そして空席に座る者
警邏局。
かつて、養父殺しの際に引きこもっていたそこに、ブランは足を踏み入れていた。
「お疲れ様です、ルージュ秘書官」
目的は、牢の中にいる、若き警邏官。先日、ストリ刑務官との接触後、すぐに逮捕された警邏官は、目の下に隈を浮かべて、ブランに皮肉ともつかないことを言った。
「ああ、ご苦労様」
用意された椅子に、ブランは足を組んで座った。
「早速、君に聞きたいことがある。君はいったい、どんなことを吹聴されたのか」
「吹聴だなんてとんでもない、これは事実です。旧政権と『魔女の信徒』は密接に結びついている。王都の各地に、戦後秘密裏に作られた『禁域』が、その証拠です」
「勿論『王総研』も?」
「ええ。私達の仲間になりませんか、ルージュ秘書官。いえ、ブロウ・ウェイン秘書官?」
旧い名前を持ち出されることは承知の上だった。ブランは、意図的に息を吸って、心を整える。
「私も、曲がりなりにも旧政権の関係者だ。だから言うが、あれに、トウェル王は関係していない」
「そうですか……失望しましたよ、ルージュ秘書官。所長であるお祖父様の仇を取りたいと思わないのですか? 『魔女の信徒』に、『アッカディヤの魔術儀式』の研究を横取りされたのに」
「何度も言うが、そんな事実はない」
「あの炎は、まさしく、断罪の炎なのです」
話が変わった。興奮したように、若き警邏官は、顔を蒸気させた。
「英雄が王都に放った、断罪の炎。魔女の血筋を断つことはできませんでしたが……もうすぐ、もうすぐです。英雄が、今度こそ、『薔薇の魔女』を討伐する」
ブランの胸がざわめいた。財務省にて、ダニエル・グラス事務次官が言っていたことを思い出した。
「誰が誰を討伐するって?」
「ですから、英雄です。英雄が、『薔薇の魔女』リルウ・ソレイユを討伐し、その首を私達の前に見せてくださるのです」
彼は、畏れ多くも、女王陛下を呼び捨てにした。それだけではない、明確な殺意を持っている。
「つまり君達は」
「ええ、現政権を転覆させ、新たな政権を打ち立てる。欺瞞に塗り込められたこの国から、魔女の血を一滴残らず排除するのが、私達の目的です」
「それなら」
高揚してきた警邏官に合わせるように、ブランは問うた。
「空いた席には、誰を据えるつもりだ?」
「もちろん、英雄を。と、いいたいところですが、無知蒙昧な民に、突然現れた英雄の崇高さは理解できないでしょう。ですから、首を取られても問題ない人物。具体的には……」
思わせぶりに言葉を止め、微笑む。
「現在逃亡している彼は、いかがでしょうか」
それだ、それが狙いだったのだ。
聞きたかったことを聞き出せて、ブランは椅子から腰を上げた。
「おや、もう行ってしまわれるのですか? ご多忙ですね」
「君たちのせいでね。ああ、ひとつ良いことを教えてやるよ」
「何でしょう」
警邏官のことを見もせずに、ブランは吐き捨てた。
「君は、ストリに囮に使われた」
「は?」
「声を出して、紙を渡されただろう。わざと私たちの目につくように。そういうことだ。本命は君じゃない。君は使い捨ての駒だ」
「根拠のないことを……!」
「でなければ、私達が君をすぐに捕まえられるわけないだろう?」
それだけ言って、ブランは警邏局をあとにした。
彼を逮捕した警邏官は言っていた。彼は選民意識に染まっていると。“選ばれた”と思っている彼は、実は“捨てられた”のだ。本命は、先日死亡したフランド警邏官。そして、その標的は、アントニー・マルクス財務大臣子息ではなく、チェルシー・ディーチェル公爵である。
その、本命を巻き込んで殺せたことは僥倖。だが、子供達にとっては、ショッキングな出来事だった。
階段を上がりながら、ブランは軽く頭を振った。
ーー今の問題は。
あの銀髪の青年が、王城に返り咲くプランを練っていること。俗世を捨てたと思わせて、虎視眈々と社会的地位の復活を狙っていることである。
旧政権と『魔女の信徒』を結びつけたのは、ダニエルの言っていた通り、リルウを追い詰める為であるが、自分が傀儡として君臨することを含めての謀略であったのだ。
厄介なことに、地盤は作られている。彼がさきの裁判で持ち出した旧政権の批判。それもまた、ガウナを後押しする追い風になっているのだろう。“真実は何も知らないが、偶然旧政権を批判していたちょうどいい傀儡”として、見られているわけだ。
実際は、裏で全てを操っているのにかかわらず。
ーーだが、彼は知らない。
リルウと旧政権に『禁域』を押し付けたとして、決定的な証拠が握られていることを。王宮の地下に残された、彼の髪が、執行官二人の手に渡っていることを、彼は知らないのである。
『禁域』を使ったのは、彼の失策だ。まったくの無関係だとは言えないのだから。
彼がまた、表舞台に立つのなら、ちょうどいい。今度こそ、裁判の場に引き摺り出して、打ちのめすまでだ。
ーーけれど。
表舞台に立つとして、“彼”の存在はどうするのだろうか。さすがに謎の未成年は、人々の目から見逃されないと思うのだが。
ーー奉仕の精神で孤児院から預かって育てた、とか?
そんな、強引な言い訳しか思いつかない。ガウナにとって、ジルトの存在は枷になるはずなのだ。
ーーその時がチャンスだ。彼が表舞台に立つと同時、ジルト君を救出する。衆人環視の目がある中、下手なことはできないはずだ。
そんな希望的観測をもって、ブランは次なる戦略を練るのであった。




