ただしい道
各拘置所に撒いた種が、掘り返されている。
驚くべき速さで収束していく“囚人殺し”。今日もまた、王都の拘置所で、刑務官が現行犯逮捕をされた。
今まで劣勢にあった王城において、“囚人殺し”事件の指揮をとったルージュ秘書官は、的確に、あまりにも的確に、各地の刑務官を捕縛していく。まるで、未来が視えているかのように。
実際、予知能力者を使っているのだろうが、それにしても、一日に三人も捕縛するとは。予知能力というものは、恐ろしい。
ストリは、王都の街中を歩いていた。わざと人混みの多いところを歩いて、目的の人物とすれ違いざま、手に握っていた紙を渡す。内容は、先日失敗した、アントニー・マルクスの暗殺の続行命令。受け取った警邏官に「頼んだぞ」と小声で言う。警邏官は、目を丸くしたが、すぐに頷いた。
ーーさて。
人通りの少ない場所に来たストリは、足を止め、大通りの向こうを見た。
空は珍しく晴れており、すり鉢状の王宮跡が、しっかりと見えた。
ーー計画は、第二段階だ。
ストリと会った警邏官は、そのすぐ後に、人通りのない場所で、別の警邏官に捕縛された。声を出す前に、的確に体に隠したメモを引っ張り出され、警邏官たちは、内容を確認。顔を見合わせ、頷き合う。
「お前、これをどこで手に入れた?」
だが、彼は無言を貫き通す。それは、馬車に乗ってもそうだったが、やがて、ぽつぽつと話し出す。
「大義のためです」
「大義?」
「ええ、そうです。二つの局の壁を越えて、俺たちが、“ただしい”国を作り直すんです。旧政権の息がかかっていない、完全に真新しい国を」
「いやに旧政権に執着するな?」
話を聞いていた警邏官は、純粋な疑問を口にした。マルクス財務大臣の子息が襲撃された事件でも、仲間と思しき警邏官は、旧政権の話をしていたらしい。
そして、我らが秘書官の予想によれば……。
「『魔女の信徒』は、旧政権によって作られたんでしょう」
これである。旧政権は、なぜか過激派の地下組織『魔女の信徒』と結び付けられているのである。もっとも、これが嘘か本当か、警邏官にはわからないのだが。
「『魔女の信徒』は、旧政権の補助的存在として作られたのだと、あの方は言ったそうです」
「あの方?」
「……いずれ、あの方が全てを変える。生き残るのは、俺たちです」
その言葉を境に、捕まった警邏官は口を閉ざした。
若く青い志も、行き過ぎれば選民意識に辿り着いてしまうのだと、尋問した警邏官は残念に思った。と、同時に怒りを覚える。
「お前をそうさせた奴は誰だ」
将来有望な若者を、殺人の谷に突き落とす、許されざるべき人物は。
すると、捕まった警邏官は、狂気的な笑みを浮かべた。
「もちろん、英雄に決まっているでしょう」
届いた手紙を読んで、チェルシーは、口元をひくつかせた。
「なにこれ、喧嘩売ってる?」
引き裂いてやりたいが、重要な証拠である。小さく息を吐き、汚物にでもするように、人差し指と親指で摘み、目を眇めた。
それほどまでに、内容は醜悪だった。
旧政権と、『魔女の信徒』の関係性を訴えるもの。旧政権に葬られたディーチェル公爵家の生き残りであるチェルシーに、現政権の膿を吐き出させて潰すのを手伝ってほしいこと……これは、“英雄”の意思であること。
「なにが英雄だ。そんなの、亡霊でしかないっていうのに」
毒づき、手紙を机に放る。思いがけず出てきた単語に、不快感が止まらない。
おそらく、主導しているのはあの銀髪だ。英雄というのが本当にいるのかはわからないが、大方、魔女に対しての英雄を持ってきているのだろう。
チェルシーは、ベッドの上にぼふんと倒れ込んだ。と、その時である。
玄関の、ドアベルが鳴ったのは。
あの時。
馬車に乗り込んできた、ユダリカという男はこう言った。
『チェルシー・ディーチェルは知ってるよな? その魂の元になってる先祖が自殺してることも。じゃあ、アントニー・マルクスは? 実は、コイツも女関係八割、わけのわかんねえ理由二割で自殺してるんだぜ?』
そうして、こうも言っていた。
『俺には運命がない。実験しないか、ガウナ・アウグスト。形のない俺の魂を混ぜて、あの二人が、どんな死に方をするのかを』
その時、ガウナは頷いて、ソフィアを甦らせることに協力したのである。
結界は、勝手にユダリカが死んでいたのだけれども。
ーー実験は、する必要がある。
そもそも、ユダリカが本当のことを言っていたのかはわからない。だが、彼の言っていること……人の運命は、死に方は定まっているというのなら、身の振り方を考えなければならない。
「二人もいるんだ、失敗しても、構わないさ」
自分に言い聞かせるようにして、ガウナは呟いた。近頃には珍しく、晴れ渡った空は、ガウナの心を勇気づけた。
「もしも、運命が決まっているのなら、僕は」
僕が、あの子を殺す役割を引き受けよう。
ただしい道を、とセレス姫は言う。ただしい道を選びなさいと。
窓から入る陽光が、小刀の銀を煌めかせる。その煌めきを、リルウの紅い瞳がそっと受け止める。
「お兄様」
呟いて、薔薇の蔓が彫り込まれた柄を握りしめた。感じられるはずのない鼓動が、リルウの魔力に反応して脈打っている。これは、ただしく魔剣である。
あの時、あの場所で。聖剣同士の戦いを見ていたリルウには、わかっていた。
ーーセブンス様は、ただしくない方法で殺そうとしたから死んだ。
魔女を殺せるのは英雄だけで、
そして。
かちん。
まるで、逃さないように。
リルウは、ぎゅうと、それを抱きしめた。




