても、街で会ってすぐに名前を言えるぐらいにはしなくちゃならない。そうやって、俺の記憶力は磨かれたのさ」

「ハルバに変なこと吹き込まないでください」


フランベルク商会の面々と話していたジルトがこちらに来て、ジト目になりながら、アントニーに言う。


「ハルバ、六股なんてするなよ。二人とも、フランベルク商会の人たちが、せいけ、げふん、ナイフを探すのを手伝ってくれるってさ」


もちろん、六股なんてする気はないが。


ーーありがとうございます、アントニーさん。


ハルバは、ぐっと拳を握った。

 

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