血と白刃
リーちゃん煩悶回。
シンスは降って湧いた機会に、一もにもなく頷いた。
既に、魔術師としての格の違いは見せられていた。当たり前だ、彼は、薔薇の魔女の生まれ変わりなのだから。
「いや、でもリルウ陛下は? 彼女からも、たしかに魔力が……」
「リルウと僕は、似た者同士だからね」
「どういう意味だよ、それ」
今度は問いに答えず、ガウナは、魔法陣を踏みにじり、薔薇の魔女を消す。喜劇の登場人物にでもなったかのように、大袈裟に両手を広げて、空を仰ぎ見る。
「四年前の僕は、考えなしだった。“彼女は”生かしておけばよかったと、後悔していたんだ」
不穏な物言いに、シンスの体が固まった。
「“ああ”は言ったけど、やっぱり見守ってくれている、というだけじゃ気休めにしかならない。それに気づいたのは、たったの五日しか経ってない頃だった。だから、僕は“彼女”を蘇らせることに決めた」
紡がれる言葉に、シンスは口を挟むことができない。リルウ陛下でさえも、ガウナの言葉を遮ろうとしない。というか、リルウ陛下はやたらと冷めた目をしている。
「それで? なんで喜んでるんです?」
こう言ってもらいたいんだろ……。投げやりな気分でシンスが問うと、思った通り、ガウナはよくぞ聞いてくれたと喜色満面の笑み。今にも踊り出しそうだ。
「ハルバ君は、お前の魔法陣を使って予知をした。でも、お前から契約を奪えても、僕からは奪えない。覚醒したばかりのひよっこが、僕に敵うわけないからね」
不遜な物言いだが、それは真実である。シンスは自分の力の足りなさに歯噛みした。
「儀式の張本人になることにより、『アッカディヤの魔術儀式』を止められはしても、その下にあった“書き換え”の魔法は止められない」
「じゃあ、なんで魔法を破棄したんすか?」
“書き換え”の方を、ハルバが止められなかったとするならば。破棄したのは、目の前にいるガウナということになる。シンスが問えば、ガウナは首を横に振った。
「いいや、破棄じゃない。失敗だよ」
失敗したのに、なんでそんなに嬉しそうなんですか。そう聞こうとして、シンスは気づく。先程のガウナの言葉を、思い出す。
魂の、定着。
「まさか……魂が、還っていない?」
シンスの言葉に、ガウナは手を叩く。
「そう! 正解だ! 彼女は生きているんだよ。嬉しいことに、あの業火を生き延びているんだ!
星を見る必要なんかなかった。最初から僕は、地を見ていればよかったんだ! 僕の“良心”は、滅んでいなかった!!」
哄笑響かせる公爵に、シンスは口元をひきつらせながら思う。
ーーもしかして俺、相当やばい奴についちゃったんじゃねえの?
そんなガウナとシンスのわかりきったやり取りに冷たい視線を送りながら、リルウは全く違うことを考えていた。
ーーお兄様、私は連れて行ってくれなかったなぁ……。
ジルトが声をかけたのは、ハルバと、そしてファニタと呼ばれた女の子のみ。
女、の、子。
リルウは、彼女を思い出す。綺麗な少女だった。そして、リルウにはないものを持っていた。あの腹黒に同情してそうな純粋さもそうだが、なによりも。
「……」
両手でそっと自分の胸に手を当てる。ない。何がとは言わないが、ない。
「まだ十歳だし、これから大きくなるし」
誰にともなく言い訳をするように言って、リルウは呟く。
「それに、お兄様に会ったのは私の方が先だもの……」
そう、リルウが先だ。先なのだ。
それなのに、彼は思い出してくれない。思い出しさえしてくれれば、私はお兄様と結婚して、世界一幸せにしてあげるのに。
それにしても、あの公爵は哀れだ。
星ばかり見ているからそうなる。足元を見ていないから、大切な物に気づかないのだ。
『届かない星を見るのは飽きたって? 殺しといて、よく言うよ』
灰色の髪の少年は、思い出す。
あの日、彼は、血と白刃を見た。




