選ばれし者達
そもそも、“禁域”とは何か。
それを定義するならば、戦後の王都再編の際、トウェル・ソレイユによって作られた施設のことであるといえよう。
代表的なものとして、『アッカディヤの魔術儀式』ほか、外法を研究していた王立総学研究所(通称・学者達の檻)、噂では、死体を無断で解剖していたユーフィット醫院が挙げられる。
つまり、戦前からある王宮地下は、純粋な禁域ではない。トウェル王の先代、シド王も関与していたこの場所は、言うなれば、“準禁域”である。
このようなことを踏まえて。調査隊員は、不思議でならなかった。
共和国との和解で、資金提供をする必要もなくなり、あるかもわからない財産に頼る必要もなくなったのに、なぜ、重要度の低いこの場所から調査をすることになったのか。なぜ、自分達は重装備でこの場所に臨んでいるのか。
まるで、未知の敵と戦うことを想定しているかのように。
背筋にひやりとしたものを感じながら、同時に彼らは、誇りを感じていた。えてして未知に挑む者は、優秀でなければならない。何事にも動じず、予想外の出来事にも対処できるからこそ、彼らは選ばれたのだ。
しかも、彼らの前には、この国の頂点である女王陛下がいる。四年前はどうなることかと思ったが、今や彼女は立派に政務を果たすまでになっていた。
その女王陛下の御前で、未知の“禁域”の調査をすることができる。これは、たいへん名誉なことである。
一人の調査隊員が、顔を顰めた。
無理もないだろう。地下へとつながる通路ともいえない綻びからは、腐敗臭が漂ってくるのだから。夏のじっとりとした空気は、冬のからっとした空気よりも、よりその臭いを空中に留まらせている。その臭いは、自身の体にもまとわりつくように思えた。調査隊員達は、この“禁域”調査が、一筋縄ではいかないことを悟った。
一人の頭の中には、トウェル王の前、シド王のとある噂が浮かんでいた。身寄りのない子供達を地下に集めて、血を抜いたり、体の一部を使って儀式をしているという、突拍子もない噂である。それには、代々王宮魔術師を務めていた、あのレイク家も関わっていたというが、噂は噂である。
死臭は、地下に行けば行くほど濃くなった。調査隊員達は、もうすでに死体の存在を疑っていなかった。死体は見えないが、調査隊員達を囲む土に染みついた臭いが、もうすぐそこにあると教えてくれている。
いくらかの調査隊員は、おかしなことに気付いた。
この臭いを嗅いだ調査隊員の多くは、動揺をしている。彼らは選り抜かれた人員なので、表情や態度にはおおっぴらに出さないが、一人一人の微小な反応が、小波を生んでいた。
しかし、この“禁域”調査を計画した当の本人はというと、むせかえるような死の臭いに囲まれているにもかかわらず、平然としているのである。それは、女王陛下も、アウグスト元公爵も同じ。唯一、デウレス・ラグル会頭だけが吐き気を抑えるように、口に手をあてているのが、正常な反応だった。
それにしても、この地下は異常である。
カンテラに照らされた地下を見た調査隊員の頭の中には、“居住”という言葉が浮かんだ。
到底、人が住めるはずもない地下である。が、ここまでの長細い道が一気に開けて、ぽっかりとした空間に出た途端、そのような言葉が浮かんだのだ。ここは部屋だ、誰かが暮らしていた。
なぜか、そのような確信があった。シド王の忌まわしい噂のせいもあるかもしれない。
もしかしたら、子供の骨くらいは見つかるかもしれないと、ある調査隊員は思った。
はたして、積まれていたのは、子供の骨だけではなかった。
むしろ、大人の骨の方が多いと言えるだろう。正確な人数はわからない。一人の人間の白骨は、他の人間の白骨と混ざり合ってしまっているからだ。
問題は、この骨が誰のものであるかだが、それは、容易に推定できる。骨達は身なりがいい。ドレスにタキシード、まるで、パーティーに赴くかのように。
そしてこの骨達は、不可解なことに、殺傷の痕があった。なにか鋭利なもので傷つけられた痕である。調査隊員達は、この骨達の死因が、火傷か、それに伴うものかと考えるのは、間違っていると悟ったのである。
彼らは、ここで、殺されたのだ。
これこそが、ブラン・ルージュ秘書官が、ここを真っ先に調査した理由。
四年前に王都を悲しみに包んだ大火の裏には、凄惨な殺人が存在したのである。
なるほど、それを調査しなければならないのだと納得するには。
状況は、揃いすぎていた。
「構え」
調査隊員達の中には、シリウス・スピレード元内務大臣兼元陸軍参謀の教え子もいた。女王陛下の冷ややかな号令に、彼らの背筋は伸び、サーベルを突きつけた。
……敵は、すでにわかっていた。
サーベルの先にいるのは、銀髪の元公爵である。
「やっぱり、髪は回収するのは難しい」
彼が言う通り。この地下には、ところどころに、一見すると老人の髪のようで、よくよく見ると彼の白銀の髪が落ちているのである。
ここに集められたのは、選ばれし者達だ。観察力に長け、詳しく言わずとも、最良の選択ができる者達。
ガウナ・アウグストに反撃の隙を与えず、制圧することができる者達である。
リルウ・ソレイユは土を踏み締める。鞘から引き抜いた小刀を、真っ直ぐにガウナに突きつける。
藍色の瞳が歪んでいる。
「そうか、君が持っていたのか」
「ええ、お兄様じゃなくて、残念だったわね」
「残念じゃないさ。荷物運び、ご苦労様」
戯けて言うガウナの心臓を、リルウは容赦なく聖剣で突こうとし。
「……貴方、どうして聖剣を抜かないの?」
彼が持っているはずのものがないことに、目を見開いた。




