どんな罰だって
情けない話だが、きっとそこだという確信が、事件の終わった今、全員の中にあった。
十二時間超、殺しあっても、誰も邪魔しに来ない暗闇は、そこらの家の地下室では、まず有り得ない。そもそも、そこらの家の地下室では不完全だ。陽の光が入ってきてしまう。では、陽の光が入ってこない、完全な地下はどこかといったら。
「“禁域”だ」
先頃、ダニエル・グラス財務事務次官含む、『魔女の信徒』の一斉摘発を終えたブランが、そう呟く。
「私が、“禁域”として指定した王宮の地下。そこに、ディーチェル公爵の……死体は、埋まっているに違いない」
喉が痛いのに唾を飲み込むような表情で、ブランはそう言った。全員が彼に注目していると気付いたブランは、「すまない」と咳払いをする。
「“禁域”調査を早急に進め、遺体を、回収しよう。今は夏だが、幸い……幸いではないが、地下は涼しかった」
言葉につまずきながら言うブランは痛ましかった。
「君たちとしては、遺体を早く回収したいところだろうが……私もそれは同じだ。しかし、彼女がどこで亡くなったのかわからない以上、闇雲に飛び込んでいくのは危険だ。特にジルト君、君が外に出ていくのはまだ危険だから、私に任せてほしい」
視線を向けられ、ジルトは頷いた。あの時の、あっけらかんとした笑みが蘇ってきて、胸が痛くなる。
「今は、平穏な学園生活を送ってほしい。できるなら、これから先もずっと」
ジルトは、すぐに、返事をすることはできなかった。
自分を救ってくれた『神の左耳』を持ちながら、ジルトは、副大統領に問うた。問うてしまった。
「俺は、どうすればいいんでしょう」
「私に道を示してくれた君が、そんな顔をするのかな?」
「道を示した覚えはないんですけど」
妙にジルトに好意的なレデンは、「そうだな」と言って、何も口に出さず、心でそれを伝えてくれた。
「あくまでも、私の意見ということを忘れないでくれ。君はまだ若い。若いからこそ、やり直しが効くし、一生その科を背負って生きなければならないかもしれない。だが忘れてはならないのは」
言葉を止めて、レデンは、頰を掻いた。伝えられた言葉に、ジルトは笑ってしまった。なるほど、この人ならではの言葉である。
「なぁに内緒話してんだ副大統領ぉ〜?」
と、そんなふうに、レデンとジルトが話している時。レデンの背後から生えてきたのは、共和国のユバル王子である。彼は、太陽のような笑みをジルトに向けた。
「難しいこと考えるのも良いけどさ、今は学園生活をエンジョイしようぜ若人」
「王子も若人じゃないですか」
思わず苦笑いするジルト。自分を助けるために、王国まで来てくれたお人好しの王子は、「それもそうだが」と腕組み。
「ジルト、お前は小難しいことを考えすぎる。しばらくはウチの副大統領がいるから、元公爵もワルいことはできねえだろうし、羽を伸ばしてみたらどうだ? あ、そーだ。俺らを観光案内してくれよ」
「観光案内、ですか?」
「そうそう。観光案内。今度の休みあたりにでも頼むわ」
言うだけ言って、どこかに行ってしまうユバル。それをフォローするように、ぺこぺこ頭を下げるニェルハとターゴ。
「あんなんでも、ジルト様のことを心配してるんです。わかりにくい幼馴染ですみません」
「なにせ、貴方は串焼きの恩人ですからね。その貴方の危機とあらば、我が君は黙っていません」
「もう危機は、去ったと思うんですけど。それに、串焼きの礼が重すぎる気が……」
「言い換えましょう。お友達が悩んでいることに対しての精一杯の励ましがアレです」
ターゴは、片眼鏡の奥の目を細めた。
「貴方がどんな選択をしようとも。楽しかった瞬間を、後で思い出せるように」
みんながみんな、本心で言ってくれている。
『これ以上、迷惑をかけたくない』
それをしたとして、やり遂げられる可能性は? 誰も死なない可能性は?
また捕まってしまったとしたら? ジルト一人の自己満足のために、また、人死にが出たら?
『もう、いいじゃないか』
晴れ渡っていた空は、いつのまにかどんよりとした灰色を取り戻した。まるで、最後に見た彼の心情を表すように。そして、今のジルトの心情を表すように。
『アイツは、公爵の位から引き摺り下ろされて、王都のどこかに潜伏してる。落ちぶれたんだから、もう、いい。これ以上やっても、不毛なだけだ』
荒れ狂う海に向かって、ジルトは、自分を説得するように呟いた。呟いたけれど、それはしっくりこなかった。すぐに、自分に向かって伸ばされる手が思い起こされた。唯一の何かに向かって、縋る手が。
あれは、ジルトの姿でもある。あちらは勝手にこちらに救いを、人間であることの救いを求めているけれど、こちらはこちらで救いを求めているのだ。
『そうだ、お前だけが俺を求めてるんじゃない。俺もお前を求めてるんだよ』
ジルトは、右隣を見た。銀鼠色の髪を靡かせた彼が、無言で立っていた。彼は、草色の瞳を動かして、残念そうに言った。
『そうか、君は、俺と同じ道を選ぶのか』
『アンタと同じ道じゃない。だってほらーーここに、アンタはいないから』
波が砕けると同時、そこには、英雄なんか立っちゃいなかった。くすんだ金髪の子爵でもなく。
ただ一人の、ジルトが憎んでやまない、忘れることのできない彼が立っていたのである。ジルトは笑った。
『みんな、俺に甘いよな。俺の本心なんて、とっくにわかってるって顔してる。俺は恵まれてるよ。だから、罰を受けてもいいって思えるんだ』
目に見えないそれを、彼の心臓へと突きつける。
『俺はお前を殺すよ、ガウナ・アウグスト。後悔なんてしない、どんな罰だって、受けてみせる』




