失望と狂信
ガウナに魔力を供給している魔女信者を探すにあたって役に立ったのは、一斉摘発された王城関係者と、意外にも、行政局長官であった。
長官は以前、『アッカディヤの魔術儀式』の被験者になってしまい、その時に、信者らしき男を目撃していたからである。
王都の魔女信者の半数を占める王城関係者達からは聴取が行なわれ、行政局長官の証言を得、一人の男が割り出された。
名前を、フェネル・シャンドラー。鉄錆色の髪を持つごく普通の青年で、王都で小さな食料品店を営んでいる。
「……ですが、あの男も、私たちがここまで辿り着くことは想定していたはずです」
かつて、ガウナを宰相とし、そばにいたリルウの表情はすぐれない。
「いちばんの弱点を、王都に置いておくはずがありません。これは、罠かも」
相変わらず論文を盾に、王城に入ってきたファニタは、リルウの言葉に頷いた。それは、大いにあり得ることだ。顎に手をあてる。
「罠だとしたら、スイッチにする人間を変えたのかもしれませんね。そのシャンドラーという人は囮で、別の人間に変えたとか」
ジルトのラグル商会行きと、ブランの“禁域”調査は明日に控えている。囮だとしても、押さえておくに越したことはないが……。
すると、麗しき女王は笑って。
「あり得ますね。では、シャンドラーに会ってみます」
「え?」
魔女様そっくりの見た目をしながらも、魂はうす汚い姫である。
「失せろ、偽物の魔女め」
「これは、だいぶ……ですね」
眉を顰めるでもなく、下げたリルウは、拘束されているシャンドラーの前にしゃがみ込んだ。豪奢なドレスの端が、床につくことを厭いもせずに。
「ねえシャンドラー、貴方はあの男に魔力を供給しているの?」
「……」
あの方の前では胸が高鳴ってしまうだけで、普段のシャンドラーは極めて冷静である。どんな拷問をされようとも、口を割るつもりはない。
ないのだが……。
「どうして、貴方がそこにいるんです」
鋭く向けた言葉の先には、シャンドラーも知る人物がいた。その人物は、今は拘置所にいるはずの人物で、シャンドラーが憧れさえもした人物だ。名前を、ゼン・カラートという。
「貴方の勘違いを正すためです」
いつの日にか見た、狂信的な笑みはなりを潜め、今はただただ、穏やかな笑みを浮かべている。その笑みからは、魔女様への執着など微塵も感じられなかった。
「裏切り者が……」
「裏切ったのはあちらですから。私は依然、魔女様を信じていますよ。今世では叶いませんでしたが、いつしか、本物の魔女様が生まれて、英雄と戦うところを見てみたいものです」
「お前は、何を言っているんだ?」
それではまるで、今世の魔女様が、そうではないようではないか。足元が崩れ落ちていく感覚に襲われ、シャンドラーの体から力が抜けた。
ーー嘘だ。そんなこと、あるはずがない。魔女様は、今度こそ英雄を討ち滅ぼし、その首を掲げて、私たちに自由と栄光を与えてくれるはずだ!
それが、それが!
シャンドラーは、歯をぎちぎちと鳴らした。
「お前が、そんな顔をするようになったのは、諦めたからか?」
「諦めるも何も。はじめからそうでなかったのだから、どうしようもありません。ですが、私はローズ・クリエではなく、薔薇の魔女の信者ですから。万に一つの可能性に期待して、今世をだらだらと生きていく予定です」
「私としても、その方が都合が良かったのですが」
リルウが半眼で言う。
「あの男が、明確に薔薇の魔女であれば、始末するのも簡単だったのだけれど」
ーー嘘だ、奴らは、嘘をついている。
「私があの方に魂を、魔力を捧げたのは、いずれ来る英雄との戦いに備えるためだ! それが、今世では叶わない!? ふざけるのも大概にしろよゼン・カラート! 英雄と魔女は、そうなる運命なんだ! お前はただ、諦めただけだ!」
シャンドラーは吠えた。その言葉に、ゼンはしばらく無言になり、リルウは、およそ高貴な人物とは思えないくらい、にんまりと笑う。それを見て、シャンドラーは、自分が致命的な間違いをしたことに気付いた。
「語るに落ちましたね、シャンドラー」
確かにシャンドラーは、ガウナに魔力を供給していたのであるが、それが今もかといえばわからない。本当は、最後に魔力供給をしたのがいつかがわかれば良いのだが。
それに関しては、やはりかつての被験者が、苦々しそうにアドバイスをしてくれた。
ブランとともに、“禁域”調査の最終調整をしていた行政局長官である。
「簡単なことです。彼がいつ、最後に店を休んだかを調べればいい」
長官の話によると、儀式をするにあたり、魔力供給をした後の彼は気を失って倒れてしまったらしい。ガウナのものとはいえ、魔力を与えられて、吸われるのは、身体的に負荷がかかってしまうのだろう。そんな状態で働いていれば、来た客に不審がられてしまうのだと。
結果として、長官のアドバイスはど真ん中。シャンドラーの店は、最後にトウェル王が出現した日、つまり、帝城が燃えた日に休んでいたのである。
この二日で一気にことが進み、ファニタは、王城関係者たちの優秀さに舌を巻いた。
同時に、ジルトを止める案が、現実化してきていることにほっとする。
「準備は終わりました。シャンドラーという人が、あっさり見つかったことが気がかりですが……これで、彼を閉じ込める算段はつきました」
月は雲に隠れていた。
「……どういうことです?」
落下する羽通りにて、ガウナは、険しい声を出した。
「クレオ嬢の婚約者と会うのをやめるなんて」
「率直に言って、君と手を組む必要がなくなった」
その言葉で、ガウナは察した。リルウめ、ラグル商会と、共倒れするつもりか?
だが、次の瞬間。それ以上に驚愕する言葉を、ラグル商会会頭、デウレスは口にしたのである。
「……明日の“禁域”調査に、我がラグル商会も参加する。それが、あちらから申し渡された条件だ」




