将を射んと欲すれば…
クレオちゃんは、 への特攻キャラです。
畢竟、彼と自分とはこうなる運命なのだ。
ガウナには『左耳』がない。だから、心が読めるわけではないのだが、不思議と、自分の“良心”の考えていることはわかった。
「俺を、ラグル商会に入れてください」
気丈に振る舞いながらも、震えていたクレオの肩を抱いて、ジルトは挑戦的に笑った。
彼は、出会った頃の、少し気にかかる少年ではない。単なるお人好しで、命知らずなどうでもいい命ではなく、ガウナが殺したくないと思う、最愛の“良心”なのである。自分を人たらしめる存在……というには、あまりにも依存が過ぎ、彼は免罪符ではないと言われてしまったのでそこは修正するが。
「喜んで、君を歓迎しよう」
ーー家を燃やした時、しばらくして思ったんだ。あ、ジルト君の髪の毛とっておけば良かったってね。
当然、ジルトは名前を呼ばれた時の対策のために、あの耳を持っているだろうから、自分の考えていることは伝わるはずだ。ガウナが口と心を器用に使い分けて伝えると、
「あ、ありがとうございます」
思った通り、ジルトが口元を引き攣らせながら笑みを浮かべた。髪の毛のくだりは半分本当だ。なにせ、髪は証拠になる。
地下で暮らしていた時に、伸び切った髪はシラミだらけで、煩わしくなって手当たり次第に抜いた。本当は切りたかったけれど、あの王様はガウナが死ぬことを許さなかったから、鋏なんてものはなかった。だから、何本もまとめて手で抜いていたのだけれど、これこそ、自傷行為に他ならなかったのではないか。
それはともかく。
ーーああ、これも筒抜けになってしまうか。
奇跡の生還を果たした、セント・アルバートの学園長と、その生徒たちは、見ているはずだ。ガウナが引き抜いた毛髪を。でなければ、ガウナに辿り着こうはずもない。
あいにく、自分の髪は、珍しい銀髪である。ガウナはついぞこの方、家族以外、自分と同じ髪色の人間に会ったことがない。向こうの国のラミュエル姫が白金なのを考えると、実は少しだけ、帝国の血が入っていたりするのだろうか。入っているだろうな、と思う。なにせ魔女というものは、自分にないものを取り入れようとするのに必死だから。国を跨いで血を交わらせることぐらいはするだろう。
それもともかく。
髪というのは、珍しければ珍しいほど、その人物が特定されてしまう。たとえばダグラス。黒髪はそれなりにこの王国にいるが、遠目に見た烏のような完全な黒は限られてくる。
だから、髪というのは、色々と使い勝手が良いのだ。
ーー君の髪を殺人現場に残しておくとか。
そうすれば、ジルトも晴れて犯罪者の仲間入り。ガウナと同じになるわけだ。
ーーまあ、予知能力者がいる以上、それはできないんだけどね。
難儀なことである。ライケットの自死同然の殺人の時も思ったが、こちらとあちらでは、条件が違いすぎる。
「公爵」
「ジルト先輩」
カルディアスの言葉で、ガウナは、はっと我に帰った。と、同時に、ジルトを呼ぶクレオの声が聞こえて、向こうも同じなのだと嬉しく思った。
ーーそうさ。クレオ嬢をダシにしなくても、君なら来てくれると、そう思ったんだ。
久しぶりに草色の目を見た時から、確信していた。それでも、クレオの婚約者たちの話を出したのは、クレオにもカルディアスにも、自分達の領域に踏み入って欲しくなかったからだ。ジルトから向けられる感情を、“クソッタレ”で最高な運命を、二人だけが開けられる箱に丁寧に蓋してしまっておくに限ると思ったからだ。
ーーね、君も、そう思ってるよね?
理解者というのは、一方的なものではなく、双方向なものらしい。
相手を理解すれば、こちらも理解される。その逆も然り。まったく難儀なことである。胸糞悪くて仕方ない。
ーーわかったように垂れ流しやがって。
クレオに名前を呼ばれるまで、ジルトはガウナの心を読むことに執心して、そして疲弊していた。
ーーなにが、君もそう思ってるよね? だ。自信満々に言いやがって。
「よくわからないのですが」
クレオが袖を引いてくる。彼女の眉は、ほんの少しだけ下がっていて、困惑しているように見えた。
「ジルト先輩は、そうしたいんですか?」
「ああ、たぶん、そうだ」
喫茶店では、それまでだった。
また別の日に……それは、ユバル達を案内する日の前日に、ガウナとカルディアス、そして、商会の会頭、デウレスと会うことになった。
「まぁた、めんどくさいことに巻き込まれてる……いや、今度は自分から飛び込んでったのか」
「そう言うアントニーさんは、モテモテで羨ましい限りです」
「無表情で言うのやめてくんない」
できるなら黙っていようと思ったのに、アントニーは学園に逃げ込んできたついでにと、ジルトのことを脅して宥めすかして、事の顛末を聞き出してきたのである。
「俺が女どもに追われてる間に、なんつーことになってんだよ」
疲れたようにため息を吐くアントニー。彼は、なぜか最近女性人気が高くなり、街中で追いかけ回されているのだとか。
それもそうだな、とジルトは思う。アントニーは、女好きの態度さえ改めれば、顔の良い、ただの好青年であるからだ。
「女の人を追いかけていたのに、女の人に追いかけ回される気分はどうですか?」
「嫌味かお前。そうだなぁ、モテる体験は、一度だけで良いかな」
頭の後ろで手を組んで、アントニーはソファにもたれかかる。
「あんまり無理しすぎるなよ……ところで、いつもの二人は?」
「ああ、あの二人は……」
ジルトは、遠い目をした。
こっちには、金髪青目の少女。
そっちには、黒髪黒目の少年。
右手と左手。それぞれをやんわり握られながら、クレオはどっちを見ていいかわからなかった。
「ふふふ、クレオさん、私と少し話をしない?」
「ははは、ジルトが墜ちないからってそれはないんじゃないかアドレナさん。ラグルさん、俺にしといたほうがいいですよ」
「あの、先輩方、私はそんなに伸びないのです!」
ファニタとハルバ。それぞれに別の方向に引っ張られたクレオは、悲鳴にも似た声をあげた。




