残りの囚人
今日も今日とて、銀髪の元公爵は、親友に輝かんばかりの、幸せたっぷりの笑みを向けて暗躍している。
それを視ながら、ハルバは唇を噛み締めた。酷使しすぎた目は「休みたい」と訴えるが、そんなの知ったことではない。噛み締めた唇の皮が切れて血が流れても、大したことはないのだ。
なぜなら、ハルバはここで、予知をすることしかできないのだから。
「くそっ、幸せそうな顔しやがって」
思わず悪態が漏れる。
最近は、自分のこの因果な能力も、悪くないんじゃないかと思っていた。ダグラスだけが生き残るための能力ではなくて、誰かを救える能力だと。だが、結果的には、親友の師匠は殺され、その親友は訳の分からない言葉に導かれて、軟禁生活。
ハルバは呆然と、ことの成り行きを視ることしかできなかった。
同じく、悔しい思いをしているだろう金髪の才媛は、何かをグッと我慢している顔で「これでいい」と言っているが、あの時、無理にでも帝国に行っていたら、何かが変わっていたんじゃなかろうかと、ハルバは思うのだ。
人質になってもいいから、そばにいてやりたかったと。
ジルトは、あの家に来てから、目に見えて、ただでさえない元気がなくなった。草色の瞳は諦めに淀んで、日に増して濁っていく。いつも窓際に座って、ぼうっと何かを眺めている。
反対に、銀髪の青年の藍色の瞳は、海底に光が差したように生き生きとしている。生き生きとしながら、今王都を騒がせている“囚人殺し”を操っているのだから、手に負えない。
ハルバには、ガウナ・アウグストという人間がわからない。
彼の過去を鑑みれば、可哀想だと思う。だが、希望を見出すにしたって、そんな不健全な見出し方をしなくても良いじゃないか。言い方は悪いが、別の誰かで良かったじゃないかとも、思うのだ。もっと、自分を殺したいと思っている少年ではなくて、自分を心から好いてくれる存在で。
良かったじゃないかと、思うのだが。
「気持ちはわからなくもないんだよな……」
寮の自室。呟いて、ばたんとベッドに倒れ込む。
「俺だって、そうだし……」
ハルバだって、『やる気なし同盟』を組むのなら、ジルトが良い。あの、死んだ目をして、無謀で、ちょっと捻くれた親友が良いのだ。
つまり、「他のを選べ」とは、倫理観の上でも、自分の気持ちの上でも言えないわけで。
「お目が高いってか、ははは。なんて言うわけねーだろ! 返せ! アイツただでさえ出席日数やばいんだぞ! 俺は公欠だけどな!」
このままでは、ジルトが後輩になってしまう。それだけは阻止せねばと、ハルバは顔を上げた。
「ゼン・カラート?」
未だに足踏み状態のハルバ達の元に届いたのは、少しだけの朗報。
「その男を、視るんですか?」
「ああ、頼む」
学園の応接室にて。ソファに座って力強く頷くのは、ブラン・ルージュ秘書官だ。このところ毎日来ていて、彼もまた、疲れたような顔をしている。が、今日ばかりは違った。
写真をばんっ! と机に置き、同じくだんっ! と一枚の紙を置き。
「この男が、次の被害者なんだ! だから、彼がいつ殺されるかを見てほしい!」
「ちょっと待ってください」
興奮しているところ申し訳ないが、殺される前提とは。
「ひどくないですか?」
「うぐ、それは……」
ハルバとファニタの非難の目に、ルージュ秘書官は先ほどまでの勢いをなくし、しどろもどろに言う。
「正直言って、殺した現場を押さえられれば、と思っていた。殺そうとする所を押さえるより、殺した後の方が立件しやすい」
死刑囚はどうせ死刑になるのだから、ここで殺されても同じ事だと、心の節で思ってしまったらしい。
「内務省に勤める者として、目が曇っていた。これでは、彼らと変わらない。我々は、罪を償わせるまで、彼を守らなければいけないのに」
しゅんとした様子のブランは、「それでも」と褐色の瞳に光を灯す。
「ゼン・カラートが鍵を握るのは確かなんだ。私たちが目しているとおり、レードル・ストリ刑務官がアウグスト元公爵の手先だったとして、狙われるのは彼だ。レードル・ストリを無効化すれば」
ジルト君の救出に、一歩近づけるかもしれない。
ブラン・ルージュ秘書官は言っていた。
レードル・ストリが、王都中央拘置所における“囚人殺し”で、一人を残したのは、自分が捜査に加わって容疑者から外れる為、そして、古巣を人質にする為かもしれないと。
だが。
ハルバの予知では、もう一つの可能性が浮上してきた。すなわち。
「殺そうと思っても、殺せないんじゃないか?」
と、いうこと。
男は、無言で食事を摂っていた。
敬虔なる信徒に似つかわしく、ここで出される食事は質素だ。だが確かに、魔女様に捧げるに足る血肉を作っている。
それにしても……一人で食事を摂ることを強いられていた、自分がここにいるのは、一体どういうことだろう。
「ねえ、貴方は、どう思いますか?」
穏やかに、男は話しかけた。他の囚人から食事を巻き上げた囚人は、男の手の中で虫の息。その囚人の目に、男は木のスプーンを振り上げて。
「そこまでだ」
「おや、副所長」
腕を掴まれて、男はエキスポーズ副所長を見上げた。
「なぜです、私は、欲深い囚人に裁きをしてさしあげようとしただけなのに」
「裁きをするのは法だよ。離してやれ」
しばらく、二人は無言になって。折れたのは、男の方だった。
「私が裁きをするのはまだ早いということですね」
「そーいうこと。よくわからんけど、いい加減にしないと、また独房で一人寂しく食ってもらうぞ」
「私はそれでもかまわないのですが。かまうのは、あなた方でしょう?」
「ちっ」
舌打ちが降ってくる。がくがくと震える罪人を引き摺りながら、副所長は振り返って、じろりと男を睨んだ。
「いい加減にしろよ。次やったらまた懲罰だぞ、ゼン・カラート」




