または炎と…
その人のためになら頑張れる理論
扉を開ける。外から聞こえた喧騒が嘘のように、中は、しんと静まりかえっていた。
ジルトは、折り重なっている人々を踏まないようにして、血の海を歩いた。べちゃり。途中に落ちている食べ物を踏んでしまって、顔を顰めた。この靴は、やっぱり歩きにくいし、足が痛い。じんじんした痛みが伝わってきて、ジルトは涙を浮かべた。
パーティーの会場は広いから、たくさんの人が死んでいた。料理を切り分けるはずのナイフが、床に散らばっている。人に突き刺さっている。
王様の誕生日。楽しい時間を象徴していた料理の匂いが、今や、むせかえるような死の匂いにすげかわっていた。
「……」
ようやく、母と父を見つけた。父が、母を守るようにして、覆い被さって死んでいた。ジルトは、その場に崩れ落ちた。
何も理解できなかった。ジルトがあの子と楽しい時間を過ごしていた間、母と父は殺された。
いや、母と父だけじゃない。みんな、みんな殺された。
力が抜けそうになる体を叱咤して、床を這って、父の背中に突き刺さっている小刀を抜き取ろうとする。それは、柄に独特の模様があるものだった。まるで、そう、何かの蔓のような……
「探していたんだ。ありがとう」
突如、頭上から声が聞こえた。低くて、温度を感じさせない声。それと共に、ジルトの体は空中に浮き上がった。
激しい痛みで、蹴られたのだと理解した。
蹴られた、誰に? 決まっている。この部屋でなお生きているのは、この状況を作り出した人物でしかない。
苦しくて咳き込みたいのに、ジルトの喉は恐怖で張り付いたようになって、つかえている。床に倒れ伏したまま、動けない。このまま死ねたらな、そんなふうに思ってしまう。
銀色の刃で殺されるのは嫌だ。あんなに痛そうな死に方、したくない。
でも、きっと、彼はジルトにそれを振り下ろすんだろう。だって、みんなそうだから。
せっかく、あの子と友達になれたのに、ジルトは殺されてしまう。
お母さんにも褒められると思ったのに。
悲しい気持ちになって、けれど、ジルトは希望を見出した。
そうだ! あの子だ! まだ、あの子が生きてる!! とっても賢い子だから、彼に殺されずに、ここから逃げ出せるかもしれない。
なんにもならない痛みだって、あの子のためと思えば我慢できる。
そうだ、どうせ死ぬんなら。
ジルトは嫌がる腕に力を入れて、体を起こした。その瞳には、闘志が宿っていた。
じかんかせぎだ。
彼が、あの子に気づくのを、少しでも遅らせるために。ジルトは、できるだけ残虐に殺されようと思った。
目の端に、父の姿が映った。そうだ、父だって、ジルトと同じように母を守ろうとしたのだ。
あの子のために、僕は死のう。
そう思って、立ち上がる前に、ぐっと顔を上げようとして……彼は、最初よりも、幾分か柔らかな声音でジルトに声をかけてきた。
「君は、とっても勇気のある女の子だね。大半の大人は、逃げ惑って、誰から先に殺せだとか、見逃してくれだとか、うるさいったらありはしなかった。僕の目を、誰も見てくれなかった」
唐突な賞賛に、ジルトはぽかんとする。この気持ちは、勇気なのか。
「それに、僕の大切なモノを拾ってくれた。そうそう、この男を殺したんだっけ。忘れてたよ」
ジルトは勢いよく顔をあげた。彼の、暗く澱んだ瞳と目があった。
「綺麗な瞳をしているね。汚れなんて知らない、まっさらな瞳だ。そうだ、“あれ”はきっと、君のような姿をしているに違いない」
今まさに、ジルトの瞳は汚れているのに、彼はなにも気づかない。今まさに、勇気という名の殺意を抱いているのに、彼は全く気づかない。ジルトは、ふらりと立ち上がった。
殺してやる、殺してやる、殺してやる!
名も知らない人に突き刺さっているナイフを抜き取り、ジルトは走り出した。そして、すぐに、前のめりに倒れた。
靴だ。あの、歩きにくい靴が、邪魔をした。
涙がじわりと浮かぶ。せっかく抱いた殺意が消えないように、ジルトは歯を食いしばった。
「やっぱり、君は僕の“良心”なんだよ」
嬉しそうな、ひどく不快な声が聞こえる。
「君は誰も殺せない。僕と正反対なんだ」
うるさい! 殺してやる、お前を殺して、それは違うと証明してやる。そうして、再び立ちあがろうとして……激痛が走った。
「足を捻ったみたいだね。ちょうどいい。君はここで死んでくれ」
お前が死ね!
動けないジルトは、それでも拳を握りしめ、怨嗟をこめた瞳で彼を睨む。そんなジルトに、彼は優しく、残酷に語りかける。
「僕は、これからもっとたくさんの人を殺さなければいけないんだ。それが、僕の運命だからね。だけど、僕は弱い人間だ。これから挫けることもあるだろう。殺せなくなる時もあるだろう。そんな時に、君を思い出すよ。だから、君も」
「僕が地獄に落ちるのを、天国で嗤って見ていてくれ」
銀髪の彼は、微笑んで、
火種を、落とした。




