終わりの合図
中央拘置所は、レードル・ストリによって、まさに陸の孤島と化していた。
「お前がやったのか」
「いいえ? 私は殺していません」
ギレルの詰問にも、ゆうるりと首を横に振り、ゼンは微笑んだ。
「無益な殺生はしない主義です」
「よく言うわ」
呆れるギレルは、しかし、ゼンの言葉は真実だと推定していた。
死んだ刑務官は、現場を見ての通り。わざわざゼンの牢屋の鍵を開けて、それから手に持っていたナイフで自殺した。鍵を開けたのは、ゼンに罪を被せるため。
罪を被せるのにはお粗末だが、そのお粗末さが、彼にとっては重要なのだろう。
隣に立つ彼を見ずに、ギレルは心の中で舌打ちした。
ーーストリの野郎。
平気で、一人の命を使い捨てやがった。
死んでいたのは、所長殺しの第一発見者のうちの一人。新しくここに赴任してきた刑務官である。
案内していた先輩刑務官は、顔を真っ青にしてがくがく震えていた。
「まさか、お前が、しょ、所長を……」
ーーまあ、そうなるだろうな。
ヴィクテム所長が、世間に“囚人殺し”を認知させる役割だとしたならば、今回自殺した刑務官は、“囚人殺し”の終わりを告げる役割だ。
……ゼン・カラートを残して、王都中央拘置所での“囚人殺し”は終わったと告げるための。
ゼンに罪を被せる手段がお粗末だったのは、拘置所関係者に、“殺されたにせよ、自殺したにせよ”、この死んだ刑務官が、“囚人殺し”の犯人だと認知させるため。“ゼンを襲おうとした”という事実さえあれば、それで良い。
ーー俺らが“終わった”と思えば、お前は動くんだろ。
ストリ刑務官の隣から離れ、ギレルは、おそらく自己嫌悪の塊と化している刑務官に近づいた。肩に手を載せる。
「お前のせいじゃねえ。悪いのは、殺しに手を染めたアイツだ」
「だけど、だけど、副所長ッ……アイツは、アイツは、俺と、同郷で……」
涙に濡れた瞳で、刑務官はゼンを見つめた。ゼンは、泣いている刑務官を見て、薄ら笑いを浮かべている。それは、遺された者の感情を刺激するのに十分で。
「なにを笑ってんだよ」
第一発見者のうちの一人、比較的冷静だった方の一人が、怒りの火を瞳に灯しながら吠える。
「お前が止めりゃ良かったんだ、お前が声を上げれば、俺達は気付いた」
「責任転嫁ですか」
ニコニコと。ゼンは、その火に薪をくべた。それが燃え上がる予感をひしひしと感じながら、ギレルはあえて、泣き崩れる刑務官に訊いた。
「お前はどうしたい?」
涙を拭いながら、その刑務官は、小さく、小さく自分の気持ちを吐露してくれた。
「……許されるなら、アイツを弔いたいです。ですが、俺達は刑務官です。アイツの死に方は、アイツが殺人者であることを肯定しています」
「うん」
「ならば、アイツのやったことは、刑務官どころか、内務省行政局刑事部の看板に、泥を塗る行為です」
「うん」
「それならば、俺が、私が故人にとるべきは、断罪の態度です。ゼンを、処刑台まで安全に連れて行くこと。それが、私の使命です」
「うん。辛いだろうが、よく言ってくれたな」
ぽんぽん、と刑務官の肩を叩き、もう一人の刑務官の方を見る。
ふーっ、と息を吐き、その刑務官は、どうにかして怒りを鎮めようとしていた。自分より深く悲しんでいた者が、同郷の刑務官を断罪する覚悟を決めたのを目の当たりにして、ゼンへの怒りを冷まそうとしているのだ。
ーーそうだ、これでいい。
ゼン・カラートへの非難は、ストリ刑務官が動きやすい環境づくりへの貢献になってしまう。
だから、ギレルは、より深く悲しんでいる刑務官を選んで、悪いのは、死んだ刑務官だと自分の口で言わせたのだ。ゼンを守ろうとしない雰囲気を、醸成させることのないように。味方と言わずとも、拘置所全体を敵にさせないために。
ここでようやく、ギレルはストリ刑務官の隣に戻った。
「お前も。必要以上に悩むんじゃねえぞ。これからも、捜査には協力してもらうからな」
「わかりました」
勿論、餌を撒くことは忘れない。ストリ刑務官には、まだここにいてもらわなければならないのだ。
と、手を叩く音が、場違いに響く。
「麗しい絆です。まるで、魔女様と英雄のようだ」
「言ってろ」
水を差したゼンを、ギレルは思い切り睨む。この男がもう少し謙虚であったなら、こうも面倒なことになってはいないだろうに。
どうしてこの男は、死にたがりのような言動をするのだろう。




