だから教えなかったのに
カルディアス・レアンは、口ではジルトの素行を貶めながら、視線はラグル商会の若き会頭、クレオ・ラグルに注いでいた。
会頭、といっても、正式に認められている……つまり、国の登記簿に記されているのは、彼女の父デウレスの名前のみ。だが、実際商会は今、彼女の手中にあり、それを知らないデウレスが、カルディアスの隣に座っている銀髪の公爵と手を組んで、武器の密売などをしているというわけだ。
これは、“商談”である。
腐りに腐ってしまった自らの商会を売りたいクレオが、どこまでラグル商会を浄化し、価値を高められるかを見極めるのが、カルディアスがソリュース副会頭や、ランド会頭から授かった使命なのである。
小さな体ながら大胆な策をとる……などと、侮ってはいられない。
彼女は、ガウナさえも利用して、商会の価値を高めようとしているのだから。
フランベルク商会。
クレオの心中から飛び出してきたその言葉は、ジルトの脳裏に、栗色の髪を揺らして笑う、メイド服の女性を浮かび上がらせた。
ミュール・フランベルク。
彼女は、ジルトの母の侍女だった。“魔女の棲家”とよばれる荒屋で、トウェル王に、心臓を凍らせられて亡くなってしまった。
その彼女が会頭を務めていた商会が、なぜ、この件に関わってくるのか。
ーーコイツをどうにかしたかったのは、ミュールさんだけだったはず。
商会全体では、ミュールの意向は把握していなかったはず、というのが、ジルトの見解だ。
ーーでも、現に、カルディアスさんはフランベルク商会側だし、クレオは商会を売ろうとしている。
カルディアスがどこまで知っているかはわからない。『左耳』をそちらに傾ければ、彼はあくまで中立だとわかるし、ただ商会上層部の命でここに来ているにすぎないことがわかる。
クレオは商会を最高の形で売りたい、カルディアスはそれを見極めたい。ガウナは……目が合ってしまい、目を逸らす。彼の頭は煩悩だらけだった。
ーーアイツはまだ、クレオとカルディアスさんの繋がりに気付いてない。
ガウナはカルディアスのことを、グランテ領主のところに属するならず者だと思わせられている。フランベルク商会は、クレオと取引をするにあたり、カルディアスをグランテに忍び込ませることで、下準備を進めてきたようだ。
この“商談”は、お互いがお互いを利用しようとしているが、クレオはラグル商会への、カルディアスはフランベルク商会への愛が強く、そして、被害は出来るだけ少なくしようという配慮が感じられる。
ジルトを選んだのも、ジルトの素行が普段から悪かったというのもあるが、“ガウナに殺されない”人材というのが、一番のポイントなのだと、クレオの心を読んでわかった。
一番最初にジルトに会った時、縋るような心だったのは、大変に癪だが、ジルトしかこの件を受けられる人間がいないとわかっていてのことだったのだろう。
そうして、結局はなかったことになる婚約者……ジルトへの配慮も、カルディアスがジルトの素行をあげ連ねることによって、これ以上は関わらせまいとする配慮が感じられた。
二人は、肝が据わっているが、本質的には優しいのである。
……とある青年の言葉が思い浮かんだ。
春、『王都通信社』の帰り道。烏と呼ばれる青年が言った言葉だ。
「……いや、素行が悪いのなら、都合が良い」
カルディアスの言葉が、ぴたりと止まった。
「公爵?」
カルディアスの心に、不信が芽生えたのを、ジルトは聴いた。
「レアン君の話を聞いていると、君は相当な問題児のようだね。だが、君の境遇を思うと、私は一概にそうとは言えない。なにせ君は、四年前に大火で両親を喪っているのだから」
「公爵」
レアンが冷徹になりきれず、人の好さを発揮して、ガウナとジルトを見る。クレオもまた、眠そうな目を少しだけ見開いた。
「だから、同情の余地はあると思うんだ。ねえ、ジルト君、これは、君にとっても良い機会だと思うんだ。君は普段から問題行動を起こしているが、成績は良いし、素質はあると思う。レアンさん」
「なんですか」
構えるレアンに、ガウナはにこりと笑う。
「そう硬くならないでください。これは、デウレス会頭と予め決めていたことですから。会頭も、もうよいお年です。ご自分の興した商会を守りたいと、クレオ様の婚約者候補を挙げられていましたが……クレオ様が、ご自分でお選びになった婚約者ならばと、あえて、この場に出席しなかったのです」
さきほど、カルディアスが言ったことと違うことを言うガウナ。が、ジルトはそれが“本当”だと、ガウナの心を読むことで理解した。
この“商談”において、クレオやカルディアス、そしてジルトよりも上手をゆくのは、やはりこの男なのである。
「世の中には、美談というものがあります」
両手の指を組み合わせて、ガウナは言った。
「心に傷を負った素行不良の少年が、クレオ様と婚約したことにより、会頭補佐となる。いずれは商会を支える柱となる。実に美しい話だと思いませんか? クレオ様も、有象無象の、つくられた婚約者と結婚したくはないでしょう?」
ガウナは、クレオを操るために用意された婚約者達を挙げることで、選択肢を狭めたのである。
すなわち、ジルトと婚約できなければ、現会頭が用意した婚約者と結婚させられるという状況を教えることで、カルディアスではなく、クレオを味方に着けようとしている。
『私は父を、甘く見積もってたみたいなのです。というか、それを吹き込んだのは、十中八九この男。さて、どうしよう』
クレオは悩んでいた。
『この男、何がなんでもジルト先輩を引き込みたいみたいなのです。でも、こんなやつにジルト先輩を渡したら、私は父以下なのです。でも、私がここで降りたら……』
クレオの心には、
『ううん。犠牲は最小限にするって決めていたのです。ここで私がジルト先輩を諦めれば、相手の意表もつけるだろうし、当初の予定に、“結婚”が加わるだけなのです。だから大丈夫。だから』
「クレオ。大丈夫だよ」
『だって、せっかくここまで来たのに』
クレオの夕焼け色の目は、潤んでいた。
『だって、知っちゃったら、先輩は』
「大丈夫。俺に任せとけ。公爵」
「何かな?」
悠然と微笑むガウナに、ジルトはクレオの肩をぐいっと抱いて、にやりと笑った。
「俺を、ラグル商会に入れてください」
クレオの肩は、震えていた。
『こうするに決まってるのに、だから、教えなかったのに!』




