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だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
最終章その2
403/446

考えてみたらさ

一人死んだ。


その次は死ななかった。


けれど、また一人死んだ。


一人目の表情は、薄暗がりだったからわかりやすかった。ゼン・カラートの牢の鍵を開けた後に、震える手で自らの腹を刺した彼の表情は、未来を信じている表情だった。自分に未来なんて来ないのに、自分のいない未来を、信じている表情。


二人目は、ハルバも知っている少女だった。彼女の表情は、最期までわからなかった。いつ死んだのかもわからなかった。彼女は、十二時間超、暗闇の中を彷徨った挙句に死んだ。つい最近まで、接していた彼女が。


刑務官が三人逮捕されて、留置所に送られた。


彼らは、共和国の副大統領、レデン・アーウィッシュの予知の元に、救われた人々だ。彼らから救われた、『魔女の信徒』の信者だっている。


予知は人を救う。それは、最近ハルバの中に芽生えては萎れていく言葉だ。


「結局、俺は役立たずだっ……!」


ベッドを殴りながら、ハルバはぼろぼろと涙を流した。


陸の孤島と化した、中央拘置所で。わかっていたけれど、止められなかった自殺。その時から、ハルバの中の、自分を責める声は、どんどん大きくなっていった。


ーーわかってる、あの人の自殺を止めたら、ストリって刑務官に逃げられることは。


ストリを中央拘置所に封じ込めて、逮捕するところまで持っていかないと、殺人の連鎖は終わらない。行政局だけでなく、警邏局にまで伸ばされた彼の手を、ここで断ち切らないことには。


自分が全てを救えるというのは驕りで、それができないことはわかっている。


だが、自分の手からぽろぽろとこぼれ落ちていく命を見ることは、ハルバの精神を蝕むには、十分だった。


「ジルト、俺は、どうすればいい?」


髪をかき上げる。弱々しい声が、喉から漏れた。答えを教えてくれる友人は、今や、外とのつながりを完全にとりあげられて、うずくまりながら暮らしている。時折首に手をやっては、見えない力に邪魔されて、手を投げ出すのを、ハルバは安堵して視てしまっている。


彼にそんな行為をさせたのは、彼女の死である。


チェルシー・ディーチェル。彼女は、たぶん、どこかの地下で死んだ。真っ暗闇な中で、視ていた副大統領が言葉を無くすほど、惨い殺され方をして。


それでも、彼女は一矢報いた。フランドという、アントニーを襲った警邏官に、“あの結界”を使ったのである。地上では決して使えないあの結界を使って、尻尾を出すことのないあの男を、殺してくれたのである。


『彼女は、私に伝言を遺してくれた』


全てが終わったその後で、チェルシーの死を仕舞い込んでいた、忍耐強い副大統領は、みんなの前でそう言った。


『“こいつは結構強いから、私が食い止める”と』


だから、ハルバ達が視ることのできない、“認識阻害結界”を張って、その場所に行った。 


『ジルト君に、神の左耳を手に入れろと言っていた』


前者は死ぬ前で、後者は死んだ後だ。


『アッカディヤの魔術儀式』は、生と死の境を曖昧にする。けれど、一人の人間の死を、明確に浮かび上がらせる。


ガウナがその術を使っている最中、ハルバにガウナは視えなかった。副大統領が話すことには、その五分間で、チェルシーはジルトに自分が死んだことを伝え、左耳のことを話した。だからジルトは閉じ込められた。余計な情報を、入ってこさせないようにするために。


それを、副大統領は淡々と話した。蒼い瞳に余計な感情を一切灯さず、ただ、淡々と。


それを聞いていたハルバは、思った。


ーーどうしてこの人は、こんなに落ち着いているんだろう。


立場、他国、大人だから。


どれも、責めるような理由しか思いつかなくて、ハルバは、寮の自分の部屋に逃げ込んだ。


レデン副大統領に聞かれまいと小さくつぶやいた言葉は、隣の部屋に聞こえるかと思うまでに、大きくなっていた。


「こんな思いするなら、予知能力なんて無い方が良かった! なんで人より未来を視れるのに、あそこには、すごい人たちがいっぱい集まってるのに……!」


なんで、何もできないんだろう。


大切な友人一人救えない、見知らぬ他人が死ぬのも、彼女が死ぬのも止められない。 


「くそっ、くそっ、くそっ!!」


予知能力なんか、クソッタレだ。こんな能力なんてあるから、余計なことを視てしまう。今もほら、縋るように、余計なことをーー


「……あ」


瞳を光らせて、ハルバは、その光景を視た。ベッドを殴っていた手は止まり、呆然と。


「そうか、予知があるから、そっか……」


ハルバは弱い。すぐに縋ろうとする。けど、縋るものがそうでいてくれるなら、まだ、立ち上がることができる。




ばたん、と部屋の扉を開ければ、そこには、


「何してるんだ、アドレナさん」

「何って、行方不明者が帰ってきた時のために、部屋を掃除してただけだけど」


きょとんとするファニタは、確かに、手にはたきや箒の掃除道具を持っていた。ハルバは、さあっと顔を青ざめさせた。もしかして。


「大丈夫。誰かさんの泣き言なんて、まったく聞こえなかったから」


にこりと笑う才媛に、ハルバの口元は引きつった。


「どーせ、アイツに励まされたんでしょ」


わかったように言われて、ハルバは目を大きく見開いた。


「よ、予知能力者?」

「じゃなくて、アイツならそうするって話よ。部屋に閉じ込められて、あの人の目がない今なら、尚更」

「アドレナさんは、アイツのこと、よくわかってるんだな」

「ま、まあね! アイツも、ハルバのことをよくわかってると思うわ。だから、貴方に向かって、手を振ったんでしょ?」

「……そうだよ」




ハルバがいつ視てくれるかわからない状況で、ジルトは。


チェルシーの死を間近に見てしまった彼は、それでも、ハルバのことをわかっていて、何もない空間に向かって、手を振ってくれたのである。


濁りつつある瞳に、少しだけ光を伴わせて、何も言わずに。


ファニタと並んで歩きながら、ハルバは頭の後ろで手を組んだ。“やる気なし同盟”の一員として、ハルバは半眼になって言う。


「考えてみたらさ、アイツの目、最初っから濁ってたわ」


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