予知/予知
重い朝食を済ませた後、ガウナはジルトの前で、新聞を燃やした。
「もう、これを見せることもできなくなった」
外とのつながりを、完全に断つ。ここからは、情報戦だ。少しでも『神の左耳』に関係することを新聞に載せられれば、ジルトはそれを読んでしまうことになる。あちらは予知で、ジルトが新聞を読んでいることを知っているから、新聞に情報を入れて読ませることは、当然考えるだろう。例えば、意味のなさそうな広告とか。
ーー本当に邪魔だな。
相変わらず、人探しの広告を打っている者を思って、ガウナは眉根を寄せた。何かを言いたそうにしているジルトに、にこりと笑う。
「おいで」
ジルトがコーヒーを飲むのを待ってから、ガウナはその手を取って、空き部屋に誘導した。その部屋には、窓がない。少し窮屈だが、退屈はさせないつもりだ。
ベッド一つと、サイドテーブル、本棚に本が少しあるその部屋が、今日からジルトの部屋である。
「囚人みたいだな」
皮肉げに笑うジルトに、ガウナは結構本気で怒った。
「そんなことを言わないでくれ。囚人だったら、とっくに殺してるよ」
「殺せばいいのに」
近しい者の死を知ってしまったジルトは、完全に心を閉ざしていた。澱んだ瞳をガウナに向ける。
「お前はおかしいよ。たかがガキ一人に」
「ただのガキじゃない、君は、僕の“良心”だ。アルバート、しっかり見張ってろよ。ジルトが自殺しないように」
ジルトの首が、縦に振れた。それに驚いた様子のジルトは、泣きそうな顔になった。
「俺はアルバートじゃないって言ってくれたのに」
存在を否定されたように思っているのだ。可愛い勘違いだと思って、ガウナはジルトの灰色の髪をくしゃくしゃにした。揺れる瞳を、ゆっくりと覗き込む。
「そう、君はアルバートじゃない。ジルトだよ。でも、アルバートの魂が入ってるからには、僕はそれを利用させてもらうというだけの話だ。僕から離れられないように」
なにせ、ガウナは、ジルトに呪いをかけると決めたのだ。ローズの言葉を使って、アルバートごと縛り付ける。
……本当によかった。
ガウナが偶然、古い時代に猛威を振るった魔女の魂を宿していて。そして、ガウナが欲してやまない“良心”が、偶然アルバートの魂を持っていて。
そう、全ては、偶然なのである。
「“運命なんか、クソッタレだ”。君は前にそう言ったよね。僕も同感だよ」
そっと、ジルトの両手を、両手で握る。ガウナは、力強く言い切った。
「だからこそ、二人で乗り越えることが大事だと思うんだ。ね、ジルト。大丈夫、二人だったら、こんなロクでもない運命も乗り切れるさ!」
「……!」
ジルトの顔が、盛大に歪んだ。喜んでくれると思ったのに、そこには、怒りと困惑と、そして、少しの諦観しかない。まあ、これを言うタイミングが悪かった。平時の告白だったら、ジルトも少しは嬉しそうにしてくれただろう。
その時のことを思って、ガウナは、ますます笑みを深くした。
「だから、その時まで、少し待っててね」
鍵をかけた扉の向こう。ガウナは、そっと呟いた。
燃やした新聞は、実はまだ全ては読んでなかったので、また一部買い直してから、ガウナは目を眇めた。
ーー“囚人殺し”の犯人が、一挙に三人逮捕されている。ハルバ君を使ったとしても、取りこぼしがあるはず。
だが、現実には、こちらが劣勢に立たされている。
とある可能性を考慮して、心の中だけで、推測を組み立てていく。
チェルシーの言葉を思い出す。彼女はなぜ、わざわざ『神の左耳』のことを言っておきながら、その場所を言わなかったのか。
ーーあれは、ジルトに向けた言葉でもあるけれど、別の誰かにも向けた言葉なんだ。
そして、その人物は、左耳の場所をわかっている。だから、ガウナの前で左耳の場所を漏らすことはなかった。あの迷うような、責任放棄したような素振りは、その人物を勘付かれることを考慮しての素振りだ。
それは、ハルバではない。なぜなら、彼の予知に音声は入らないし、彼の目は、『アッカディヤの魔術儀式』を捉えられないから。
それならば、誰が捉えられるのか。簡単だ、神である。
といっても、当の神様は海の中に戻ってしまったから、チェルシーの伝言相手は、信じられないことに、彼ということになる。
できるだけ表情に出したくないが、顔が歪むのを抑えられなかった。
ーーさすがに副大統領を殺すのはまずいか?
そんなことをしたら、共和国まで相手取らなければならなくなる。それはまずい、非常にまずい。
だが、新聞に彼のことは載っていないから、これは極秘の入国ということになるのだろう。だとしたら、目はあるか?
ーーていうか、そもそも、どうして彼が出張ってくるんだ。
あの腑抜けた顔をしていた副大統領が、ジルトを助けに? そんなこと、あるのだろうか。
自分は気づけばあそこにいて、ユダリカに時を止めてもらって、そこから気付けば魔法が使えるようになっていた。詳しいことは何も知らないのだ。
ーーこっちにも予知があればよかったのに。
お気に入りの椅子に身を埋めて、ガウナは溜息を吐いた。これくらいなら許されるだろう。
予知がないから、チェルシーの顛末がわからなかった。だから儀式で、本当に死んでいるかどうか確認した。その儀式でチェルシーを呼び出さずに、予知でわかっていたら、ジルトに左耳の情報を渡さずに済み、部屋に閉じ込めることもなかった。
そう、全ては、ガウナに予知がないせいだ。
「僕にも予知があったらなあ」
そうしたら、すべてうまくいくんだけど。
「予知なんて、無い方がよかったのに」
そう呟いた。誰にも聞こえないように、細心の注意を払って。




