運命なんか
王都は騒乱。そしてアントニーもまた、騒乱だった。さっ、と曲がり角を曲がっては、サングラスを押し上げて、キョロキョロと辺りを見回す。また挙動不審な動きをする。
そうして、自分の家の警備に足止めされた末に中に入れてもらって、父親に泣きついた。
「もう無理だ、助けてくれ親父、女どもが俺を追ってくる!」
「おおお、落ち着けアントニー! ミレーヌみてるかい、私たちの子供が立派に育って……」
だが、父も父で動転しているらしく、昔に死んだ母に呼びかけるばかり。そのうち冷静になったのはアントニーである。癖っ毛をかき混ぜる。
「まあ、俺はそこそこイケメンだし、女たちが寄ってくることもわからないでもないが。だが、俺は六股してた最低男だぞ? どこにモテる要素があるってんだ」
「それは私も同意だが……い、いや、お前はこう見えて優しい子だし、優しい子だ!」
「優しさ一点張りじゃねえか」
アントニーは、ジト目になって、居間のソファに腰掛けた。テーブルに置いてある新聞、その一番最後のページを見て、呟く。
「特大広告でも出してやろうか、あの野郎……」
勿論、見ているのは、近頃刑務官殺しにまで発展した事件でも、女王様が夏を冬に変えている事件でもなく、自分が出している探し人の広告。
場所は予知でわかっているが、手が出せないので、牽制がわりに新聞に彼の名前を出している。
「早くジルトを解放しろっての、ったく、面倒なことになった」
今のところ、共に暮らしていて害はないようだが、いつ牙を剥くかわからない。相手は人を殺すことに罪悪感を感じるが、それはそれとして殺す奴だ。いつジルトもそうなるか。
やきもきするアントニーは、
「……なんだよ?」
父親からの生暖かい視線を感じて、そちらを見る。父親は、「いや」とにやけた口元を隠そうとしない。
「お前は本当に優しい子だよ。ジルト君、はやく解放されるといいな」
広告だけでは足りない。
アントニーには、今一歩、手が出せない理由がわからない。
アントニーには、魔術も魔法もない。よって、夏を冬に変えるだけの力を持つ女王様が、ふにゃけた顔して(たぶんふにゃけている)生活してる男に躊躇しているのかわからない。
だからこそ、魔術の専門家に訊く必要があった。
……王都の貧民街。
かつては貴族街だったそこに、彼女はいる。
「相手は『薔薇の魔女』だよ?」
かちゃり、と音を立ててティーカップを持ち上げる彼女の目は、綺麗な海の色。アントニーと一緒に紅茶を飲んでいるラテラの元ご主人様は、やはり、魔術側特有の理屈で返してくれた。アントニーもまた、そうでない側の理屈を言ってみる。
「その、薔薇の魔女ってのがわからないんだよ。言っちゃえば、炎を操るってだけだろ? それなら、氷を操る女王様でも、結界使えるお前でも、対抗手段はあると思うんだけど」
たとえば、リルウの力で一軒家ごと凍らせるとか、チェルシーの結界で閉じ込めるとか。
あの元公爵だけが強いわけではないと、アントニーは思うのだが。
「薔薇の魔女は規格外だよ。ジルトのお師匠のセブンスが、命を賭して魔法を魔術レベルにまで抑えてくれたけど。“絶対勝てない”が、“勝てる見込みがない”に変わったくらいかな」
「そんなに強いのか、アイツ」
「一軒家ごと凍らせる前に、炎で防いでくるよ。どころか、王城は丸焼きだろうね」
「やったらやり返される度合いが違うから、手が出せないってことか?」
「そうそう。ちなみに、魔法だったら国が一瞬で燃える」
「とんだ化け物じゃねえか」
アントニーは、顔を引き攣らせた。引き攣らせて、思考を巡らせる。
「てことは、だ」
やるとしたら、反撃ができないように、一瞬で仕留めなければならないわけだ。
その反撃を喰らったら、救出どころではないから、手が出せない。
帰り道。アントニーは、義理の妹になったラテラという中間的存在に、試しに訊いてみる。
「ラテラは、あの野郎をぶっ飛ばせるのか?」
「炎を我慢すれば。でも、我慢する暇もなく死んじゃうかもしれない」
「根性論じゃ無理ってことね」
いくら格闘に秀でていても、魔術という人ならざるものの領域には敵わないということだ。
それを悟ったから、スピレードの爺さんは自死した。自分が掲げる戦争論……人を育てても、意味がないとわかってしまったから。
「俺にできることは、新聞広告を出すことくらい、か……ラテラ?」
「……お兄ちゃん、私の後ろに隠れてて」
「お、おう?」
一瞬だった。アントニーの前で血が飛び散り、ばたばたと人間が倒れていった。ラテラはいつの間にか小刀を持っていて、その先からは、襲撃者の血が滴り落ちていた。
「殺してはないから、警邏に連絡しよう。人通りがなくてよかった」
その時だった。
蹄鉄の音。ガラガラという車輪の音が聞こえたのは。
ラテラが小さく舌打ちをし、アントニーの体を担ぐ……間一髪、暴走する馬車から身を躱したのは良いものの。
「やられた」
馬車に轢かれ、見るも無惨な姿になった襲撃者を見て、ラテラは顔を歪めるのだった。
翌日。
ぐしゃぐしゃになった新聞を握り込み、ジルトは、ガウナに拳を振り上げた、が、
「愛してるわ、アルバート」
そっとその拳を包まれて、抱き締められると、体から力が抜けてしまう。
「殺してやる、絶対に、殺してやる……」
たしかにジルトの中には憎しみしかないのに、アルバートの中の多幸感が勝っている。だから、ジルトはガウナを殺せない。
「愛してるよ、ジルト」
ただ一つ、救いなのは、ガウナ自身の言葉には、まったく揺れ動かないことだ。それに安堵して、ようやく動けるようになったジルトは、ガウナの頭に拳を振り下ろした。
「俺は違う。運命なんか、クソッタレだ」




