所長殺し
安易な英語!
当然、副所長ギレル・エキスポーズは、ストリ刑務官の申し出を断った。
「誰が了承するか。出ていった時点でお前は部外者なんだよ。帰れ帰れ」
しっし、とストリ刑務官を追い払う仕草をし、ギレルはまさにその、“囚人殺し”関連の書類に目を通そうとする。
「他の拘置所ならばともかく、こちらの拘置所ならば、お役に立てると思ったのですが。聞いたところでは、こちらでの“囚人殺し”の犯人は、内部犯の犯行の仕業だと」
「誰がそんな情報流してんだよ」
「ヴィクテム所長に聞きました」
「あのポンコツが!」
いくらストリ刑務官が優秀だからって、もう部外者になった奴に教えるのは、さすがにどうかしている。日を置いて増える死者に、頭を抱えたくなる気持ちはわかるが、これは立派な情報漏洩だ。
ギレルは、凶悪と言われがちな目をもっと凶悪にして、ストリ刑務官を睨んだ。
「いいか、所長に聞いた事はすべて忘れろ。ウチの問題は、ウチで解決する。お前はとっとと巣に帰れ」
「……困りましたね」
「ああ、困っとけ。今のところ、殺されてるのは例の宗教関係者ばっかだが、せいぜい、お前んとこの囚人も殺されねえようにしろよ。あぁ、もう遅いか。なにせお前んとこの囚人は、一度スピレードの爺さんに……ん」
ギレルが話を中断したのは、副所長室のドアを叩かれたからだ。
「ちょっと待ってろ、動くなよ。絶対動くなよ」
「はい」
“囚人殺し”の書類を持って、ギレルはドアを開ける。すると、血相を変えた刑務官が、「え、エキスポーズ副所長ッ」と吃り気味に言った。
「はいはい、副所長さんですよ。落ち着け、どうした?」
「じ、実は……」
刑務官の視線は、ストリ刑務官に注がれていた。
「アレは気にすんな」
「は、はい。じ、実は……」
自分の手から書類が落ちたことに気づいたのは、パサリという音がしてからだ。
「……本当に、所長なんだな?」
声を潜めて言うと、刑務官は勢いよく頷いた。
「は、はい。私含む、三人の刑務官の目で確認しました」
「遺体は?」
「霊安室に……」
「わかった、すぐ行く」
ここで、ギレルはストリ刑務官を振り返った。
「おい、お前が所長に会ったのはいつだ?」
「ここに来る三十分前だったかと」
「てことは、その後か」
「その後?」
ギレルは、どうするべきか思案し、ストリ刑務官にそのことを教えてやることにした。
「ヴィクテム所長が殺された。お前も来い」
ヴィクテム所長が最初に発見されたのは、拘置所にある刑場だ。そこで、首に縄を括られて吊るされていたらしい。
ーー例の囚人殺しか。
ヴィクテム所長がストリ刑務官に話した通りだ。内部犯を疑っているギレルは、ついてきた刑務官に鋭い視線を向ける。
「お前達は、どうしてここに?」
「施設の案内をしていただいていました!」
新たにこの拘置所に配属された刑務官が、かしこまって叫ぶ。内務省再編での人事で、出ていくものもいれば、入ってくるものもあるのだ。
「その一環で、この刑場に立ち入った時に、その、ヴィクテム所長が……」
「それが、俺に報告してくる少し前。三人っていうのはお前たち三人か」
「は、はい」
ーー複数犯って可能性もあるな。
三人の話を聞きながら、ギレルはちらりとストリ刑務官を見た。
ーー結果として、コイツを巻き込むことになりそうだ。
生前、ヴィクテム所長がストリ刑務官に情報を話してしまっていること。
正直言って、副所長だけでは、“囚人殺し”は手に余ること。
“囚人殺し”と所長殺しの犯人が同じなら、今日ここに来たストリ刑務官はシロ。怪しいのは、第一発見者である三人の刑務官だ。
「なんにしても、これで、新聞屋に嗅ぎつけられちまうな」
囚人ならともかく、拘置所の所長が殺されたのだ。近々行なわれる、『魔女の信徒』一斉検挙に合わせるように。
じわじわと足下に暗闇が迫ってくる感覚がして、ギレルは唾を呑んだ。
外部から人を入れてもいいが、それこそが犯人の目的だったら? 囚人を殺されたら?
「ああ、もう!」
だったら、『元内部』で『今日来たばかり』のこいつを、存分に使い倒してやる。
「そっちの看守長は怒らないだろうな?」
「捜査に加えてくださるんですか?」
「こうなった以上仕方ねえだろ。だが、俺はお前も疑ってるからな。そのへん覚えとけよ」
「はい、肝に銘じておきます」
ギレルはストリ刑務官が苦手だったが、能力だけは評価していた。
どうして苦手だったかといえば、コイツは完全な仕事人間で、面白みもなく情もなかったからだ。言ってしまえば、仕事以外の部分には欠けが多かった。
今のストリ刑務官には、その“欠け”を感じない。だったら好感度は上がるはずで、実際上がってはいるのだが、ギレルは自分の性分を知っている。
ーー俺がコイツに好感を覚えるのはおかしい。
なにか、あるはずなのだ。ストリ刑務官には。
ーー何か。




