こんな時代にそぐわない
ジルトがクレオと共に、ラグル商会まで行くのにあと二日。ファニタは寮の自室で、どうしたら彼の歩みを止められるかを考えていた。同時に、自分の決断が正しいのかも。
机に突っ伏す。
ーーハルバはすごいわ。ジルトのことをわかってあげられるなんて。
もちろん、ファニタだって、彼のことはわかっている自負がある。入学式のあの日から、誰よりも近くで見てきて、不真面目なジルトの尻を叩いて、追いかけ回して。今ならわかるけれど、どこか影のある彼の抱えているものは、理解しているつもりだ。
彼が、どんなに両親を愛していたか。愛しているか。どんなに、ガウナを憎んでいるか。
あの頃のファニタは、それをひっくるめて、ジルトに理想の復讐を提案した。父親の死を乗り越えたばかりのファニタは、何でもできると考えていたから。自分の復讐の次は、ジルトの復讐だと考えていたから。
でも、でも。
ーー私は、あいつに誰も殺してほしくない。
伏せていた顔を上げる。ファニタは、ぎゅっと拳を握った。ストリの横顔が忘れられない。一線を超えた人の顔が。セブンスの顔が、フレッドの顔が……アゼラ伯爵の顔が。
十五年前、この国の戦争は終結した。殺し殺されが日常化していない中で、ファニタは、ぬるま湯の中で生きてきたのだと思う。
ーーだけど、それで良いじゃない。
期せずして、他国の主要人物と顔を合わせることになった。
彼らはいろいろなものを抱えていたけれど、共に手を取り合って、歩んでいける人たちだった。戦争相手だった帝国。何を考えているかわからなかった共和国。それもすべて、過去形だ。きっと、彼らと殺しあうことはないだろう。
戦争は、当分起きそうにない。人を、殺す機会なんて、そうそう訪れない。
そんなぬるま湯の中で、ファニタの大切な人は、わざわざ、一線を越えようとしている。時代とのズレを生じさせようとしているのだ。
そんなことを思うたび、ファニタの脳裏には、ジルトの背中が思い浮かぶ。正面から見た姿ではなく、自分に背を向けて、どこかに歩いて行ってしまう姿。
ファニタはわかっている。ジルトは自分よりも歩くスピードが速くて、追いつくことはできないだろう。
ーーでも、その背中に手を伸ばすことは、許されても良いんじゃない?
ユバル達が、王都の観光を提案して、思い出を作ろうとするように。もしも万が一、ジルトが一線を越えたことを後悔しても、ファニタが伸ばしていた手を思い出してもらえるように。
「私はっ、全力で邪魔をしてみせるからねっ!!」
我ながら最低な決意表明に、ファニタは笑ってしまった。
きっとジルトは立ち止まらない。一線は越えてしまったら戻れない。だけど、だから、ファニタがするべきことは、一線のすぐそばで、彼に手を伸ばし続けることなのだ。
ーーいちばん良いのは、あいつが殺さないことなんだけど。
それが、誰にとってもいちばん良いのかといえば、ファニタにとってだと。
痛いくらいに、それはわかっている。
「クレオを堕とすことは失敗した。ジルトも堕とせない。だったら、次は……」
内務大臣が退室したのを確認してから、リルウは、ブランの提出した“禁域”調査の紙に目を通した。
「へぇ、二日後ね」
ドレスの中に隠し持ったそれを触りながら、リルウは、ある計画を立てていく。自分の中にいる、青髪の姫と会話をしながら。
「うん……うん、それは良い案ね。ディーチェル公爵も、はやく見つけて欲しいのでしょうし。ルージュ秘書官も、これ以上関わらせたくないし」
魔法は封じられた。だが、魔術は生きている。
ここから先は、持たざるものは入れない。たとえ、あの草色の瞳の人であろうと。
「英雄は魔力を持たない。なぜなら、魔法使いに全てを渡したから」
大切な人を殺されることと引き換えに、人は魔術を手に入れる。だがそのカラクリは、大切な人の来世の分までの魔力を吸い尽くすことにほかならないのだ。
二度目の殺人だ。その人を殺した人間が一度目。その人の死を糧に、魔術を手に入れた人間が二度目を犯す。
けれど、二度目の殺人は、正解なのだ。大切な人をこれ以上、暗闇に踏み入らせないために。
ーーいつでも首を突っ込んで、私を助けてくれるお兄様。今回ばかりは、私は貴方を拒みます。
リルウは、扉の方を見た。
予感がしていた。王族の予感はよく当たる。直後、扉が叩かれ、入ってきたのは。
「待っていたわ」
「さすが、女王様ですね」
手に持つは、分厚い紙束。涼やかな青色の瞳で、ファニタは、リルウのことを見据えて……静かに笑った。
「だとしたら、話は早いですね。ジルトを止めるのを、手伝ってください」
あの人を、殺したことにするために。




