並走
しんとした空間の中。
「少し待ってくれ」
一人、小柄な男が声を出した。男の名前は、デウレス・ラグル。地方出身の、有力な商会の会頭である。彼は、リルウとガウナを見た。
「アウグスト元公爵が、私の商会を利用して、ろくでもないものを世間へと流したのはわかる。だが、それが聖剣だと? 女王陛下、貴方は、何を言っておられるのですか? 聖剣は、ギリア海に眠っている……空想上の代物でしょう」
彼の言っていることは、もっともだった。リルウとガウナは聖剣が“ある”ことを知っているが、デウレスをはじめ、調査隊員すらも、そのような前提は“ない”のである。聖剣はあくまでも御伽噺の中の存在で、御伽噺の存在だからこそ、どんな理不尽をも受け入れられるのだ。
「それが、聖剣が二振も存在する? そんなこと、信じられるわけないでしょう」
だから、実際に“ある”ことを認識すれば、その理不尽は、受け入れ難くなるわけだ。
「あるんだなあ、それが」
ガウナが、面白いものを見るような目で、デウレスを見た。能書きを垂れるように、なめらかに話し出す。
「聖剣というのはですね、人を狂わせる剣です。リルウが持っているのは、英雄が百万人を殺した剣を鋳直したもの。そして僕が市場に流したのは、英雄が実際に魔女を殺したナイフです。どちらも力が強く、並みの人間では、聖剣の魔力に狂わされてしまうでしょう」
「そんな危険なものを、流通させたのか!?」
デウレスの激昂に、ガウナは髪を掻いた。
「武器を売っていた貴方がそれを言いますか? 人を殺すという点においては、聖剣も武器も同じでしょう」
「まったく同じじゃない、市場を根底からひっくり返すようなものを、私は売りはしない」
「今さら商売人面ですか。正直、貴方がまともな感性をお持ちだったことに驚いてますよ。ねえリルウ。こういう反応、新鮮じゃないか?」
極めてフレンドリーに話しかけてくるガウナに、リルウは半眼になる。
「貴方、今私にその聖剣を突きつけられていることを理解してるの?」
「ああ理解してるさ。ちょうどいい。見てください会頭。リルウの握っている聖剣を。見た目には、まったくわからないでしょう?」
デウレスの視線が、リルウの握る聖剣へと注がれる。薔薇のつるが柄に彫られている以外は、なんの変哲もない小刀へと。デウレスは頷いた。
「あ、ああ」
「それが、市場に出回っているんですよ。見た目にはまったく邪悪だとわからない聖剣が。今か今かと、人の手に渡ることを待っている」
ガウナの魂胆はわかっている。だからリルウは布石を打っておいたのだ。
「聖剣の行方はわかっているって言ってるでしょ。人の手に渡る前に、適切な処理をするわ」
「僕は、君自身が聖剣の元に行くべきだと思うなぁ。なぜなら君は特別だから、聖剣を持っても影響がない。人に任せたりしたら、どんな災厄が起こるかわからないよ」
ガウナは、デウレスに聖剣の何たるかを説明し、その恐ろしさを理解させた上で、リルウがここにいるべきではないと言おうとしている。
翻って、ガウナはリルウが聖剣を餌に使ったことを知っている。ジルトをこの地下に来させないために、聖剣を放置したことを知っているのだ。
それが気に入らないから、リルウを責めるような口調になる。
ーーお兄様に来て欲しいなら、聖剣を持って来ればよかったのに。
だが、この男はそれをしなかった。聖剣を地下に持ってきたら、勝ち目がないことをわかっていた。
聖剣を手放さなければならないほどに、この男は、追い詰められているのだ。
静かな興奮が、リルウの肌を駆け上がった。ガウナが嫌そうな顔をする。
「君って、人が嫌がることをする時、目が生き生きとするよね」
「それはお互い様よ。私が聖剣を放置している理由を教えてあげましょうか、会頭。それはね、私よりも聖剣を持つにふさわしい人がいるからよ。それは、公爵家のーー」
「リルウ、それ以上言ったら、僕は君を殺さなくてはいけない」
嫌そうな顔をしていたガウナは一転、深海のような藍色の瞳から、温度を取り去っていた。リルウは口元を歪めた。これでおあいこだ。ガウナとリルウには、聖剣を持つにふさわしい人物についての共通認識がある。それを周りに知らせることができれば上々。
まったく、思い人が同じだと、相手がして欲しくないことが手に取るようにわかる。
ーーひとまず、第一の不安要素は潰したわ。
リルウは冷静に、今の状況を分析した。
調査隊が地上に引き返すことはない。リルウだけでなく、ガウナすらも認識している“彼”は、実際に手にすることが無いにせよ、聖剣への抑止力として機能することだろう。
ハルバがどこまで、リルウの動向を予知できているかはわからないが、まだ地下に来ない分、リルウの命は保証されているのだろう。地下では、まだ何も起こらないわけだ。
「?」
そのとき。
リルウは、少しだけ違和感を覚えた。だが、その違和感の正体が何なのか、リルウにはまだわからない。
一方、彼女もまた、違和感を覚えていた。
ーーおかしいのです、聖剣が流通網に乗せられたとして、私が追えないなんて。
クレオには、自分の父よりも商会を把握しているという自負がある。たとえガウナから聖剣の入った箱を預かった者が、どんなに巧妙に隠蔽をしようとも、突き止める自信がある。
ーー聖剣が“放流”されたのは今日の未明。まだ遠くには行ってないはずなのに。
それなのに、聖剣は忽然と消えてしまった。
まるで、誰かがあの元公爵の味方をするように。そしてその人物は、十中八九、クレオ達の知らない人物だ。
ーー聖剣を隠してるのは、きっと、すごく出来る人なのです。そんな人が、まだいるなんて。
指の先が冷えるような感覚に襲われる。ふと、窓から見えていた景色が陰った。
「お出ましだな」
クレオ達の乗っている馬車の横を、並走するように走る馬車。
その馬車に乗っている人物はーー。




