犯人
王都中央拘置所所長、ティエフ・ヴィクテム不審死。
その知らせは、待っていたかのように、瞬く間に王都を、いや、国中を駆けめぐった。
情報統制に押さえつけられていた新聞社は、これを機に、王都各地の拘置所で起こっている囚人達の不審死をもとりあげた。自然、不審死を遂げている人間が、地下組織『魔女の信徒』の信者の生き残りであることも。
生き残り。
世間的には、『魔女の信徒』は、火刑に処されたゴート・アゼラ伯爵の死を以て、死んだ組織とされている。実際には、教祖はシンス・ゲイナーという男で、この男も死んだのだが、それを信者は知らない。信者たちは、教祖がまだ生きていると信じて暮らしている。
そのズレが、厄介だ。
「世間的には、『魔女の信徒』よりも、彼らを殺した人間に目が行くでしょうね」
窓辺に寄りかかりながら、騒がしい王都を見下ろすダニエル・グラスは、ため息と共に吐き出した。
「『魔女の信徒』は、終わった組織です。アヴェイル判事による教祖の即刻死刑により、勢いを削がれました。我々のような残党がいるとはいえ、さほど脅威には思われていないでしょう。だとすると、どこに目が向くか。前述の通りです。世間は、理由を求める」
一人の少女を守らんと、組織に身を投じたダニエルは、窓から目を離して、ブランを見た。
「もちろん、彼ら……私たち信者がしてきた、過激な活動への報復とも思われるでしょう。しかし、このタイミングでは」
「リルウ陛下を、理由にされると?」
ブランの言葉に、ダニエルは悔しそうに頷いた。
「アウグスト宰相が、彼女の元を離れたタイミングです。一人になったタイミングで、かつて彼女のことを祭り上げていた組織が殺された。これは、このように見ることができます」
机に置かれているのは、政権批判を主とする新聞。そこに躍るのは、『見捨てられた女王』の文字。
「ガウナ・アウグストという後見人をなくした女王を、亡き者にするという予告。これで、架空の殺人者が出来上がってしまった」
「ついでに、元宰相の株も上がるわけですか」
言いながら、ブランは、囚人殺し、および此度起こった所長殺しは、やはり、銀髪の彼が関わっているのだと推測する。彼は今、王都の一角で、魚を買ったり野菜を買ったりと忙しいので、別の人物だろう。とすると、彼を信奉する、それこそ、『魔女の信徒』が関わっているのだろうか。
そう考えると、『魔女の信徒』には、三つの派閥があることになる。
一つ目は、リルウを『薔薇の魔女』として崇拝する源流、二つ目は、現在摘発をされようとしているダニエル達王城派、三つ目が、ガウナの正体を知り、彼の手足として動く謎の存在。
……だが、信者が信者を殺すのは、なんとなく腑に落ちない。
そもそも、秘匿されてはいるが、王都の拘置所における信者殺しは、内部犯である。その内部犯に通じている者がいるとして、そう都合よく、刑務官に『魔女の信徒』がいるだろうか?
いや、いない。誰一人として、今回疑われている拘置所の刑務官、そして所長に、『魔女の信徒』はいなかった。彼らはリストに上がっていない。
よって、こう考えざるを得なくなる……ガウナに利することをする犯人。それは、魔女云々ではなく、ガウナ個人に心酔する者なのだ、と。
そうすると、『魔女の信徒』から犯人を割り出すことは難しくなる。容疑者は二百人と少しには絞れない。
ダグラス本家の彼が、昼夜問わず予知を続けてくれているが、ガウナが怪しい人物に接触している様子はない。ただ普通に街での暮らしを楽しんでいるだけである。
ーーとすると、指示は手紙か?
その手紙を奪えば、この事態を引き起こしている人物を、突き止めることができる?
あの家から出される手紙を、片っ端から検閲して、住所を辿っていけば……。
地道な作業だが、それをするしかない。
ダニエルに別れを告げ、財務省を出ていこうとした、その時だった。
「おや、いらっしゃい、ルージュ秘書官」
たまたま部屋に入ってきたのは、恰幅の良いおおらかそうな赤茶けた髪の男性。財務省大臣、カイリ・マルクスである。
近頃の閣議で大根演技をした彼は、机に広げられている新聞を見て苦笑い。
「根をつめるのも、程々に。倒れてしまいますよ」
「ええ、ありがとうございます。その資料は?」
どすん、と机に置かれた紙束。公的書類なのに紙質がよくないのは、急遽作られた書類だからだろう。
「人事異動によって、給金も変わりましたから。支給額がきちんと変更されているか、精査するのです」
ブランでさえ、目を回すような数字の羅列。なんだか、自分の都合で内務省を掻き回しているのが申し訳なく思って、ブランは頭を下げた。
「手間を増やしてしまい、すみません」
「いえいえ、私は数字仕事が好きなので、お気になさらないでください」
朗らかな声が上から降ってくる。顔を上げたブランの目は、彼の笑顔にたどり着く前にーー机に置かれた紙束。そこからはみ出ている紙に吸い寄せられた。
どこかで、見たことのある、文字だった。名前だった。
「……レードル」
「ああ、彼ですか?」
相変わらず穏やかなマルクス大臣の声を聞きながら、ブランはその紙を引き抜いた。
「あっ、何するんですか!」
焦ったようなダニエルの声と、ばさばさと床に落ちる品質の悪い紙。ブランの褐色の目は、みるみる見開かれていく。
そうだ、名前のみしか書かれていないが、確かに、彼の名前だ!
異動先。王都中央拘置所から、アレリア監獄へ。
『いえ。おそらく、内務省の書類上でしょう。お目にかかれて光栄です。ブラン・ルージュ秘書官』
「ルージュ秘書官?」
紙を拾い集めているダニエルは怪訝な顔をする。その彼の肩を揺さぶりたい衝動に駆られながら、ブランは叫んだ。
「犯人、見つけたかもしれません!」




