潮流利用
血塗れの男たちは、見るも無惨な肉塊へと変わり果てていた。
白昼堂々、財務大臣の息子が襲われ、そして襲撃者が轢死したことに、駆けつけた警邏官は帽子の下で渋面を作った。
「お心当たりは?」
現場検証に立ち会ったアントニーは、「あるにはあるが、殺されるほどじゃない」と言っておいた。本当は、某青年の名前を出したかったのだが、それを出したら今度はこの警邏官が殺されてしまうだろう。
アントニーの返事に、妙に納得した様子の警邏官は、少し苦笑したが、すぐに表情を引き締めた。
ペンで書く手を止め、声を潜める。
「しかし、お気をつけくださいマルクス様。このところの王都は物騒ですから。近頃は、『魔女の信徒』を狙った殺人が増えていますが、その大元を辿れば、旧政権にたどり着くと言われているんですよ」
「へえー、そうなんだ」
返事をしつつも、アントニーは心の中では疑問を抱えていた。
『魔女の信徒』と、旧政権にはなんの関わりもないはずだ。なぜなら、『魔女の信徒』の歴史は浅く、火事の後に興った新興宗教なのだから。
むしろ、旧政権が終わったからこそ興ったのが『魔女の信徒』ともいえる。しかも、その組織の成り立ちには、あの銀髪の青年が関わっているのだ。事情を知っているアントニーは、警邏官の話を与太話と受け止めて、なるほどそっちではそうなっているのか、程度に受け止めることにした。
警邏官は、そんなアントニーの返事に思うことはないらしい。警帽の庇を、手袋に包まれた指で摘んで、軽く持ち上げた。その際にこぼれた髪は、どんよりとした空の下では、枯れ葉のような寂ついた色に見えた。晴れ空の下では、たぶん、ミルクを少し溶かした紅茶のような、柔らかな色を見せるのだろう。
庇の下の貌は、ちらっと見ただけでも整っていた。
ーー野郎の顔なんて、覚えてらんねえのに。
いわゆる女顔だから、気に留めてしまっているだけだろうか? などと考えていると、ラテラに外套の袖を引かれた。
「お兄ちゃん、お腹すいた」
「おう、そうだな」
本当は、チェルシーの家で昼食にあずかっていたのだが、アントニーはラテラの話に合わせた。ひらりと手を振る。
「てことで、犯人逮捕よろしく。囚人殺しとかあるのに、手間増やして悪いな」
「いえ、お気になさらず。それでは、失礼します」
警邏官の背中を見送り、完全に姿を消したのを見送ってから、アントニーは誰とはなしに呟いた。
「……もしかして、警邏もアウト?」
こくりと頷くラテラ。アントニーは、地面に座り込みたくなったが、それをするとまた足手まといになりそうなので、グッと我慢した。
ラテラが嘘をついてまで、ついでに年相応の演技をしてまでアントニーに伝えたかったのは、あの警邏官は“敵”だということ。
「つまり、あの兄ちゃんが、あの馬車を操ってたってわけね」
またもや頷くラテラ。道理で、やたらとあの警邏の顔が気になるわけだ。
侯爵邸に帰ってから、アントニーはラテラと一緒に、今現在起こっていることの構図を紙に書き出す。
「まず一つ。『魔女の信徒』殺しが起こってる。その目的は、王城の信者を拘置所に入れたら殺すぞという脅し。で、これの首謀者が、内務省行政局の敏腕刑務官」
レードル・ストリ、というらしい。アントニーは、行政局と書かれた文字の下に、ストリ刑務官を模した棒人間を描いた。
「この刑務官が、一連の事件を引き起こしてる。囚人殺しは、複数の拘置所で起こってて、内部犯が疑われてる。だから、なんともびっくりなことに、このストリは、複数の刑務官を、なんらかの力を使って従えて、囚人を殺させてるってわけだ」
なんらかの力とそのままのことを書いたアントニーは、それを丸で囲って、そこから大量に出る矢印を出した。その矢印の先には、ストリが手足として使っているだろう、ひとまわり小さい棒人間。
机の上の紙を見ながら、アントニーは、ラテラを見る。
「ストリって男は優秀で、行政局刑事部の地位向上に貢献した。スピレードの爺さんも一目置いていた?」
「うん。行政局刑事部の人間に影響力があるから、従わせようと思えば、従わせることができると思うけど」
「たとえば、刑務官達の弱みを握って、とかだな」
“なんらかの力”。とんとん、とそこを指差す。だが、そう都合よく、刑務官の弱みを握って、従わせることなど可能なのだろうか。
「弱みっていうんじゃ、それこそ理由として弱い。それに、さっきの出来事を加えると」
アントニーは、行政局から少し離れた場所に、警邏局の文字を書いた。その下に棒人間を大量生産して、ストリ刑務官から、矢印を引っ張る。
「そのストリって奴に、警邏局も掌握されてることになるわけだ。それが、一部にせよ全部にせよ。たしか、行政局と警邏局って、犬猿の仲なんだろ? 行政局の功労者がなんか言ったところで、警邏局は動かないんじゃねえのか?」
「そう、だと思う。だから、不思議。いったいどんな力を使って、ストリ刑務官は、王都の刑務官と、警邏官を操っているのか」
「脅しとか、そんなんじゃなくて、もっと違う部分を使ってるんだろうな」
そしてそれを、あの銀髪の公爵と敵対する長官どもは知らないわけだ。知ってたら、すぐに部下どもを処分するだろうから。
「てことは、長官どもの目から見て、不自然じゃない動きをしてるってわけか」
大胆なことしてるな、とアントニーは思った。あの長官達も、曲がりなりにも旧政権の実力者だ。彼らの目が光っている中、どうやって両局の人間を動かすことができるんだか。なんか、そういう土台があって、そういう風潮があるのならともかく……
「って、ああ、そうか! あるじゃねえか! そういう風潮!」
他ならぬ、彼が作った風潮が!
ラテラの方を見ると、彼女も同じことを考えていたらしい。二人して顔を見合わせる。
「ちゃっかり利用されてんじゃねえか、あの秘書官……」
まだ推測の域を出ないが、それだったら、あの警邏の言葉にも頷ける。
「あの銀髪、関係ないモン同士を結びつけやがったんだ……!」




