囚人殺し
ソマリエ裁判所の執行官、ランス・マレットの一日の大半は、ご丁寧に返信されてくる『出廷要請拒否』の書類を吟味し、綴じていくことに費やされていた。
出廷要請をしてから数日しか経っていないのに、ランスの執務机に書類が積み上がっていくのは、同僚であるリラ・リブラが、あらゆる理由で出廷要請をあの男の元に送っているからである。多くの書類を送っているから、多くの書類が返ってくるわけで。
「お前さあ、もう、一枚にまとめろよ。いくら元公爵に嫌がらせしたいからって、これはもう郵便への嫌がらせだぞ? あと俺」
げっそりしながら言うと、同じく書類整理をしていたリラが、きょとんとしながら言う。
「公的書類は分類が大事だから、一枚の出廷要請に複数の要素を入れないようにしてるの。整理楽でしょ?」
「拒否される前提で送ってるのかよ……」
大切な書類を折り曲げないように、ランスは綺麗に机に倒れ伏した。
「とっとと切り札切ろうぜ」
「そうしたいのは山々なんだけどね」
「踏み込めないのは、アレが関係してんのか?」
顔を上げると、リラが飴色の瞳を思案に沈ませ、頷いた。
近頃、ソマリエ裁判所に出入りする人物が、こぞって口にする不穏な噂。それは、遠いように見えて、ランスたちにとって一番重要な事項なのである。
端的に言えば、内務省秘書官ブラン・ルージュが、『禁域』調査と並行して水面下で進めている、『魔女の信徒』一斉摘発に、暗雲が見え始めているということ。
ランス達が、今や一線をひいているトラス・アヴェイル判事から預かった、ゴート・アゼラ伯爵の一件における不正の証拠には、その『魔女の信徒』が大いに関わっている。なにせ、アゼラ伯爵は、『魔女の信徒』の教祖という証拠をでっち上げられて殺されたのだから。
いや、でっち上げというと、言い過ぎか。
伯爵邸から出てきた魔術関連の資料は、ほとんどが故人の持ち物で、アヴェイル判事と件の元公爵が用意したのは、教祖であるという証拠のみ。故人が完全にシロとは言えないのである。
だが、アヴェイル判事から預かった書類は、あの元公爵を摘発するのに十分だ。
そう、ランスとリラは息巻いていたのだが。
「ここ最近の、信者達の不審死。いえ、正確には、信者と疑いのある囚人達の不審死で、一斉摘発の動きが鈍っている」
あくまでも、一斉摘発の目的は、“穏便に”信者を保護することである。財務省でのダニエル・グラスを始め、政権のために『魔女の信徒』を利用していた王城関係者はそれなりにいる。その彼らを守るための一斉摘発なのだが。
挑発するように、彼らが入れられるはずの拘置所で、彼らに共通する要素の人間が、襲われているのである。
魔術関連はよくわからないが、王城関係者の二百人ちょっとを保護するための逮捕だ。その関係者達が殺されたとあったら、逮捕した意味がなくなってしまう。
おそらく、信者疑いのある人物を殺して回っている人間は、こう言っているのだろう。
『拘置所に逮捕者を送り込めば、殺してやるぞ』と。
そして、その不名誉な一斉摘発の流れで、こちらの摘発も同類と見做されてしまう可能性がある。まだ新聞社に情報は漏れていないが、それは時間の問題だ。拘置所の死者の共通点が洗い出されれば、世の中ではこのような議論が持ち上がるだろう。
『逮捕された王城関係者は殺される』。
特に、元公爵にいたっては、余罪がたんまりとある。まだ追及もしないうちに殺されてしまっては困る人たちが、確実に、いる。
ここで踏み込んでしまえば、犯人の思う壺だ。“信者殺し”の余波で、逮捕に猶予が生じる。ガウナ・アウグストがゴート・アゼラを教祖に仕立て上げたことこそが、件の組織との関わりを疑われるからだ。
「この殺害の連鎖を止めないと、私たちは彼を逮捕できない。彼を裁けない」
「どころか、まごまごしてる間に王城関係者の信者さん達を殺されてゲームオーバーってところか」
「なってたまるか!」
リラがつかつかと歩いて、資料棚へと歩いていく。
「ここはソマリエ裁判所よ! 拘置所っていうなら、裁判記録も残ってるでしょ!」
「まったくもってそのとおり」
また、仕事が増えるな。
紙束に埋もれながら、ランスは、だが、嫌な気はしなかった。
ーー王都中央拘置所・副所長室。
少々気が荒い副所長は、目の前に立つ元同僚を見て、苛々とした口調で言った。
「んで? どういう風の吹き回しだ。まさかアレリア監獄の凶悪犯罪者どもが怖くて逃げてきたとか? 残念だったな、お前の席はもうないぞざまみろ」
「いえ、そうではありません」
物腰柔らかな、現在アレリア監獄の刑務官を務めているレードル・ストリは、真剣な顔付きになって、深々と副所長に頭を下げる。
「な、なんだよ?」
「お願いします、副所長。私を、こちらで起こった“囚人殺し”の捜査に、加えさせてください」




