お人好し
久しぶりに帰ってきた学園で、幾人かのクラスメイトに声をかけられた。大半は、ジルトを気遣うもの。それはそうだ、アントニーが、新聞に行方不明者として届出を出していたのだから。
いつも絡みにくる三人もおろおろとしていたし、トリーなんかは「大丈夫か? なんか困ったことあったら相談に乗るぞ(兄貴が)」などと言ってくれた。クラスメイトからしたら、ジルトは事件に巻き込まれたと思っているらしい。そして自分のクラスから遠くなれば遠くなるほど、噂に尾鰭がついて、廊下を歩くたびにジルトは好奇の目に晒されてしまうのであった。
「なんでも、どこかの貴族に噛み付いたとか。それで警邏に捕まってたらしいぞ」
「アイツならやりそうだよな」
「なにせ問題児だし」
「目つき悪いし」
ご要望にお応えして、そっちの方を睨んでやれば、蜘蛛の子を散らすように逃げていく生徒達。
「こーらっ」
ぽこん、と後ろから頭を叩かれた。振り返ると、そこにはファニタが立っていた。
「そんなふうに誰彼構わず睨んでると、余計に変な噂がつくわよ。実際は、ただの風邪で寝込んでただけだっていうのに」
合わせろ、というようにファニタが目をぱちぱちしてくる。別に、どう噂されようと構わないのだが、ジルトは溜め息を吐いた。
「それ、言うなよな。カッコ悪いから」
「はいはい」
と。
「アイツ、アドレナさんといちゃついてやがる」
「アドレナさんも優しいよな、あんな落ちこぼれと仲良くしちゃって、さ……すみませんでしたぁあああ!!」
性懲りもなく、ジルトの後ろで陰口を叩いていた生徒が、突然謝罪をして走って行ってしまった。
「? 何があったんだ?」
「さあ? わからないわ。そんなことよりジルト、貴方がいない間に、授業のノートを取ってあるから、放課後二人っきりで、みっちり教えてあげるからね!」
「お、お手柔らかに……」
放課後二人っきり、の甘い響きに反して予想される光景に、ジルトは苦笑いしたのだった。
悔しいが、あの男は、料理の腕だけは確かだった。久しぶりの食堂で、しこたま料理をとった後、ジルトはぼうっと考えてしまう。
軟禁生活の中で食べた燻製は、本人が火を自由自在に操れることもあり、完璧な仕上がりだった。淡白な身の魚を燻製にして、パンにつけて食べるのは美味しかった。
別のところに才能があるのにな、というのは、そのことを決めたジルトが言ってはいけないことだが、思わずにはいられない。
「なに黄昏てるんだよ」
ジルトの正面に座るハルバが、少し眉を下げながら言う。
「せっかく風邪が治ったんだから、食堂のメニューを楽しんだらどうだ?」
「それもそうだな」
ジルトはフォークを握り直した。
「ところで、留年は回避できそうか、ジルト君?」
「ああ、なんとか、ギリギリ」
「ギリギリかよ」
「今までサボってたツケが回ってきたからな。お前も確認しといたほうがいいぞ。気付いたら、死神の手がそこに、なーんて」
ぽむ。
小さめの手が肩に乗せられたと思えば、そこには、小さな女の子が立っていた。
少し眠そうな垂れ下がった目で、じっとジルトを見てくる。
「ええと、誰?」
「お初にお目にかかります、バルフィン先輩。わたし、クレオといいます。お見知り置きを」
どうやら、相手はジルトのことを知っているらしい。制服の中に忍ばせたそれに触りながら、ジルトはあくまでも、「何をしにきたのかわからない」という態度をとった。クレオは、きょろきょろと辺りを見回して、
「貴方が悪い貴族と戦って、勝ったことは調査済みなのです。なので、婚約者にしてあげるのです」
もちろん、そんなことは嘘。
「それで、本当は?」
人のいない校舎裏。クレオと並んでベンチに座りながら、ジルトは頭の後ろで手を組んだ。クレオがハルバを気にするので、ハルバには予定通り、食堂に残ってもらった。
「俺と結婚したいわけじゃないんだろ? どうしても、俺を引き込まなくちゃいけなくなったわけだ?」
「御明察なのです」
ぎゅっ、と膝の上で拳を握り、クレオは、生徒手帳を取り出した。そこに書いてあったのは、『クレオ・ラグル』の文字。
「まさか」
「結婚したいには結婚したいのです。なぜなら私は、家を悪者から取り戻さなきゃいけないので。私が婚約者を連れ帰ったら、故郷の父から経営権をぶんどって、クリーンな家にするのです」
ジルトは、頭の後ろに回してきた両手を解いた。
『左耳』は言っている。彼女の、縋るような思いを伝えてくれている。眠そうな見た目に反して、彼女は、心の底から救いを求めているのだ。
「でも、それをするには、並大抵の貴族じゃ敵わないのです。なぜなら」
「アイツが背後にいるから。でも、なんで俺なんだ?」
「単純なのです。貴方は、まだ彼に殺されてない。相当悪運が強いと見ました」
なるほど、傍目からはそう見えるらしい。
「巻き込むことはわかっているのです。もしかしたら、死なせてしまうかも。今回ばかりは貴方の悪運は、終わってしまうかもしれないのです。だけど、だけど」
じ、と見つめられる。
「だけど、お願いなのです。先輩、私を……あと、愚かな父を、助けて欲しいのです」
「大丈夫だよ、クレオ」
安心させるように、ジルトはそう言った。
「俺にとっても、都合が良いことだから」
まさか、ラグル商会の御息女が、自分から死ににきてくれるとは。
「こんなに都合の良いことが起きるとは」
軽く瞠られた目には、少しの歓喜が灯っている。“落下する羽通り”。とある家。そこに集まった男達に、ガウナは問うた。
「君たちは、健気にも婚約者を作って、お父さんの目を覚まさせようとしている女の子を、殺すことはできる?」
「当然、できます。あちらのお嬢様は、私たちの主人ではありませんから」
「良い答えだ」
グランテの“用心棒”の答えに、ガウナは満足げに微笑んだ。
「それにしても、婚約者殿というのはかわいそうな役割だな。いったいどんなお人好しを捕まえたんだか?」




